2.

 夕方、由香は友達と別れ、一人で家路につく。最寄りのバス停から家まで、徒歩十五分。まだそんなに遅い時間ではないが、今日は人通りが少ない。

(……まただ)

 やっぱり、誰かに見られている気がする。

 昼間、カラオケ店へ行く途中にも視線を感じて振り返ったが、日曜の繁華街は人で溢れている。友達に「気のせいじゃない?」と流され、うやむやになってしまった。

 友達と一緒のときならともかく、今この状況で振り返る度胸はない。とにかく急いで帰ろうと、足を早めたそのとき。

「――っっ!!」

 道の脇の茂みから出てきた手が、由香の口を塞いで中に引きずり込んだ。必死に抵抗したが、力では全く歯が立たない。

(上手くいったぜ)

(さっさと連れて行こう)

 そんな会話が聞こえる。暴れながらも、由香は恐怖で目の前が真っ暗になる。

 ――が。ふっと、由香の身体にかかっていた力が消えた。

 慌てて周囲を見回すと、すぐそばに、二十歳くらいの若い男が一人、伸びている。多分、由香を引きずり込んだ当人だ。そして、その仲間らしき男二人と由香との間に、由香を庇うように立つ誰かの、後ろ姿。

「あ? 何だよ、お前」

「邪魔すんじゃねー!」

 ごく普通の学生にしか見えない男二人は、いきなりポケットからナイフを取り出し、誰かにつきつける。

「きゃ……」

 由香が叫びかけたときには、全てが終わっていた。一瞬で二人はのされ、最初にやられた仲間の上に積み上げられている。何事もなかったかのように、その誰かはそこに立っていた。

「――あ、あの、大丈夫?」

 恐る恐る由香が尋ねると、彼はゆっくりと振り返った。

「……まぁ、な」

 複雑な目つきで、由香を見る。「――お前は」

「え、あ、私?」

 そう言えば、危険な目に遭っていたのは自分だったのだ。

「――うん、大丈夫。だいじょうぶ……」

 急に恐怖が甦って、両手で自分の肩を抱く。けれども、彼が自分を救ってくれたのだと気づいて

「あ、有難う。助けてくれて。本当に、有難う」

 そう言うと、彼はひどく戸惑った表情をした。その表情で由香は、めちゃくちゃ強い彼が、そんなに自分と歳が違わないんじゃないか、と思った。高校生くらい? 由香は少年に笑いかけた。

「あの……私、石堂由香。あなたは?」

 少年は、しばらく答えなかった。しかし、じっと彼を見つめていると、目をそらして小声で

「……片桐かたぎり聖司せいじ

と呟いた。

 そのあと由香は、少年に家まで送ってもらった。

 由香があがっていけと勧めるのを固辞して、聖司はそのまま帰っていった。

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