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秋月千早(あきづき・ちはや)のプレイが終了し、三〇分が経過しようとしていた。関連動画は早い段階で拡散し、そこで秋月の名前を知ったプレイヤーも多い。それまではマイナープレイヤーとしてSNS上で言及されていたのが、今回のプレイで上位プレイヤー候補として認識される事になった。
【新人の動きとは思えない】
【むしろ、VR側のプレイヤーが新人では?】
【AR側のプレイヤーは相当やりこんでいる類か?】
【レベルを踏まえると、そこまでやりこんでいる勢力ではない。他のARゲームをプレイしているかどうかは不明だが】
【あの実力は、ただものではないぞ】
まとめサイトに動画が掲載されると、早速コメントが付くほどには秋月の名前が有名になっている。それ位に、SNS上でARゲームプレイヤーの名前が出ると反応するユーザーがいるという事だ。
(わずか三〇分で、ここまで拡散するのか――)
ゲーセンのバイトをこなしつつ、センターモニターで秋月のプレイを見ていたのはビスマルクである。例の動画は彼女が選択した訳ではなく、別のプレイヤーが選択していた。さすがに彼女が選択して動画を見ていたら、ある種のサボリ認定されそうだが。
(とりあえず、今はしばらく様子を見るしかない)
動画のプレイを見ていても、あまり参考にならないという訳ではなく、あくまでもゲーム自体に興味はあってもプレイするのにハードルが高いという認識なのだろうか? ARゲームでは様々なガジェットを含めた装備を揃える必要があるともサイトには書かれていた。出費的にも大変かもしれない。
(ARゲーム自体、ハードルが高いのは色々と言われているけど――プレイ可能な場所を含めて)
現状でAR版ヒーローブレイカーをプレイできる場所は関東地方と関西の一部に限定されていた。逆にVR版は日本全国でプレイ可能になっているので、プレイ可能なエリアと言う意味ではARの方が限定されているだろう。しかし、それを逆手に聖地巡礼等に利用しようとしたのが草加市であるのは周知の事実でもあった。
「様子を見るのは確定だし、もう少しだけ」
色々と言いたい事もあるのだが、今は仕事中もあってビスマルクも自重はする。しかし、どうしても気になるような様子は彼女の様子を見れば明らかだったのは言うまでもない。
同時刻、島風彩音(しまかぜ・あやね)は足立区にある個室スタジオで写真撮影を行っていた。服装に関しては露出度も低く肌も見せないような、ファンタジーの騎士と言ったコスプレである。この鎧はスタジオで借りてきた物ではなく、島風の私物だ。それに加えて、これらの鎧はリアルに鉄でできている訳ではない。全てはバーチャル映像で作られた鎧なのである。
撮影と言っても、専門カメラマンがいる訳ではないのに加えて、スタッフもごく数人。スタジオが狭い訳ではないのに、カラオケボックス並の密度で人がいるような雰囲気である。コスプレ写真を撮影しているのは事実だが、着替えの場所も含めてスタジオをレンタルしている事情で、この密度となっていた。
写真を撮るスペースは、畳六畳弱の広さでしかない。それでも文句すら言う気配もなく、島風はスタッフの指示を聞きながら撮影に挑む。コスプレ写真と言っても写真集に収録する訳ではなく、あくまでもウェブ専用である。しかも、このサイトは無料サイトなのである意味でも採算度外視かもしれない。
(コスプレイヤーとしては、これが最後の撮影になるかな)
島風は、撮影中にふと最後の殺絵になるかもしれないと考えていた。
「これで、全部でしょうかね」
女性カメラマンが島風に撮影した写真をデジカメからタブレット端末に取り込んで、編集前の物を見せる。島風もまずまずといった表情を見せるが、納得をしているかと言うと微妙な情勢だ。
「こう言う感じで良いでしょ。下手にお色気路線に走れば、それこそ別の業界がスカウトしそうだし」
「その鎧も構造がリアルのコスプレイヤーが持つような物じゃないし、どれだけの予算がかかっているの?」
「そこに関しては秘密。こっちも色々とパイプを持っているから」
「バーチャルコスチューム、それこそ話題のARゲームよね」
女性スタッフもARゲームの事は知っているが、それがどのようなシステムになっているかまでは把握していない。島風の方は把握しているが、それを他の業種の人間に話す事はないようだ。
撮影が終わると、島風は自分の撮影に使ったコスチュームのみを片づける。カメラ等を含めた撮影機材は全てカメラマン側が用意した物だ。
「ところで、コスプレイヤーを辞める的な話をしていたみたいだけど」
カメラマンも気になったので、疑問を解消するという意味でも島風の正面を見て質問をする。島風の方は若干の沈黙をしたのだが、隠すのもアレなので話す事にしたようだ。ただし、いくつかは割愛する形だが。
「コスプレ自体は辞めたくないけど、マナーを守らないようなコスプレイヤーがまとめサイトにピックアップされたり、色々と――あるでしょ」
「確かにイベントでの迷惑コスプレイヤーもいるけど、それと何の関係が?」
「素人コスプレイヤーとか同人コスプレイヤーを名乗るより、もっと別の何かを名乗った方が独自のジャンルっぽくていいでしょ」
「どうせ、まとめサイトとかで同じ様にくくられるのがオチなのに?」
「それもあるけどね。あとは裏サイトで画像が拡散していたり、まとめサイト等でフェイクニュースやアフィリエイト目的で囮記事を作られたり」
確かにカメラマンの言う『まとめサイト』に対する自衛策は必要だろう。しかし、いくら防衛策を展開しても一部勢力は動くのは目に見えている。それを踏まえると、コスプレイヤーをやりたくても限界があるのかもしれない。
「写真に特殊加工をする事で転載出来ないようにしているのでしょう? それでも?」
カメラマンの言う転載不能対策もあるが、それでも限界はある。古いOS等で閲覧するとコピー出来たりすることも報告されているが、色々と限界はあるのかもしれない。
「別のアイディアも発見したし、これをコスプレイヤーと組み合わせ出来ないかなぁ――とは思ってるけど」
島風がタブレット端末でカメラマンに見せたニュース記事、それは最近になって注目を浴びているバーチャル動画投稿者だった。二次元アバター版動画投稿者とも言うべき存在だが、動画投稿者や歌い手で夢小説が作られる事が問題視されている中では、ある意味でも都合がよい物である。それでもジャンルとしては確立されたばかりなので手探りでやっていくしかないのかもしれない。
「あたしは常に一番を狙うの! だから、リアルのコスプレよりもバーチャルで頂点を目指す!」
島風の決意は変わらない。目指すは独自分野での頂点である。それは、誰もやったことのないようなバーチャルという舞台でのコスプレイヤーだった。しかし、現状ではARゲームの方との兼ね合いもあるので、やるとしても規模は今よりも縮小する可能性がありそうだが。
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