第61話 これが、愛ですか?
短い食事を終えたあたし達は手続きを済ませ、留置所を後にする。
外に出ると、容赦なく降り注ぐ夏の太陽がアスファルトを溶かして陽炎をつくっている。死んでしまった人間自体はもうどこにもいない。後になって思えばその人間が生きていたこと自体が、陽炎のごとく、本当に存在していたかどうかさえ分からなくことがある。
しかし、今の自分が生きていること自体が、誰かが生きてきたことの証明なのだろう。
足取りのおぼつかない堂嶋さんがきょろきょろとあたりを見わたした。
「堂嶋さん……」
あたしが言った。
「なんだい?」
となりにならんだ堂嶋さんはこちらを向くでもなく、まっすぐと前を、あたしと同じ方向を向いたまま答えた。
その方が都合がいい。正面を向きあって、こんなこととても言えない。
「堂嶋さん。あたしと子供をつくりませんか?」
「え……、な、何を……」
「堂嶋さんは、妻も子もいない世の中ならば、生きていても仕方がないなんて言いましたよね?
それって、あたし的にはちょっとショックだったんです。
あたしは結婚なんてしていなければ、子供だって産んでいない。だとしたら、あたしなんて生きている意味がないってことになります」
「い、いや、そういう意味で言ったんでは……」
「はい…… わかっていますよ。あたしだって、妻や子供がいない人が生きている意味ないなんて思っていません。さっきあたしがそれを堂嶋さんに言ったばかりです。
でもですね、堂嶋さんいそれを言わせるくらいに、子供をつくることって素晴らしいことなのかなって思うわけです。
だったら、あたしもそれを経験してみたい…… そう思うんですよ。
だって、たった一度の人生なんだから、そんなに素晴らしいもの、経験したいじゃないですか」
「でも、世間は子供をつくることに対してやさしくはない。命を、捨てる覚悟がいるんだ……」
「たしかにそうですね。あたしだって、正直死にたいなんて思っていません。でも、生きている意味なんてない。死にたいと思っているくらいの人がいるなら、それはそれでちょうど都合がいいかなと……」
「それが……僕だっていうことだね……」
「堂嶋さんは、生きる意味もないみたいに考えているみたいですけど、生きる意味がないなら意味をつくればいいんですよ。真希さんや、梨花ちゃんは、この世に子孫を残すことが出来なくなってしまいました。でも、彼女たちは堂嶋さん、あなたの体の一部になっているはずです。だからこそ、今のその体で子孫をつくるんです。
堂嶋さんの子供をあたしが産んで、その10年後に堂嶋さんが献体になればいいんですよ。それが、一番無駄がないです。
堂嶋さんの体は、あたしが責任を持って料理して、あたしと子供でおいしく食べてしまいます。
これって、すてきな提案だと思いませんか?」
「素敵かどうかはさておき……
ひどい殺し文句だと思うよ、僕は……
だが、一つ言っておくが、君の腕ではまだまだ僕を満足に調理することはできないだろう。だから、その答えは今のところ保留にしておくよ」
「わかりました。それじゃああたし、しっかり訓練をして、立派な人肉調理師になって見せますよ。そしたらその時、あたしのために、食料になってくださいね」
「ああ、考えておく……」
「あ、それと……」
「まだ、なにかあるのか?」
「はい。あたしが堂嶋さんとの子供を産みたい理由って、何も堂嶋さんが死にたがっているからってだけじゃあないですよ。
あたし、堂嶋さんとじゃなきゃ、駄目だなって思うんです。子供をつくるのなら、堂嶋さんの子じゃなきゃ嫌だなって……」
――ねえ、堂嶋さん……
――もしかして、これが〝愛〟っていう感情ですかね?
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