第42話 カマキリが生きるためには

 移動中の車の中で、不満を漏らすようにつぶやく。

「堂嶋さん。子供がいたんですね。なんで今まで教えてくれなかったんですか?」

 言いながら、なんだか自分の発言が堂嶋さんの不倫相手みたいだなと思う。

「別に、隠していたわけじゃないさ。聞かれなかったから言わなかっただけだよ。それに、余計な心配をさせる必要もないかと思って……」

「余計な心配だなんて……」

 ――余計な心配。

 その子供のせいで、いつかは両親のどちらかが献体にならなければならないという心配。

 それをあたしがしなければならないということは――。

「堂嶋さん……」

「ん?」

「一つ聞いていいですか?」

「答えられることなら」

「どうして、結婚して子供を産もうなんて考えたんですか?」

「どうして? そんなことに、理由なんて必要なのかな。結婚して、子供を産むというのは、ごく当たり前の衝動だと思うのだが」

「あたしからしてみれば、そんなこと普通じゃないですよ。だって、子供を産めばその親のどちらかは死ななければいけないんですよ。それなのに、そこまでして子供を産みたいって理由が、あたしにはよくわからないんです。そりゃたしかに子供はかわいいかもしれませんけど、何も命を捨ててまで欲しいものかと言うのはちょっと……」

「いのちを捨てて、と言うのは少し違うかもしれないな。どちらかと言えば、自分の命を無駄にしないために……」

「……どういうことですか? それじゃまるで真逆の意味じゃないですか?」

「どういうことと言われてもね……。まあ、そのうちわかる時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。その感情を言葉にするのは少し難しいな。

 ねえ、牧瀬君。カマキリのオスは、何でメスと交尾したがるのかな?」

「カマキリの交尾? それは、新手のセクハラですか?」

「ははは。カマキリのオスはね、メスと交尾すると、その交尾の最中、メスに頭から齧られるんだ。頭がなくなった状態でオスはさらに交尾をつづけ、メスに卵を産ませるんだ……」

 頭の中でその映像を想像し、気持ちが悪くなった。

「な、何でそんなことを……」

「メスが卵を産んで育てるということはね、とても労力のかかることなんだ。だから発情期のメスはその体に栄養を蓄えるため、たとえ相手が同胞のオスであっても、捕食して栄養を蓄えようとするんだ。

 無論。食べ物が豊富に確保される状態であればそこまでのことはしないさ。でもね、自然界の生存競争と言うものはそんなに甘いものじゃない。食べ物が足りなければ同胞を食べてでも栄養を蓄え、子孫を反映させなくてはならないんだ。メスはそれをわかっているからオスを食べ、オスはそれをわかっているからメスに食べられる……」

 堂嶋さんはそれっきり、感慨にふけって何も話さなくなった。

 あたしが聞きたかったのはきっとそういうことじゃない。なんで、そこまでして子孫を残さなきゃいけないのか……と言うことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る