第39話 休日出勤
帰りのバスの中で携帯電話に着信があり、見ると相手は堂嶋さんだった。連休中に連絡と言うことは、緊急の仕事が入ったのかもしれない。
「はい、もしもし……」
「あ、ああ。香里奈君……。休みのところ、申し訳ないんだが……」
「いえ、大丈夫ですよ。仕事……ですか?」
「あ、ああ。うん。今日、これからなんだけど時間大丈夫かな?」
「こ、これからですか?」
「あ、いや、無理ならいんだ。別に僕一人でも問題ないんだ。ただ、ちょっと食事に出かけるだけだし」
「あ、なんだ。デートの誘いですか?」
「デ、デー……、い、いや、そういうわけじゃなく……」
わかってて言った。こういう態度をとると堂嶋さんは少し動揺する。それがわかるようになってから、つい、からかい半分でやってしまう。本当に困った弟子だ。
「仕事で、人肉を扱っているというお店に食事に出かける。もちろん経費で落ちるから気にしなくていい」
なんて素晴らしい仕事なのだろうか。人肉を扱うお店と言えば超高級店だ。しかもそれが経費で落ちるなんて、一体どういう仕事なのだというのだろう。これをみすみす断る手はない。しかし……
「実は今、都心から少し離れているんです。今、帰っている途中なのですが、そちらの方に到着するのは昼過ぎになると思います」
「昼過ぎか……」
堂嶋さんはひとり呟いて、しばらく間をおいて続けた。
「だったら、今日晩はどうだろう? その方がゆっくり時間もとれるだろうし」
「はい。もちろんそれでよければ」
食事は夜からと言うことで話がまとまった。集合はアトリエではなく、直接堂嶋さんのアパートに来てほしいということだった。後でメールで地図を添付された。そこから堂嶋さんの自家用車で現地に向かう。
昼過ぎに都心へと帰ってきたあたし。まだ、夜の食事には時間がある。そこであたしは街に出かけ、ドレスを調達することにした。人肉料理店と言えば超高級店。あたしがふだん着ているようなラフな格好で行くわけにはいかない。それにもう、社会人なので、いつ、いかなる時にこういった衣装が必要になるかわからない。
あたしは、ライトブルーの、背中の大きくあいたドレスを購入した。少しばかり恥ずかしいが、いつまでも子供と言うわけではない。このぐらい、あたしだって着こなして見せる。
夕方になり、予定の時間よりも早く到着できるようにと心がけて堂嶋さんの住むマンションへと向かう。
予想はしていたが、なかなかに立派なマンションだ。高級物件、と言うわけではないだろうが、エントランスなんてものがあるだけであたしが住むようなボロい寮とは比べ物にならない。言われた通りの部屋に行き、部屋の前のドアチャイムを鳴らす。中から出てきたのは堂嶋さんではなく、色の白い、目の吊った奇麗な女性だった。ふわりとした前髪を横にならし、ヘアピンで簡単にまとめるその額からは堂々たる自信が満ち溢れているようだ。肌の白さは普通の白さではない。まるで日光に当たることを否定して生きているかのように尋常無く白い。〝白魚のような〟と言う表現があるが、まさにその通りだ。白魚は本当は白いんじゃなくて透明だ。釜揚げすれば本当に白色になるが、そうでない限り、その色は無色透明で、彼女の肌はそれに近い。もし、彼女が死んで、あたしが調理する機会があるのならば、その体を一度茹でてみたいと思った。本当に白く濁るのかどうかを確かめたい。堂嶋さんとはどこをどう切り取ってもまるで真反対な印象を受ける。
「あらあなた、牧瀬香里奈さん?」
「あ、は、はい」
「いらっしゃい。主人なら、さっきから待ってるわよ。どうぞ中のほうへ」
〝主人〟と言う言葉を聞いてすこしだけドキリとした。堂嶋さんに奥さんがいることをすっかり忘れていたということもあるのだが、どこかしら彼女の言う〝主人〟と言う言葉には、あたしに対する対抗心が少しばかりあったのではないかと思うのはうぬぼれだろうか。
それにしても堂嶋さんいはもったいないくらいにきれいな女性だ。いったいどんな裏ワザで彼女の心をとらえたのか、そこのところをまた改めてじっくり聞きたい。
彼女はあたしを室内へといざなうために、そのアーモンド形の目の中を、黒い眼球をとてもゆっくりと移動させて室内へと向ける。言葉はなくともその眼球だけでいくつもの言葉を語る。
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