蟷螂の料理人~人肉調理師のとっておきレシピ~
水鏡月 聖
第1話 序文
――まずここにひとつの空瓶があるとしよう。ここに微生物を一匹入れるとする。この微生物は一分間に一度分裂する。そうすると60分後に微生物は瓶にいっぱいになった。
では、今度はこの瓶に二匹の微生物を入れて、同じように実験した場合、瓶にいっぱいになるのは果たして何分後だろうか?
「うーん。そりゃあ2倍の量でスタートするわけだから半分の30分?」
「残念。正解は59分だ」
ベッドの上で退屈な時間をもてあましている彼女と、こんなくだらない会話をしていた。
「ねえ、何で59分?」
「よく考えてみてよ。初めの1匹と2匹の差っていうのは一分しかないわけだ。1匹入れて1分経ったときは中に2匹いるわけで、はじめに2匹入れたということは1匹入れた時の1分後と同じ状態なわけだ」
「うーん…… そうなの……かな……」
「だからね、2倍いるから半分ってことじゃないんだよ。要するに1分ごとに倍に増えていくわけ。初めの1分は1匹増えるだけだけど、次の1分で2匹増え、次の1分で4匹、そして8、16、32、64と1分間で増える量が倍になる」
「うーん、アタシってホントに数学とか苦手だったんだよね」
「じゃあ、逆向きに考えてみよう。60分でいっぱいになる瓶のいっぱい1分前、この時、瓶の中にはまだ半分しかいないわけだよ。2分前には4分の1、3分前には、たったの8分の1しかいなかったわけだよ。8分の1っていうと、ほとんど空っぽに近い量だ。なのに瓶の中の微生物は3分後に瓶にいっぱいになるなんて思いもしていないだろうね。でも、3分なんてあっという間だよ」
「ねえ」
「なに?」
「なんの話をしているんだっけ?」
「なんの話をしているんだろう?」
「でもさ、ちょっといいかな?」
「なに?」
「その微生物は、どうやって増えてるの?」
「どうやってって……分裂だけど?」
「そう言うことを言っているのではなくてね。要するに、瓶の中の微生物が分裂するためにはその栄養を得るための餌が必要なんじゃないかってこと」
「そういうことはさ……」
「でもさ、ちょっと考えてみてよ。つまり、なにもない瓶の中で微生物が増え続けていくってことは、微生物は瓶の中で共食いをしているんじゃないのかな?」
「共食い?」
「そう、他の微生物を食べて、その栄養で細胞分裂をしているというわけ。つまり、微生物は増えてはいるけど、同時に減っていっているのよ。だから瓶の中はいつまでたってもいっぱいにはならない!」
「なにを言っているんだよ」
「あのね、生きるってことは、食べるってことなんだよ」
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