第31話 狂気的紳士★

「今……なんて……!?」

「ようやく口を開いてくれたね。既に町を襲撃していると、そう言ったのだよ」


 自分の目と耳を疑った。

 時計の針が示す時間、ゴートが口にしている言葉。何もかもが理解しがたいことだった。

 確かに三日後とは言っていたが、まだ日が変わったばかり。

 町では昼間から一応避難の準備はしていたものの、それに従っていた人はごくごく少数だった。

 それなのに、こんな寝こみを襲うようなまねされたら……!


「卑怯だと思うかね」

「そんなの……当り前じゃないですか……!」

「この手の作戦を成功させるのに、夜襲は基本だろう? もとより警告はしていたのだから、避難するなりなんなりする時間はあったはずじゃないか。それを怠ったというのであれば、ワタシが卑怯なのではなく君たちが怠惰なのではないかね」

「っ……!!」


 半ば反射的に立ち上がり、来た道を振り返ろうとした。

 だが一歩、たった一歩踏み出そうとしたところで足がすくんでしまう。

 僕が行ってどうする。

 また不要な災厄を招き入れるだけじゃないのか、かえって状況が悪化するだけじゃないのか。

 死ぬ必要がなかった人が、僕のせいでまた死ぬのではないか。

 頭の中をその言葉が駆け抜けていき、体を硬直させる。


「どうしたのかな。行かないのかね」

「…………僕が」

「『僕が行ったら状況が悪化するかもしれない』かな?」

「!?」


 ゴートは冷たい目を向けたまま、僕の思考を当てて見せた。

 彼が知りえないはずの感情を筒抜けにされて、恐怖にも似た感情が生まれてくる。

 二日前の襲撃では、彼は僕のことを名前すら知らなかったはずだ。

 それなのになぜこんなことが言い当てられるのか。僕の幸運値の低さを知っていたら予想を付けることは可能かもしれない。だがその手の測定情報は重要機密として厳重に保管されているものだ。そうそう盗み見れるようなものではない。


 すくんでいた足が一歩後ろに下がり、背中が再び木の幹と接触する。


「行かないのであれば、少し話に付き合ってもらえないかな? 何、町の方は心配ない。今も着々と計画が進行しているはずさ」


 ゴートが町の方を向きながらそう言うと、冷たかった彼の目に熱がこもる。同時に頬の筋肉が上を向き、不敵な笑みを浮かべていた。

 それから僕へと視線を戻し、続きの言葉を述べる。


「おっと、怖がる必要はない。君の思考を読み取れたのは簡単なロジックだ。ワタシの眼は特別製でね。他人の幸運値が視覚として認識できるのだよ。君のような人間が、災厄を前にして逃げ出す理由など考えるに容易いこと……そしてワタシからしてみれば、君は本当に興味深い。一体何があればそのような――と、この質問は紳士にあるまじきものであるかな。失礼、忘れてくれたまえ」


 不幸不運な理由を聞くなどあってはならない。ということなのだろうが、町一つを滅ぼす男が今更何を言っているのか。

 心の中でそう思ったものの、声には出さない。

 ただただ目を合わせないようにしている僕をよそに、ゴートは話をつづけた。


「ゴホン。あらためて、結論から言わせていただこう。ワタシは君に興味がある。……そこでだ、ワタシ達の仲間になる気はないかね」

「……意味が、わかりません」


 本当に意味が分からない。

 僕の幸運値が底抜けて低いのを知っていて、不幸を呼ぶと分かっていて仲間に引き入れる?

 しかも今、ワタシたちと言った。

 つまりゴートの行動は集団的、組織的なものであるということだ。

 そんな怪しい集団の仲間に入れだと?

 仲間を危険にさらすような真似をして何がいいというのか。


 ネリスが僕を誘った時も似たようなことを言っていたが、彼女の場合は純粋に僕のことを気に入ってくれたから、そして戦力として欲してくれたからだ。だがゴートの言葉は彼女とは根本的に違う。


 わざわざ組織であると宣言するのは、僕を引き入れる価値があると分かっているからすることだ。ただ興味があるだけならばその必要はない。

 大勢に迷惑が掛かると分かっていて、今の僕がホイホイついていくわけがないのだから。

 考えれば考えるほど、何がしたいのか訳が分からない。


「ワタシ達はね、君のような人も含めて、世に生きる全ての人に幸せになってもらうために活動している。ファルムを襲っているのもその一環だ。今は理解できなくともいい。傍から見れば、ただの犯罪であることは承知の上だ。ただ……ワタシの根幹は人の世を、この世界に幸福をもたらすことだとだけは理解を願いたい。おそらくは、それは君も同じ思いだろう」

「……何を言ってるんですか」


 もはや理解の範疇を越えている。

 そう思わざるを得ない、矛盾した発言だ。

 人を幸せにするために人を不幸にすると言っているような物じゃないか。

 全く真逆の行為、それを本気で、そして冷静に口にしているのだから余計理解に苦しむ。


 悪役が平和や幸福を謳うことは普通にあることだ。

 だがそれとはまた違う。悪が謳う幸福とは、基本的に悪が享受する物だからだ。

 ゴートの言うそれは、幸福にしたい人々を不幸のどん底に突き落としているではないか。

 矛盾している行為に自覚を持ち、それでもなお相手に理解を求めている。正気でいるように見えて正気じゃない。

 これはもう……狂気の沙汰だ。


「フム……難しいことを言い過ぎたかね。では少し話を変えて、紳士らしいことを言わせていただこうかね」


 理解に苦しむ僕を見てか、ゴートが話を別の方向にもっていこうとする。

 彼は僕から一歩距離を置くと、胸の前でパチンと指を鳴らして見せた。するとその手の中に一輪の花が現れる。

 花弁の内側から外側に向けて、白から赤へのグラデーションを見せるそれを、僕の目の前に差し出してきた。

 彼が浮かべる不敵な笑みも、その行動故か、高級感のある紳士的な振る舞いであるかのように見えなくもない。


「そうして俯いているのはレディには似合わない。君のような不運な者であれば猶更の事。悲観というものはそれだけで幸運を遠ざけてしまうからね。これの花言葉は『ささやきに耳を傾ける』『信頼に応える』というものだ。前を向きたまえ。前を向き、君がどうあるべきかを考えたまえよ」


 ゴートは花を無理やり僕の左手に握らせて、背中を向けた。


「最後になるが、ルティア君。君は素晴らしい魔術士だ。先日の火事を止めたあの魔術、一見の価値があるものだった。先の返事は今でなくとも構わない。いずれまた会うだろう、その時は期待しているよ」


 この言葉を最後にして、ゴートは森の中――ファルムがある方向へ消えていった。

 しかし彼を追いかけていく気にはなれず、再びその場に腰を下ろしてしまう。


 ゴートのまるで一貫性のないセリフに、僕の頭の中は自分でもよくわからないほどにぐちゃぐちゃだ。

 ただでさえ精神的に参ってしまっているときだというのに、訳の分からないことをごちゃごちゃと言うだけ言って……話を聞いていただけだというのに、ひどい疲労感を感じていた。


 でもその一方で、最後の言葉だけが頭にこびりついて離れない。

 僕がどうあるべきか考えろという、唯一正当な意味を感じ取れた言葉。

 これもよくよく思えば、ただ敵を激励しているだけの頭がおかしい発言でしかないような気がするのだが、今の僕にしてみれば、これだけは真に的を射抜いた発言だった。


「僕は……」


 ――がさっ。


「!?」


 不意に、森の中から草が擦れるような音が聞こえてきた。

 その音はだんだんとこちらに近づいてくる中で、草をつぶしながら来る足音なのだと気が付く。

 森の中に住む魔物か何かかと思いサッと立ち上がり、〈魔杖〉の魔法で杖を作り出して身構える。

 すると――


「やっと外か!? ……て、あれ? なんだここ」

「なっ……!?」

「お? ……げっ!? お前は……!!」


 森の中から姿を現した影は、魔物でも獣でもなく、大柄な体躯をした人間の男。

 酒場を探していた僕を騙し、売り飛ばそうとしたフォルトだった。

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