第30話 午前零時
「ハァ……! ハァ……! ハァ……」
真っ暗な森の中を、僕は当てもなく走り続けた。
明日はあの紳士が襲ってくる。
それを前にして、ファルムから全力で逃げ出していた。
僕の幸運値は未知数。一体どんな災厄を招き入れるかわからない。
その結果がこれだ。
今思い出しても、自分が自分で嫌になる。
人々に幸福を届けなければならないはずの僕が、都市一つ滅ぼす災厄を招き入れたのだ。
ゴートは本当にやる。それだけの力も、おそらく本当に持っている。
考えれば考えるほど、僕は町にいてはいけない気がしてならなかった。
色々と良くしてくれたネリスや、協力してくれたレイルさんには申し訳ないと思う。でも今の僕があそこにいたら、きっと最悪の結果を招き入れる。だったらいない方がいい。
そう思い立った瞬間、足を動かさずにはいられなかった。
僕さえいなければ、あとは二人が何とかしてくれる。
そう本気で信じて、ひたすらに走り続けた。
息が切れているのもお構いなしに、感情のまま……どれくらい経っただろうか。
ある場所を境にして、周りが急に明るくなった。
「ぜぇ……はぁ……あれ……ここは」
よく目を凝らしてみてみると、周りに生えている木々に葉が一枚もついていないことに気が付く。
後ろに生えている木々はみな茂っているというのに、前に生えている物はまるですべてが枯れ木のようであった。
「あ……そうか。ここ、火事があった……」
突然火事に見舞われ、僕が氷漬けにした場所だ。
僕がいる場所からしばらくは枯れ木のシルエットが続いた後、再び緑が茂る森へと続いている。
「……村は、本当に無事だったんでしょうか」
見に行ってみようかと考えて、すぐに頭を横に振った。
ここで僕がその村を訪れてしまったら、また何か要らぬ災厄を招き入れてしまうかもしれない。
そう思うと、ここから一歩を踏み出すことさえもできなくなってしまった。
一番近くにあった木の幹に寄りかかり、そのまま地面にへたり込む。
「ダメですね……親しくしてくれた人が、一人死んだ……たったそれだけで、こんなにも参ってしまうだなんて」
曲げた膝を両腕で抱え込み、その中に顔をうずめる。
視界が本当に真っ暗闇に沈むと、転生初日の……ファルムへ初めて入った時の光景が目に浮かんだ。
思えばあの門兵さんと言葉を交わしたのが、下界に転生してからの初めての会話だった。
「……僕は」
「ごきげんようルティア君。今宵は空が綺麗だね」
「!?」
心の底から嫌な感情が沸き上がってくるような声が聞こえてきた。
力なく顔を上げてみると、二日前に見た外見と口調だけは紳士的な男がそこに立っていた。
「どうしてまたこんなところへ? 夜風は体に良くない。君のようなレディなら猶更だ」
「…………」
目をそらし、口は動かさない。
彼――ゴートの声を聞いた時は攻撃的な感情に襲われたが、それもすぐに引いていた。
僕が此処で攻撃を仕掛けたところで、きっと何かしら対策を講じてくる。
堂々と目の前に現れるのだから、それくらいの前提をもっていて当然だ。
無駄だろうとわかった瞬間に、その感情は面倒臭いの一言で消えて行った。
「町に戻らなくてもいいのかね」
「…………」
口は開かない。
返事をする必要性を感じない。
どうしてこの男にそんなことを言われなくてはならないのか。
まるで僕を町に戻したいと言っているような発言に、少しばかり不快感を感じた。
「フム。敵であるワタシに話す言葉などない……か。では一方的に告げさせていただこう」
「……?」
ゴートは、着用しているタキシードのポケットへ手を入れると、そこから懐中時計を取り出すと、それを僕に見えるように差し出してきた。
針が指し示す時間は午前零時すぎ。
ゴートは時計を見せたまま、氷のような冷たい目で僕を睨みつけ――こう言った。
「約束の三日後だ。もう町の襲撃は開始しているよ」
◇
AM00:10 都市ファルム
「住民の皆さんはこちらへ!!」
「慌てないで! 落ち着いて行動してください!」
慌て逃げ惑う住民を、衛兵たちが必死に町の中心にある市庁へ誘導している。
十分前。日が変わるとほぼ同時に、中心街の地面から火の手が上がった。
まるで火柱のごとく噴出した炎は、遥か上空まで吹き上がったところで幾重にも分散し、町中に降り注ぎ、どこもかしこもパニック状態。
いたるところで火災が起こっている中、初手以外に目立った被害がなく、且つ町の外へつながる隠し通路への避難が開始されていた。
時間が時間ということもあり、大半の住民が寝ている中での襲撃。
まさか日が変わると同時に仕掛けてくるとは、襲撃を知っていたネリスやレイルも思っていなかった。
「おいおいおいこりゃ一体……」
「まだ日が回ったばかりだよ!? いくらなんでも早すぎる!」
ギルド兼酒場から飛び出て、あちこちで炎が暴れまわる町を目の当たりにした二人。その額からは冷や汗がにじみ出ており、自分たちの浅はかさを悔やんでいるようだった。
まんまとしてやられ、拳を握ることしかできないでいるネリスとレイル。
そこに一歩遅れてやってきた白い獣が一匹。
「ちょっとあんたたち!」
「!」
「スフィちゃん! あれ、ルティアちゃんは?」
「っ……遅かった!! 逃げたわよ、あの腰抜け!!」
「「ハア!?」」
スフィの口から告げられた事実に、ネリスとレイルは大きく顔を歪ませた。
「書置きがあったの。一言だけど、『ごめんなさい』ってね! ホンットあのバカ。こんな時に……」
「先日の犠牲……だよね、原因は。でもそこまでいくかな? もしかしたら敵の居所に当てがあって、単身で乗り込んだなんてことも」
「いいや、スフィの言う通りだろう」
「レイルさん?」
レイルはスフィの言っていることを肯定し、ぐっと歯を食いしばる。
過去のルティアを知っている彼には、ルティアがこの事件を以って何を思ったのかがある程度想像できた。
それを分かっておきながら放置していた。前回のゴート襲来後、話を終えた後はいつも通りの顔をしていたから大丈夫だと、そう勝手に思い込んでいた己自身に怒りを感じているのだ。
「あいつは『人の死』というものを知らなさすぎる。目の前の救える命は全部救い上げてきたやつだ。たとえ少しの絡みしかなくとも、親しくしていた人間が死んだとありゃあ……そりゃあつれえだろうよ。オレらの想像なんかより、ずっとショックだっただろうよ……クソ!!!」
「ちょっとレイルさん!?」
「どこ行くつもり!?」
レイルは固くこぶしを握り締め、北門へ向けて走り出した。
そして帯刀している片手剣を抜き、未だ誰も確認できていない、しかし確かに迫りくる大敵へと向かっている。
彼は特殊な鼻のおかげで、いち早くその存在に気が付くことができていた。
彼――レイルは亜人だ。フルネームを、レイル・O・レディレークという。
その出生は少々複雑なところがあり、彼の体にはドラゴン……竜族の血が半分流れている。残りの半分のうち25%がエルフ、そしてもう25%が人間だ。
ドラゴン、エルフ、そして人間のクォーター。
三種族の血をもつ彼の鼻は、己に流れている種族の匂いを正確にかぎ分ける。
「散々後手に回されてんだ!! 今度こそ先手を打たせてもらう!」
未だ瓦礫が片付き切れていない北門前。
そこで立ち止まったレイルは、肩幅ほどに足を広げ、剣の柄を両手持ちに替えた。
そして頭上高く掲げたそれに魔力を込め、極限まで集中力を力に変える。
「
剣身を覆っていた魔力のオーラが、両手剣ほどの大きさにまで巨大化する。
同時に彼らの立つ地面がグラグラと揺れ始め、避難をしていた住民たちが再びパニック状態に陥ってしまう。
が、レイルは微動だにせず、構えた剣に力を籠め続け――――!
「――――両断!!!」
地面を突き破って現れ出た巨大な影へ向けて、レイルの両手剣が振り下ろされた。
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