第29話 紳士的感謝

 カツ。カツ。と瓦礫が散乱する地面を鳴らしながら、ゴートと名乗ったその紳士は町の中へ入って来た。

 砂煙が立ち込める中。

 携えたヒゲを優雅に擦りながら、彼は目抜き通りを堂々と闊歩する。


 僕たちは道の真ん中に出て、謎の紳士的襲撃者の前に立った。


「おやおや、これは手厚い歓迎をありがとう。ワタシはゴート。見ての通り紳士だ」

「門ブチ破って入ってくるとか、そんな物騒な紳士がいてたまるかよ」

「一体何用かな。返事次第じゃ手荒な歓迎になるけど許してね」


 初めから少々攻撃的なレイルさんに対し、ネリスが一歩前にでて、ゴートと一応の対話を試みる。

 これにゴートはニコリと微笑みながら、頭のシルクハットに手を向け、紳士的な挨拶をしてみせた。


「お会いできて光栄だ。麗しきお嬢さん――いえ、冒険者ギルドファルム支部二十三代目マスター、ネリス・カーマリナン殿でよろしいかな」

「……よく知ってるね」


 ゴートがネリスの名を言い当てた瞬間、ネリスの手が握られた。


「色々と調べてから来たので。下調べは重要な事。何も知らずに足を踏み入れる事程、愚かで恐ろしいものはない。それよりもそう、ワタシが何をしに来たのか。それが知りたいのだろう」


 ゴートはそこまで言い終わると、胸の辺りまで上げた手をくるりと捻り返す。そしてパチンと指を鳴らした勢いのまま、人差し指をネリスの右奥にいる僕の方へ向けてきた。


「ずばり君だ。いやはやこの場にいてくれて助かった」

「……僕、ですか?」

「ああ君だ。君だろう? 先日の火事を治めた――――いや、氷漬け・・・にしたのは」

「ッ!!」


 言っているのは、おそらくメアリスを探しに行って時のことだろう。

 だがあれを知っているのは彼女と僕、そして一緒に居たサレスだけ。使用者との距離が離れれば解けるようになっているため、後々動いていた消火部隊も見ていないはず。


 これは本当に嫌な気分だ。

 他人が知り得ない情報を、敵か味方かもわからない、おそらくは敵であろう者に告げられる。まるでこの自称紳士が自分たちの一枚上手を行っているかのような錯覚を生む。

 いいや、不意を突かれている時点で既に向こうさんが有利なのは間違いないか。

 ああもう面倒臭い。

 明らかに僕に用事がある感じだし、出ない訳にはいかないじゃないか。


 僕はネリスの肩を叩き、彼女の代わりに前に出て行く。


「何の用でしょう。確かに貴方の言う通りですが、あれは人を助けるため。他意はありませんよ」

「いやいや! 疑ってかかるなんて滅相も無い! むしろ感謝しているのだよ。あの森の直ぐ近くに村があるとは知らなくてね。無用な被害を出してしまうところだった」

「何を……言ってるんですか?」


 森の近くに村があるのを知らなかった。

 そこまではまあいい。だが無用な被害を出すところだったとは?

 その言い方、まるでこの男があの火事を起こしたかのような……。


「ちょいとテストをね。これ以上は企業秘密とさせていただこう。先に言った通り、今日はそこなる少女にお礼を述べに来たまで……失礼、名前は何というのかな」

「礼を言いに来ただあ? テメエ、入口ぶっ壊してきて吐くセリフじゃねえだろ!!」

「ダメだレイルさん! 今は抑えて」


 レイルさんが辛抱溜まらず実力行使に出ようとしたところを、ネリスが彼の前に出て止めに入る。

 今は相手の素性が全く知れない。その上に町の中だ。

 皆逃げて行ったからか、周囲に人気はない。だがゴートは門を壊してまで中に入って来た。ここで戦闘になったら何をされるかわかったもんじゃない。

 つまるところ今僕たちに手出しをさせないため、そして明確に敵意を煽るための破壊行為。

 何をしたいのかは知らないが、何もかも後手に回っている状況。このまま手を出すのは、さっき彼が言っていた通りの愚か者でしかない。


「僕は……ルティアです」

「ルティア君、改めて感謝を。君のような魔術士と出会えて光栄だ」

「…………」

「反応に困るかな? ワタシが何者か知れないから。……フム。謎の紳士、そして君たちの敵だ。今はそれだけ理解していればいい」

「テメェ……」

「レイルさん」

「わかってるよ!」


 拳を握りしめ、抑え込むレイルさん。

 それを止めに入るネリスだが、ゴートが敵だと明言したこで、先ほどよりも気を張り詰めた表情に変わる。


 だが僕はどうも、彼が完全に敵であるとは思えずにいた。

 敵であることは間違いない。しかし何か違和感を感じるのだ。

 フォルトやサレスの時と違い、目の前の男は心の底から悪であると僕の勘は告げている。

 だがそれ以上に、善悪の垣根を越えた何かがあるような、そんな気がしてならなかった。


「ワタシは敵だ。証拠に門を破壊して見せた。そしてもうひとつ、ルティア君へのお礼に一言だけ残しておこう」


 ゴートは僕たちに背中を向けると、顔だけをちらりとこちらに向け、不敵な笑みを浮かべながら言った。


「三日後。ワタシはこの町を滅ぼしに訪れる。全ては我らが神のために」

「なん……だって……!?」

「っ……!」

「ではさらばだ」

「おい!! テメェ!」


 ゴートは来た時と同じように目抜き通りを闊歩し、やがて姿を消していった。

 レイルさんは怒り心頭だが、辛うじて歯を食いしばるに終わり、ゴートを追いかけようとはしなかった。


「んだよアイツ……ふざけたこと抜かしやがって……」

「レイルさん。気持ちはわかる。でも今は瓦礫の中に人がいないか確かめよう。人命最優先、考えるのはそれから!」

「ッ……わーったよ」


 僕たちが門付近の救助活動を始めてすぐ、この町の衛兵たちが駆けつけてきた。

 それからは衛兵たちに事の事情を伝え、日が暮れるまでの間救助とがれきの除去作業を行った。被害としては、門から一番近かった二軒の建物が全壊、中にいたと思われる三人の一般人


……そして、僕に親切にしてくれた門兵さんが犠牲となっていた。


 他付近の建物も半壊や破損部分が多くあり、逃げ遅れた怪我人が十数名。

 数万人規模の都市とみれば被害はまだ少ないほうかもしれない。だが突然命を奪われた人がすぐ近くにいるというのは、どうしても心に来るものがある。

 それが一度関係を持った……しかもよくしてくれた人だったのだから、猶更だ。


 涙は出なかった。

 出なかったがが、ギルド一階の酒場へと戻ってきた後も、僕はどうにも下がった眉をあげることができなかった。


「ルティア、元気を出せとは言わん。だがお前がその調子ではこれから先が大変になるぞ」

「シャキッとしなさいシャキッと! あなたのせいじゃないんだから」

「そう……ですね……。でも、やっぱりきついですよ……あんなに、親切にしてくれたのに……救えなかった。救えなかったんですよ……」

「ルティアちゃん……」


 今まで目の前で枯れそうな命は全部救ってきた。

 これもひとえに、僕の運がよかったからだ。僕の運がよかったから、手遅れにならずに済んだのだ。

 でも今の自分は真逆にいる。

 あのゴートとかいう自称紳士……あれを呼び寄せたのは僕だ。僕がいなければ、三人は、門兵さんは死なずに済んだかもしれなかった。

 僕が不幸を呼び寄せたんだ。

 直接じゃなくても、僕が死なせたようなものじゃないか。


「ルティアちゃん、悔しいのはわかるよ。でも、だからこそ次に進もう。三日後、今度は今日の比じゃない被害が出る。これを最小限に収めるのには、君の力は絶対必要になると思う」

「…………」


 ネリスの言葉に、僕は小さく頷いた。

 半分同意。そして半分反対という意味で。


「しかし、どうすっか……町を滅ぼすってんだ。相当なことしてくるだろ。店がどうこうとか言ってる場合じゃねえぞ」

「いや、お店の準備は予定通り進めるよ」

「は!?」

「ネリス……? それは」


 驚く僕たちに、ネリスは人差し指を立てて「チッチッチ」と舌を打ちながら横に振る。


「もちろんわたしたちも、対策、協力は惜しまないけどね、この町を守るのは第一に兵士たちの仕事だ。わたしたちにできるのは、精々襲ってくる敵に対応することくらい。それよりもルティアちゃん、君のお店はどんなお店?」

「それは……人を、助ける」

「そ! 三日後、最小限に収めるって言っても被害が出ることは免れないと思う。そんな時に頼れる場所があったら、きっとみんなの依り代になれる。こんな時にって思うけど、こんな時だからこそ。宣伝チャンスってやつ!」

「あー……なるほど」

「…………はい。そういうことでしたら」


 気は乗らなかった。

 でもみんなの前で暗い顔を見せまいと、明るい表情を作って答えた。

 言わんとしていることは理解できたから。


 そうして方針を固めた僕たちは、着々と開店準備を進めていった。

 翌日には正式な開店許可が下り(というかネリスが無理やり通した)、ネリスが言っていた候補の家具たちも二日後には届き、内装もそれらしくなった。

 店の名前はまだ決まっていないが、それ以外の作業は順調に進んでいき、来たる三日後を前に、おおむね準備は整ってきたと言える。

 そして――



 その日の夜中。

 僕はたった一人、町から逃げ出していた。

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