第19話 長い一日の終わり際
み、店……?
なんで今そんな話が出てくるんだ?
それとこれと一体何の関係があると?
「ぽか~んとしてるのも可愛いな~もー! ルティアちゃんはさ、人助けがしたいって言ってたじゃん?」
「え……あ、はい」
「冒険者としての仕事でもそれはできることなんだけど、ルティアちゃんはもっとこう、ただ助けるだけじゃなくって、皆を幸せにしたい! って感じに見えるの。あの姉弟のこととかね」
「!」
驚いた。
僕は確かに、人助けをするために来たとネリスに言った。だがその際、幸福度を上げるとか、そういった『幸せにする』旨の発言はしなかったからだ。
メアリスたちの事があったからというのもあるのかもしれないが、それにしたってそこまで正確にわかるものか?
本当に、まだ十代も半ばに差し掛かるかどうかの少女とは思えない聡明さ……伊達にギルドマスターなんかやってないってことか。
「本当に……良い目を持ってるんですね、ネリスは」
「あっははは~ありがとう。そんな大層な物じゃないんだけどね~……どっちかって言うと呪いに近いかな~」
「呪い?」
「あーいや! 何でもない。それよりも続き続き~。お店を出さないかって言ったのはね、その方がルティアちゃんの目的に向いてるんじゃないかな~って思ったからなの」
「僕の目的……ですか……」
「そ! 冒険者ギルドの依頼は雑用から大規模な討伐依頼まで多岐にわたるでしょ。でもルティアちゃんがしたいのは人を幸せにできるような仕事で、単純な雑用なんかとはちょっと違う。お悩み相談みたいな方が近いよね。それって、ちゃんとここで解決できますよって場所がないと中々仕事が入ってこない。だから専門の窓口みたいなものを持ったらどうかなって~」
「ふむふむ」
冒険者は自由業だ。
緊急依頼があるときは強制招集されたりもするが、基本は自ら依頼を見つけ、こなし、報酬を得て生活の糧とする。
ネリスが言いたいのは、+αで自分の店を持たないかということだろう。
依頼もこなしつつ、専用の窓口を設けて客寄せをしてみてはどうかと。
「それ自体はいい案だと思います。でも……どうしてネリスがそれを? さっきの話とも関係ないような気がするのですが」
「あるある! 大アリだよ~! ルティアちゃんの幸運値は本当に未知数の領域なんだ。こう言ったら悪いかもだけど、目を離したらどんな災厄を招き入れるかわからない! だから監視! みたいな」
「うぐっ……ま、まあ……一日でこれですからね……」
認めざる負えないというのがかなり複雑な気にさせられる。
これから毎日、一体何度困難にさらされるのかと思うと胃と頭が痛くなってくる。
今日だけで数えても、窃盗二回、人身売買未遂、ギルマス強襲、森火事。あと転倒たくさん。
あれ、僕よく今日一日無事に来られたね?
ていうかこれから先生きていけるの?
本当に命がいくつあっても足りない気がする。
「あ、でも勘違いしないでね! ルティアちゃんは何も悪くない。わたしが気に入って誘ったんだから、そのあたりの責任はわたしにある。その、また悪い言い方になっちゃうんだけど……お店っていうのは、ギルドの中に併設して監視場所を作るような物なんだ。ごめんね、こう言われちゃうと気乗りはしないと思うんだけど。納得してもらおうと思うと隠すわけにもいかなくて……どうかな?」
ネリスはそこまで言い終えると、隣にいる僕の顔を申し訳なさそうに覗いていた。
ギルド内に併設するということは、空き部屋か何かを与えてくれて、そこに店を構えるということだろう。
で、場所を与える代わりに何か不祥事を起こさないか監視の目が付くといったところか。
そして監視が付くということを考えると、そのまま住み込みになるという可能性も高い。
なんだろうな……悪い言い方とか言っているが、正直僕にとっては至れり尽くせりじゃないか? これ。
宿も何も無い、ぶっちゃけ一文無しの僕がいきなり活動拠点となる場所を得られるのだ。断る理由がない。
何より監視が付くということは、その監視は基本的に僕と行動を共にするということになる。
言い方を変えれば、仕事仲間が増えるということだ!
いや本当、僕の方が申し訳なくなるくらいイイ話。本当に幸運値マイナスなのかなって疑いたくなるよ?
「えっと、ネリス。一応確認なんですが」
「? なに?」
「何か裏ででっかい陰謀とか働いてたりは……」
「しないしない! これまだわたしの中で考えてたことで、ルティアちゃんの測定結果だって、知ってるのわたしたちだけだからね! そこは安心して」
「そうですか……はい。では喜んで」
「本当!? ありがとう!!」
「感謝するのは僕の方ですよ。拠点を貰えるだなんて思ってもいませんでしたから」
満面の笑みを見せるネリスに、僕もニコリと微笑んで返した。
話がまとまったところで僕たちは湯船から上がり、脱衣所に用意されていた浴衣と呼ばれる寝巻に着替えた。
元着ていた服は明日の朝洗濯をするということで、入浴中に従業員さんが持って行ったらしい。
やっぱりネリスも含めて、ここで働いている人は住み込みなのかなと思いつつ脱衣所から廊下へとつながる扉を開ける。
するとすぐ足元に……
「アンタ、私を差し置いてなにやってるのよ」
「あ」
足元に、真っ白な毛並みを食べかすで汚しておられる神獣様が待ち構えていた。
「おや、スフィちゃん」
「起きたんですね、スフィ」
「起きたんですねじゃないわよ! この私を差し置いて優々とお風呂になんか入っちゃって!! 不敬よ不敬!」
「入りたかったんですか?」
「入りたくないわよ!! お湯は嫌いなの!」
「猫ですね」
「誰が猫ですって人間!!!」
「あはははは――ぶへっ!?」
スフィの怒りタックルが僕の顔面に炸裂した。
うん、この愛玩動物……もとい愛玩神獣はどうにも弄りたくなってしまう。
なんでだろう?
まあ、可愛いのでよし。
「いったた……ああ、そうだスフィ」
「……なによ」
頬を膨らませそっぽを向きつつも、スフィは横目で僕の話を聞こうとする。
その姿に僕もネリスも若干表情が緩んでいたような気がするが、気にしてはいけない。
僕は道を阻まないように壁際によってから、入浴中に話したことをスフィにも伝えてあげた。
あとついでに、これから住み込みになるということで、もう今日から部屋を借りてしまうということなんかもその場で決まり、僕たちは手続きをするために酒場の裏――事務所に当たる部屋へ案内された。
拠点を構えられるということで、一歩前進したことにスフィも機嫌を直し、喜んでくれた。やっぱりちょろい。
「そういうことだから、二階のここ一部屋。それから一階に一部屋。今日からこの子たちが使うからよろしく~」
「マスター、またそんな急に……」
「ダイジョブダイジョブ! 手入れが行き届いてるのは確認してるし、使われる予定も今のところはない部屋のはずだから~」
「はぁ……わかりました。マスターがそう仰るなら信じますよ」
「ヨロシク!」
事務員の人とのやり取りを眺めていると、ネリスが日ごろから無理難題を押し付けていることが容易に想像できる。
しかし事務員さんの表情に影があるようには見えず、やれやれといった態度を見せつつも、互いに信頼を置いている様子だった。
僕はこの後、これから寝泊まりすることになる二階の部屋に案内してもらった。
「この階はスタッフの部屋が並んでてね、住み込みになる人はみんなこの階に部屋を与えられてる。ルティアちゃんの部屋はこの一番奥ね」
「はい。ありがとうございます」
「うんうん! それじゃ明日から一緒に頑張ろう!」
「はい! ……ん? 一緒に?」
おー! と拳を天井に掲げるネリスに、僕は少し違和感を覚えた。
一緒に頑張るってことは、なんだ?
監視役がネリスになるとか?
でもネリスはネリスで別の仕事があるだろう。
いつまでも僕を見ているわけにはいかないだろうし、それはおかしい。
「あれ、言ってなかったっけ。ルティアちゃん、明日は酒場勤めだよ」
「………………????」
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