第20話 配膳パフォーマンス
「ルティアちゃん! これ四番テーブルで、そっちが七番。お願いね!」
「それ終わったら三番オーダー行ってきて!」
「一番六番片づけお願い!」
「え? え? あ、は、はいッ!」
僕はメイド服のスカートをはためかせ、言われるがままに一階の酒場を駆け巡っていた。
昨日、酒場は猫の手も借りたいくらいだとネリスが言っていたが、本当に全然人が足りていない。
昨日初めて来たときも驚いたが、まだ昼間だと言うのに入れ代わり立ち代わりで人が入り続け、一向に休まる気配がないのだ。
本当に、異常とも言える忙しさだった。
そして……
「おっ、お嬢ちゃん新人か? 今日何時まで? 今晩一杯どう?」
「はははは……間に合ってます。では急いでますので」
「毎日来てっから、気が変わったら言ってくれよ~!」
今日はこれで何回目になるだろう。
もう数えるのも億劫になってくるほどのナンパの嵐。
新しい客が入ってくるたびに言われているような気さえしてくる。
これはもう災難と言っても過言ではないのではないか。
「よくモテるわね。もういっそのこと誰かんとこに嫁入りしたら?」
「そんな冗談言ってる余裕があるなら手伝ってください!」
「この足じゃ無理よ。ていうか嫌よ」
「なら余計なこと言わないでもらえますか!」
今日は肩じゃなく頭に乗っているスフィが、こうしてたまに退屈そうに話しかけてくる。
やれることが何一つないのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、それならそれで僕と一緒に居るのは何故なのかと思ってしまう。
大方、一人でいると僕のように客連中に絡まれるからだとは思うが。
「はぁ……。どうしてあなたがこんな事しなきゃならないのかしら」
スフィがため息をつくと同時に、僕の頭の上には彼女の体重がずっしりとのしかかってくる。
本当に、まさか僕がこんなことをしているだなんて、昨日の段階じゃ思いもしなかっただろう。
昨日の夜、僕が宿泊する部屋へ案内してもらったとき。
ネリスはこう言っていた。
「さっきも言ったけど、お店の話はまだ私の思い付きでしかないんだ~。だから申し訳ないけど、ちゃんと準備ができるまでは酒場の手伝いをしてほしいの。明日は諸々済んだらまた話があるから、
だそうだ。
聞いたっときはただ茫然とするしかなかったが、言いたいことは理解できた。
ギルド・酒場内に併設するとはいえ、正規に店を開くのにはちゃんとした手続きが必要になる。
あとはメアリスのこともあるし、ネリスが戻ってくるのがいつになるかわからない。
いつになるか分からないから、いつ帰ってきてもいいようにここに居てほしい。
そして人手の足りない酒場を手伝ってほしいということだ。
手伝った分はちゃんと給金も出るらしいので、ここはひとまず従っておくことにしたのだ。僕一文無しだし。
ああ、お金が無ければ何もできない世の中が辛い。
そんなわけで、今日は朝の九時からテキパキと、かれこれ三時間ほどここで働いている。
ほとんど絶え間なしに動き続けている成果もあってか、一、二回の指導を受けただけにしてはちゃんとやれている方だと思う。
次第に体と頭の方も慣れていき、スピードの方も上がってきている。
回数が増すばかりのナンパのあしらい方も、最終的に「間に合ってます」の一言で終わるようになっていた。
そしてまあ、慣れた時ほど気が緩む。
客足が増え、ただでさえギリギリで回していたのが追いつかなくなってくる頃。
僕は歩くスピードを少し上げ始め、ものの見事に足を滑らせる。
思いっきり体が前に倒れ、両手で一杯ずつ持っていたジョッキを客に向けてぶちまけてしまった。
「やばっ……!」
慌てて体を起こし、ジョッキ二杯分の酒を盛大にぶっかけてしまった客を見上げる。
逆さまになったジョッキを頭に乗せ、歯を食いしばっている男性客。
すらりとした体躯ではあったものの、テーブルに押し付ける拳はプルプルと震えており、今にもたたき割ってしまいそうであった。
「もっ、申し訳ありません! 今拭くものを」
「そういう問題じゃネェだるルルルおお!?」
「ひいっ!?」
押し付けていた拳をズドンと叩きつけ、怒りをあらわにする男性。
二杯分の酒を浴びた彼は頭からつま先までかなりびしょびしょに濡れてしまっており、素で巻き舌になるほどの怒りようも無理はない。
「拭くものって次元じゃねぇよなぁ!? オイラぁ全身びしょ濡れだゾ? こんなん拭いたところでどぉなるってんだあ? あぁ!?」
「ごめんなさい! それは本当ごめんなさい!」
仮に全身タオルで拭いたところで、このまま外へなんて出られない。
今は比較的暖かい季節だが、そんな状態でいようものなら風邪をひくこと間違いなしだ。
かといって着替えを用意することもできないし、どうしたら……えっと……えっと……こんな時に使えそうな手段……!
今の僕にできることだと……謝るほかに、厨房に戻って相談……なんてしてる余裕ないし……ダメだ、自分で解決しないと。えーっとえーっと……いっそ魔術でも使って気絶させてしまう?
って何考えてる!
もみ消すなんてもってのほかだ――――ん? 魔術?
そうだ! 何か使えそうな術!!
「ええっとおおお〈
「うわっ!?」
男性の服を掴み、魔術を発動させる。
その名の通り水系の物を吸い取る魔術で、一歩間違えると人の水分まで吸い取ってしまう意外と危険な術だ!
死者が出たこともあるらしいから今は禁術指定されているぞ!
でも今は仕方ない!
僕の腕を信じてください!!
「テメェこのアマ! 何しやが――って、あれ?」
ほんの二、三秒くらいだろうか。
びしょ濡れだった服から水気が抜け、抜き取った酒が球体となって手のひらの上で浮いている。
アルコールの臭いまではどうにもならなかったが、ひとまずは成功したらしい。
「う、うまくいったぁ……本当にごめんなさい! どうかこれで許してもらえませんか……?」
「な……」
「な?」
「なんだ今のすげえな! 魔術か!? どうやったんだ!?」
「え? え?」
近い! 顔が近い!
さっきまでの怒りなどまるでなかったかのように、男性客は僕の空いている左手を握ってがっついてくる。
確かに禁術指定されたから珍しい魔術だとは思うけど、そこまではしゃぐほどなのか!?
ていうか服の分は抜き取れたがまだ顔なんかはぶっかかったままだ。
あまり近づかれると臭いがきつい。僕が悪いので文句は言えないが。
「なあ! もっと魔術見せてくれよ! そうしたら今の事全部なかったことにしていいからさ!!」
「え!? ええええ!?」
なぜそういうことになるのか!
全く意味が分からない!
ていうかもっとって言われても何を……
「お嬢ちゃんあれだ、すっげえ忙しそうだっただろ? こうちょちょちょいーっと配膳とかもさ! 魔術でなんとかならねえかな?」
「そんな勝手なこと……でも、そうですね……」
言っていることは無茶苦茶だ。
ていうか無茶ぶりすぎる。
でも確かにそれができたなら、この忙しい状況でも幾分か楽に回すことができるかもしれない。
オーダーはちゃんと聞きにいかなければならないが、配膳と片付けは頑張ればできるかも?
「ルティアちゃん何やってるの!! これ配膳お願い!!」
いいタイミングで仕事も回ってきた。
どれ、少し試してみようか。
「はい、今やります! 何番テーブルですか!」
「五番!」
「わかりました!」
配膳対象のお盆を手にした僕は、目標となる五番テーブルを確認すると、そこへめがけて着地するようにお盆に魔力を送る。
そうだな、風系の防御魔術と、加速系の魔術を応用して……〈
微風のバリアでお盆全体を包み、微風に乗せて目的地まで運ぶ。
実際に使ってみると、落とさないように運び、中身をこぼさないように着地させるとなるとかなり精密なコントロールが求められた。
気を抜くとまた一つトラブルを増やしかねないくらいには難しい。
ぶっちゃけ普通に持って行った方が早いけど、男性客は「おお~!」って声だして喜んでたからヨシ!
それから何度か試していると、お盆が空を飛んでテーブルに届くさまは客たちの目を奪い、あっという間に注目の的となった。
ちなみに厨房はそれどころじゃないので気づかれていない。
「お!?」
「なんだなんだ! お盆が浮いてんぞ」
「すげえ! なんだあれ!?」
「お嬢ちゃんがやったのか!?」
「おおお俺のとこも頼む!!」
魔術による配膳を目にした客たちが、先の男性客のように次々と僕に注文を付けてきた。
僕の魔術を見たいがために客が注文を出し、あっという間に平らげ、片付けをする。いつの間にかこのサイクルが出来上がっていく。
厨房の忙しさが心配になるが、僕は僕で調子に乗りかけて大盤振る舞いだった。
段々とコツがつかめてきて二つ三つと同時に操れるようにもなり、客は余計に盛り上がる。
そうして大盛り上がり繁盛しまくりな所に、勢いよく入ってきた人物が一人。
「はぁ……!はぁ……! 一体何事!? 結界がすっごい反応してるんだけど!」
それは身長およそ130センチほどの、赤髪の小柄な女の子。
ギルドマスター、ネリス・カーマリナン。
彼女はギルド内の魔術反応をかぎつけて、ものすっっっっごい急いで帰ってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます