第17話 届いて

「ネリス、僕です。ルティアです」

「いいよ。入って~」


 時刻は22時前。

 陽気な返事を聞き取った僕は、少々勢い余り気味に執務室の扉を開く。


「思ったより早かったね~。その子が依頼書にあった犯人でいいのかな」

「はい」

「…………」


 犯人という言葉に、握っているメアリスの手に力が入った。

 覚悟ができているとは言っても、いよいよとなれば恐怖も生まれてくるだろう。

 僕は一歩前に歩み出て、ネリスの目を見て口を開いた。


「ネリス、一つお願いがあります」

「? なんだい」

「この子を、ここで働かせていただけませんか」

「うん。ダメだね!」


 あまりにもバッサリと、それも一瞬の切り替えしに場が付いていけず、しばらく間が空いた。

 その数秒の後。

 僕の言葉を理解したらしいスフィとメアリスが、困惑した様子で僕を見る。


「ちょっとあんた何考えてるの!?」

「ルティアさん、それはいったい……」


 メアリスに働き口ができれば、徐々にだが彼女たちの生活も潤っていくかもしれない。ここならある程度監視にもなるし、再犯防止にもつながるんじゃないかと思った。

 ただ……やはり現実は甘くない。今の僕には人脈と呼べるものなど皆無に近いし、ネリス以外に頼れる人がいない。

 本当に、正直ここまであっさりと断られるとは思っていなかった。


「ルティアちゃん困るよ~、今の発言は完全に仕事放棄になっちゃうもん。君に頼んだ仕事はなんだったかな?」

「……盗人の捕縛、です」

「その通り」


 お世辞にも、今の状況で「捕まえてきたじゃないですか」などとは言えない。

 盗人の捕縛という仕事を完遂するのであれば、少なくとも両手を自由になどさせてはいけない。そして連れていく場所も、ここではなく衛兵詰所辺りだ。

 そのための依頼書と仮冒険者証であり、これを提示して彼女の身柄を明け渡す。

 ここまでして初めて依頼完遂となるのだ。

 今回は人相が分からないため、先に調べが入るだろうが。


 つまり僕がやっていることは、はたから見れば自己満足のわがままでしかない。

 いくら理由があろうとも、それはネリスやギルド、その他大勢の住民には分かりようもない。

 僕はあっさりと反論に値する言葉を失ってしまった。

 ……が。


「でもそっか~。わたしの考えた通りになったね」

「え?」

「今、なんて……」


 予想だにしなかった言葉に呆然としてしまう。

 わたしの考えた通り……今ネリスはそう言ったのか?


 腰掛けていた椅子を飛び下り、机を回って僕のもとまで歩いてくるネリス。

 彼女はメアリス目を向けニコリと微笑むと、あらためて僕の顔を見上げて話始める。


「わたしがルティアちゃんに依頼を持ち掛けた時、なんていったか覚えてる?」

「え? えっと、僕のポーションを盗んだ人が犯人だから、捕縛して来いと……」

「そう。ルティアちゃんの話を聞いて、その犯人を捕まえてくるようにお願いした」

「……はい」

「じゃあ、どうしてわたしはポーションを盗んだ犯人が、巷を騒がせる窃盗犯と一致しているって分かったのかな?」

「そ、それは条件が一致しているからでは……」

「うん。でもわたしは『たぶん』とか『おそらく』とか、曖昧な表現は使わなかったよね。『ポーションを盗んだ犯人をとっ捕まえてきて』って、ハッキリ言った。これって早計だと思わないカナ?」

「!!」


 言われてみれば確かに不自然だ。

 あの時、僕はこの町に来てからのことをネリスに話した。それだけだ。

 本当にそれだけしか僕は言っていない。

 本当か嘘かもわからない情報を精査もせず、これの犯人と一緒だから捕まえてきてと依頼を持ち掛けてきた。

 あらためて考えてみれば明らかにおかしいじゃないか。


 考えた通りになったって……まさかここまで全部図っていたとでも?

 僕がこうして来ることを見抜いていたってのか?

 でも、そうだとしたら余計おかしい。

 それが本当なのだとしたら、全部知っていなければならないからだ。

 メアリスが犯人で、僕が彼女たちを見捨てられないと分かっていなければそこまではできないはずだ。


 わからない。

 ネリスは一体、何を考えてこんな発言をしたんだ!?


「ルティアちゃん、大事なことを忘れてないかい?」

「大事なこと、ですか?」

「この仕事は、君をうちのギルドに迎え入れる試験だってことさ。これをクリアできなきゃ冒険者の資格は得られない。でもさ、君を誘ったのはわたしなんだよね~……それなのに、万が一にでも落ちる可能性がある試験を選ぶと思うかい?」

「――っ!」


 まさか、本当に全部分かったうえで――!?


「彼女の弟君が川で張っている時間、ルティアちゃんが弟君に何かを盗られ、そこから犯人に至るであろうこと。全部踏まえてのことだったんだ。ごめんね。実はこの仕事、人がいなかったのは事実だけど犯人の特定はとっくにできていたんだ~。そのうえで見逃してた。ポーションの事もギルドの上から見てたからすぐわかったよ。まあ、こっちはたまたまなんだけどね~」

「え――」


 メアリスの口から、驚きと困惑、そして恐怖に満ちた声が漏れ出る。

 分かっていたうえで見逃されていた。

 その事実を知らされた彼女は、僕の手を握りながらも一歩後ずさる。


「ルティアちゃん。君の言い分はわかるよ。彼女は家族を守るために、生きるために罪を犯し続けてきた。罪を犯してきたことは許されないけれど、それでも一回はチャンスを与えてあげるべきだと……そう言いたいんだよね」

「……はい」

「ルティアさん……」

「ったく、どれだけお人よしなのよ」


 僕の返事のあと、メアリスとスフィが小さくつぶやいた。


「ルティアちゃんがこの町に来たのは、つまるところ人助けをするためだよね。たくさんの人を助けて、たくさんの人を幸せにする」

「はい……その通りです」

「だからさ、わたしはきっと彼女をここに連れてきてくれると信じてた。見捨てるわけがないってね。言い方は悪いけど、わたしの思惑通りに動いてくれたってわけさ」


 この時のネリスの顔は、小悪魔と呼ぶに相応しい笑みを浮かべていた。

 幼い外見をしておきながら……無邪気にも純粋な笑みを見せながら、僕はまんまと手のひらの上で踊らされていたのだ。

 人に利用されるというのは、お世辞にもいい気分だとは言えない。否応なしにそれを自覚させられ、額に汗がにじみ出てきてしまう。


「で、でもそれなら……猶更わかりません。なぜ僕を冒険者ギルドに誘ったんですか? メリットなんてないのに……」

「そんなもの! わたしが欲しいと思ったからに決まってるじゃないか~!」

「へ?」


 先ほどまでの小悪魔が一変、無垢で無邪気な笑顔に逆戻りをする。

 あまりの落差についていけずに、僕もメアリスも、そしてスフィまでもがぽかんとしてしまった。


「んでさ! あらためてルティアちゃん、ここに彼女を連れてきてくれてありがとう。後の事は任せてくれないかな」

「え……いや、あの、ネリス? それってどういう……」

「言っただろ~う? 全部わたしの思惑通り。この依頼は衛兵さんとの合同だからさ、わたしだけの裁量じゃどうにもならなかたんだ~。ルティアちゃんがいい切っ掛けになってくれたの。さっきダメって言ったのは、まだダメ・・・・ってこと。」

「え……あ、あの、あたしは……どうなるんですか?」

「さあ。それは今後の展開次第だね~。ちゃんと罪は償ってもらわないとだし……まずは衛兵さんのところに行って、洗いざらい告白する。その後はわたしが何とかして、しばらくは面倒を見てあげてもいいよって話さ~。酒場のほうが人手足りなくてね~、猫の手も借りたいところなんだよ~」


 にゃんにゃんと、握りこぶしを作って猫の真似をするネリス。

 話についていけていない僕ら三人は、ネリスが言っていることを理解するまで十分近くの時間を要した。


 まずは衛兵詰所に出頭し、事情を全部説明する。

 それからネリスがメアリスを引き取るように取引をしてくれるということだ。


「いいんですか……あたし、そんな……」

「いいも何も、わたしがそうしたいからするだけだよ。同じ年ごろで、しかもこんなに苦労してる女の子を放っておけないじゃないか」

「でも……あたし、う……うぅぅ……ぐすっ」


 メアリスがその場で泣き崩れ、ネリスが彼女を支えるようにして背中をさすってあげる。

 メアリスは罰を受けるとばかり思っていただろうから、思いもよらない展開に心が付いていかなかったのだろう。

 罰を受けるどころか、全部見透かされていて、その上で真っ当な働き口がみつかってしまったのだから。

 彼女にとってみれば、本当に救いの手が差し伸べられた気分だろう。

 ……ていうかネリス、年齢見た目そのままだったのか。てっきりロリBBAってヤツかと……いや、なんでもない。


「ありゃりゃ。これは当分泣き止まないかも……しょうがない。ルティアちゃん」

「え? あ、はい?」

「ちょっと貧民街まで戻って、弟君たちも連れてきて! もう遅い時間だけど、きっと何も食べてないんだろう~? 今夜は特別、わたしのおごり!」

「!! そういえば……はい! わかりました」


 言われてみれば転生してから何も口にしていない!

 水すら……あ、やばい。

 意識しだしたら眩暈が。


 崩れそうになる体をどうにか支え、僕は再び貧民街に向けて走り出した。

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