第10話 修道少女メアリス
ネリスの提案に乗り、僕は盗っ人捕縛の依頼を受けることにした。
するとネリスは、僕に少し待っているようにとだけ伝え、執務室を後にする。
それから十分ほど待ったところでネリスが戻ってくると、その手には先の依頼書とは違う一枚の紙と、鈍色の腕輪を持っていた。
「お待たせお待たせ~! この紙が仮の冒険者証で、こっちの腕輪が能力測定に使うやつね~」
「ああ、わざわざありがとうございます」
「ほっほっほ~。いーよいーよもっと感謝したまえ~!」
耳元から「調子に乗るな人間」という呟き声が聞こえた気がするが、苦笑いで流しておいて早速腕輪を使うことにした。
腕輪はUの字に開いた状態になっているので、隙間部分に手首を通し、手動で接合部をかみ合わせることで装着する。
「お、早速だね。その腕輪は、はめてしばらくすると勝手に結果が出てくるよ。体力、魔力、筋力、俊敏性、幸運値、それら全部を総合したランクの全六項目が、通常はA~Eの五段階。より突出しているものがあったらS、SSといった具合に表示されるんだ~。ま、S以上はそれこそ英雄クラスの人でもないと出てこないから、あんまり気にしなくてオッケー!」
「わかりました」
さて……どう出るか。
正直な話、神になる以前もあまり能力値を測ったことはない。片手で数えられるくらいだったはずだ。
確か最後に測ったのが、大賢者だのなんだのと呼ばれるようになったちょっと前だったかな。魔力がSで幸運値がSSだったと記憶している。それ以外は覚えていない。
頭の内に何百年も前の記憶を掘り起こしているうちに、腕輪が銀色の輝きを放ちはじめた。
すると腕輪の上に黒い窓が投影され、その中に能力値が表記されていた。
『 Name:ルティア
Race:人間 Sex:♀
体力:C 俊敏性:B
魔力:S 幸運値:■■■
筋力:D 総合値:□■
特殊能力等:支援過剰体質 』
「あれ? 幸運値……」
「え……え……ええ……」
「……ネリス?」
「エッッッッスキタアアアアアアアアアアアア!!!! Fooooooooooooooo!!!!」
「いやそこよりも見るとこありますよねェ!?」
魔力のS判定に大喜び(というかおかしくなった)のネリスだが、それどころじゃないことが起こっているだろう。
僕にとって一番肝心なものである幸運値がなんだかおかしな表示になっているし、この支援過剰体質。これが不可視化に影響を及ぼしていたのだろうが、これはまた……。
「すごいねルティアちゃん!! なんか変なのも見えるけどすごいね!!!」
「て、テンションあがりすぎじゃないですか……?」
「そりゃ上がるよ~! 目の前に未来の英雄がいるんだから!」
「そんな大げさな……て、僕にとってはその変なののほうが大事なんですよ!」
「あり、そう? そっか!」
魔力に変化が無かったのはうれしい誤算だが、測定の一番の目的は幸運値を確認するためなのだ。
この訳が分からない表示では、低すぎるよりもよっぽど心配になるというもの。
「でもわたしもこんなのは初めて見るなー。ルティアちゃんたちが行ってる間に調べておくよ~」
「……お願いします」
この腕輪は一回使うと、一定期間使用者の能力値が腕輪の中に記録される。
これを書き写し、保存・更新しておくこともギルド側の仕事だ。調べてくれると言うのであれば、そちらに期待しておこう。
僕は腕輪をネリスに渡すと、代わりに冒険者証(仮)と依頼書を受け取った。
「では行ってきますね」
「うん、まっかせといて。あ、下ではまだむさいのがやり合ってるから、裏口から出ることをお勧めするよ! いってらっしゃ~い!」
「あ、あはははは……わかりました」
元気に手を振る姿は愛らしく、やはり幼い少女のものだ。
僕はぺこりと一礼を返し、執務室を後にした。
こうして、僕にとって目的への第一歩ともいえる仕事が始まった。
◇
都市と呼ばれるほどの町になれば、必ず貧富の差というものは生まれてくる。
貧しい側に立つ者――その中でもとりわけ貧しい層は、生きるか死ぬかの二択を迫られ、生きるために犯罪を犯すこともやむなしとする。
窃盗、食い逃げ、売春、麻薬取引、etc...数えだしたらきりがない。
罪を犯すことに快感を見出し、目的と手段が逆転する者も多くいるだろう。
そんな罪人が集まる区画。
建物は脆く、穴が開いているなど当たり前。屋根があるだけまだマシと言える、荒廃した区画。
そこにひっそりと佇む教会で、修道服に身を包む少女が祈りを捧げていた。
「神さま。あなた様のおかげで、あたしは、あたしたちは今日も生き長らえることができました」
少女――メアリスにとって、朝のお祈りは欠かせない。
生を受けてから十四年、彼女はこの廃れた教会で、四人兄弟の長女として暮らしてきた。
苦しいながらもなんとか生活してきたのだが、彼女の両親は、彼女が八歳の時に黙ってどこかへ行ったきり帰らなくなった。
それから六年。
メアリスはどうにかして日銭を稼ぎ、たった一人で弟たちの面倒を見続けてきた。
メアリスは瞑っていた目を開き、顔をあげる。
目の前にある女神像は土埃をかぶり、手入れなどされていない。
そんな暇も余裕もないのだから仕方がないのだが、見ると罪悪感を抱いてしまうのか、彼女の目はそのまま屋根が抜けた天井へとのぼっていく。
「……いい天気」
「ふあ~ぁ。おねーちゃんおはよぉ」
「!」
隣の部屋(と言っても扉はないが)から、弟の一人が目をこすりながら彼女のもとに歩いてくる。
メアリスはニコリと微笑むと、寄ってきた弟の頭をなでてやった。
「おはよう。もうそんな時間だった?」
「ん~? わかんなぁい ふあぁぁぁ」
「川で顔洗ってらっしゃい。あたしは二人を起こしてくるから」
「ふぁ~い」
教会のすぐ裏に川が流れているため、辛うじて水には事欠かない。
弟の背中を見送ったメアリスは、寝室である隣の部屋へ足を運ぶ。
子供の寝床としてはあまりにも可哀そうな、藁を敷き詰めただけの寝床。
できるだけ近づき、抱き合いながら寝ている姿を見るのも、彼女にとっての日常だった。
「朝だよー! 起きなさーーーい!!」
「「ふぎゃっ!?」」
体を大きくいびくつかせて、まったく同じように飛び起きる末弟二人。
そんなほほえましい光景に、メアリスは思わずクスリと笑顔をこぼす。
「びっくりしたぁ」
「おはよぉぉねえちゃあん」
「はいおはよう。二人もちゃっちゃと顔洗って目覚ましてきなさい。ご飯だよー」
「「ごはーん!」」
満面の笑みを浮かべながら川へと急ぐ弟たちを再び見送り、メアリスは藁の寝床を整え直す。
そしてそのついでに、いつも藁の中に隠している革袋を取り出して、紐を使って腰に巻き付ける。
メアリスたち兄弟の朝は早い。
これから始まる長い一日に向けて、メアリスは毎日気合いを込めて伸びをする。
「今日も一日頑張るぞ……と……あれ?」
だが、この日の伸びはいつもと違う。
見上げた空を映す彼女の瞳は、世にも珍しい光景を映し出していた。
夜が明け日が昇り、浮かぶ星々が見えなくなった時間帯。
なのに――。
「朝なのに……流れ星?」
メアリスは確かに見逃さなかった。
キラキラと輝き、しかし地上にむかってまっすぐ降りてくる一番星を。
時刻は朝六時。
フォルトがルティアとして地上で覚醒する、数時間前の出来事だった。
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