SNS.メル・アイヴィー
アーカーシャチャンネル
本編
それは二〇年程前の話、ある少女が登場するPVが話題になった。
その映像を見る限りでは、どのような外見なのかは分からない。既に忘れ去られている事もあって、人々の記憶には残っていなかったのである。
このCMでは何を訴えようとしていたのかも不明、全ては謎のままで次第に人々からは忘れ去られる事になった。
放送された時期が西暦二〇〇〇年と言う事、有名タイアップではなかった事もあって認知度は低い。
その低さはCM認知度調査等でも名前が挙げられていないレベル。公共広告の類だった事は認知されているようだが、何を訴えようとしていたのかも当時は認知されていなかった。
『あなたは、気付かない内に犯罪者となっている』
『許諾外二次創作は犯罪です。いつの間にか、あなたは逮捕されてしまうかもしれません』
ナレーションと共に少女のシーンから真っ白い画面に黒文字のテロップ、BGM的な部分もあってトラウマになるのは間違いない。
そして、次に表示されるのは衝撃な一言であった。
『やめよう著作権侵害。守ろう一次創作者の権利』
この時は、CMの本当の意味に気付いたのがごく少数であり、認知度が低いのも納得の結果である。
しかし、この意味はSNSがこの時代以上に発展した未来で大きな意味を持つ。ある意味でも未来を見据えたCMだと言えるだろうか。
その一方で一部の視聴者には印象に残り、少女を題材とした様々な二次創作が生まれるのだが、それがこの時に話題になる事はない。
その時の設定で「異世界の少女」や「銀髪ロング」等と言った設定が付加されていき、最終的にはそれが本当に二次創作だったのか判別がつかないようなキャラクターにまで変化していく。
その理由として、CMを公開しているサイトでも詳しい設定が書かれている訳ではなく、設定していないとでも思われているのだろう。
この当時はサイト上を含めて名前までは設定されていなかった。設定されていた可能性もあるが、様々な名前が候補として挙げられている。
CMの本当の意味に気付かず、彼らは少女の二次創作をインターネット上に拡散していた。この当時はインターネットも発展途上だった事が理由だろう。
しかし、彼らが行っている事がCMで言及されていた事にも気付かずに――その二次創作行為を続けていたのである。
「私は、一体、誰なの?」
彼女は疑問を持つ。むしろ、この状況に疑問を持たない方がおかしいだろう。
様々な不特定なユーザーに二次創作として遊ばれている個所、それは他人にとって都合のよい表現の題材に使われているだけなのではないか、と。
元々の作者が疑問を持ったのかは不明で、もしかすると彼女の事を忘れている可能性もあるかもしれない。
彼女の疑問も解決したとは言えず、それから時は流れて行ったのである。
最初のCMが公開されてから二〇年程が経過した西暦二〇二〇年、再びその少女は話題となったのである。
以前のCMが動画サイトにアップされて話題になった訳ではない。だからと言って、有明のイベント等で公開された訳でもなかった。
動画自体は専用サイトで公開されており、そこから視聴は可能である。
【見覚えあるような動画だな】
【それはそうだ。二〇年近く前のCMを焼き直した物だからな】
動画視聴者で見覚えのある者もいるだろう。それもそのはずだ。
公開しているのは以前と同じ団体、違うのは動画を作成したのがネット上で有名なクリエイター集団だという事か。
大手広告会社がタイアップ目当てで作ったようなデザインではないので、SNS上でも大きく炎上はしなかったのかもしれない。
その少女は、メル・アイヴィーという名前を名乗っていた。公式サイトでも名前が紹介されているので、間違いはないだろう。
しかし、二〇年前を知る人物からはあの時の少女とは程遠いデザインに驚きの声があった。
【彼女のデザインが微妙に異なる】
【CM当時とはモデルが変わったのでは?】
【あれはあれでモデルがいるとは考えにくい】
【おそらく、当時の二次創作コラ画像等と混同しているのではないか?】
【しかし、制作者が違うのだろう。モデルが異なるのは当然では?】
様々な意見が映像を見た視聴者から聞かれた。SNS上でもメル・アイヴィーはトレンドワードで注目される事になる。
しかし、こうした話題の取り方で本当に大丈夫なのか? アイドルグループでも情報の拡散され方には気を配る所なのに。
【二次創作で思いだしたが、あの少女が出てきた当時に色々な設定がねつ造され、全く別の人物が誕生したとも言われている】
【信じがたい話だが、その設定と彼女は非常に似ている。もしかすると――?】
それに加えて、SNS上では二次創作として完全に独り歩きした彼女の存在が逆に危険だという認識もあったらしい。
そこで、あのCMが訴えていたメッセージを再び頭をよぎるような展開となる。
『やめよう著作権侵害。守ろう一次創作者の権利』
このCMで訴えていたのは、SNSでのコラ画像や二次オリジナルキャラ、それ以外にも実在する実況者や歌い手を題材とした夢小説――。
あのCMが訴えていた物は『全人類一次創作家時代』を予感とさせる物だったのである。
【なんだと?】
【どういう事なんだ】
【まさかの展開で、言葉が出ない】
【一体、団体は何を考えているのか】
【これは二次創作に対しての挑戦状か?】
CMに関しては比較動画もアップされるほど、唐突なトレンド入りを果たしていた。
様々な人物が二次創作禁止となる世界を否定するかのように、まとめサイト等でSNS炎上を狙うあからさまな煽り記事が目立つ。
【本当にそうだろうか? 一次創作も二次創作も創作と言う意味では同じだ】
【しかし、守られるべきガイドラインは守るべきだ。それを無視する様な連中がいるからこそ、ネット上では一次創作至上主義の考えが正義と煽り記事が出るようになる】
【そのような展開を、彼女が望むのか? 彼女は――】
それこそあのCMに同意する人物を信者として切り捨てるような煽り記事もあったが、これが原因で大規模テロが起きたりはしていない。
仮に起きたとしたら、それこそ日本ではコンテンツ流通は不可能だと海外では不買運動なども起こるだろう。
近年はバーチャル動画投稿者やプロゲーマー、WEB小説家を初めとした様々なカテゴリーで創作家が出現する時代となった。
その中で、メルが訴えようとしたメッセージはこのタイミングで拡散をしたのである。
「私は――メル。メル・アイヴィー」
この時代にリメイクされたCMでは少女が喋るという変化が現れた。
それ以外にも、少女のデザインが今風に変化し、BGMも以前の様な暗いBGMではなく、誰にでも伝わるような明るめの楽曲になっている。
特設サイトも作られ、そこでは禁止されている行為等に関しても詳しく説明されており、一次創作がコンテンツ流通に重要である事も解説されていた。
そこで、メルは改めて訴える事になった。以前の失敗を糧にして今度こそ重要な事を伝える為に。
今こそ、日本がコンテンツ流通でリードする様な国になる為にも――。
「私の気持ちになって、作品を生み出してください」
彼女の訴え、その後に彼女は歌声を披露する。その曲は、明らかに彼女がバーチャルアイドルとは考えにくいような機械的ではない歌声だった。
感情表現に乏しい事を表現するのに台詞は少なめにメッセージを強く訴える仕様になっているのかもしれない。
その後、以前が真っ白なバックに黒文字だったが、今度は少女の笑顔をバックに文字テロップが表示される。
『二次創作、行う前に作者の気持ちになって!』
『やめよう、SNS炎上狙いの二次創作』
『やめよう、悪意ある二次創作での利益獲得』
『やめよう、作品愛のない二次創作』
『はじめてみよう、自分だけの世界を表現できる一次創作』
『広めよう、自身の想いをこめた一次創作』
そのCMは、以前とは違い広くに拡散し、その時の流行語大賞をも獲得する程の広まりを見せていた。
その一方で、この啓発CMに関して「一次創作だけを支持するのは政治的圧力か?」と言う声もSNS上で存在している。
しかし、そこまで重く感じるような議題ではない事はSNS上での拡散具合や議論からしても明らかだ。
活発な議論を生み出す為にも、誰かが立ち上がらなければならない。それがメルだったという事である。
SNS.メル・アイヴィー アーカーシャチャンネル @akari-novel
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