第30話 認定試験 その1


「よし、合格だ。レベル1は問題ねえ」

 地面に叩き伏せられた挑戦者に団長が告げる。

「オッス、ありがとうございます!」

 挑戦者が土にまみれた顔に喜色を浮かべる。


 自分と石川さん夫妻の身を守るため、剣のスキルを団長に認めてもらい買い取りの場に辿り着かなければならないと判明した翌日。訓練の小休止を兼ねる形で数人が団長の認定試験を受けていた。

「これで今回の買い取りはレベル1から3まで八人か」

 まあこんな所だなと団長が皆を見回した所で僕は手を上げる。


「団長、僕もお願いします」

 途端に周囲がざわめく。

「おい、圭一。お前さんまだ素振りしかやってないだろ」

「気持ちは分かるが十の基本型の半分もやってねえんだ、無理があるぜ」

「そうだよ、お前にはすべらない話があるんだ。肉も酒も看守が持ってくるだろうよ」


 皆が驚きと反対の声を上げる。それはそうだ。この中で僕は一番未熟、馬鹿にしていると受け取られても仕方ない。

 だが団長だけが僕がそう言い出す事をどこか知っていたような表情。


「お前さん、自分がまだレベルに達してないのは分かってるんだろ」

「はい」

「昨日の夜からずっと剣を振り回してたのはこの為か?」

「えっ!?」

 この人、知ってたのか。


 たしかに僕は昨夜から朝方にかけてこの時の為の練習をしていた。牢の先に落ちてた団長の木剣。団長が戻ってこないのでこれ幸いと使わせてもらっていたのだ。

 朝方に少しでも体力を回復させようと眠りについた後、看守に起こされて食堂に向かう途中でグランドで大の字に寝ている団長を見かけたけど、この様子だとあえて戻ってこなかったのかもしれない。


「そうです、僕は何としても剣術スキルを売らないといけないんです」

「女の為か……」

「へっ!?」

「昨日女の名を叫んでたものな」


 えっと……女って僕の彼女とかじゃないけど、藤沢さんに再会したいのは事実だし、ミシェルさんの生活を守るためだからまあその通りだな。「そうです」と答える。


 その途端、周囲の面々が納得顔。

「そっか、シャバの女を繋ぎとめようってんだな……」

「ああ……若いな……」

「そうか…………」

 というか皆どこか諦観混じりの表情。


 えっと、なんかヤダな、この皆の不思議と温かい目。


「いいだろう、来な」

 団長がそう言って位置につく。


 僕も距離を取って団長に相対する。

 相手はいつもの剣を肩に担いだポーズ。緩い体勢だが、その真正面に立った途端に腹の奥が引きつるような感覚。全身の肌がずっと鋭敏になるような感触。

 元々誰よりも大きい団長だけど、今はさらに一回りも二回りも大きく感じる。なのに数歩で詰めるはずの距離がその倍はあるように見える。


「飲まれんなよ!」

 誰かの激に、自分が緊張している事をようやく自覚。

 慌てて剣を地面に置き、空いた手を大きく動かしラジオ体操第一 ――――深呼吸の動き。

 脳裏に石川さんの言葉――――「この世界では深呼吸も立派な技術です」


 大きく、ゆっくりと全身を動かす――――皆に見せつける。

 何やってんだという周囲の声。団長がほう、と口元を緩める。


 ふうっと息を吐き尽くす。

「もういいのか」

「はい、お待たせしました」

「よし、それじゃあ―――」

 再び何やってんだという声が上がる。


 僕は団長を前にし、座り込んでいた。

 膝を折り、かかとは寝かせ、膝はわずかに開き、背筋はピンと両の拳は腿の上へ。清く正しい正座の姿勢。剣は左側に寝かせたままの中学の時にやらされた剣道の作法。


「なに……やってんだ、圭一」

 マックス団長が呆気に取られている。軽く一礼。真っ直ぐ相手を見据えて告げる。

「はい、これより僕は皇国流剣術で挑ませてもらいます。一子相伝が秘技、剣魂一擲けんこんいってき。とくご覧あれ!」


     ◇◇◇◇◇


 昨夜の事、団長が落とした剣に気づいて拾い上げる。数回振るってみて、そのキレの悪さにやはり真っ当な手段では剣のスキルを認定されるはずがないと再確認して頭を抱えていた。


「どうすりゃいいんだ…………なんでこうなった…………」


 そうしてこれまでの事を思い返していて、ふと藤沢さんの「何で剣のスキルに拘るんだ」という言葉に引っかかりを感じ、気づいた。

 今回は剣のスキルしか買い取られないわけだが、じゃあ剣の別の流派ならどうだ?


「それは……こちらが買い取るのは可能ですが、真上さんのスキルリストにはそれらしいスキルはありませんでしたが?」

「授業で剣道やったんですけど、それで誤魔化せないかなって考えてるんです。あれのすり足とか、他の剣術に見られない独特の物だって聞きますから、それを披露して東の国の剣術ですって事にならないかなって」


 もちろん部活動ならともかく授業で触れた程度ではスキル化するレベルではないだろう。そもそもこの世界に日本東の国があったとしても剣道なんてまだ形もないだろうから、スキル化はまず無いが。


「剣道ですか……意外とこの世界の戦場の有り様とはマッチしているとは言えますね。問題はそちらの団長が認めるかです」

「団長さんって自分が教える流派しか認めないって人なのかしら」

「いえ、だいぶ豪気な方のようですから、他国の剣技だからと排除はしないとも思いますが……」

「はい、道理が通ってれば認めてくれる人だと思います」


「問題は見知らぬスキルであっても実用レベルに達していない事は見抜くであろうことです。あの方は鑑定スキルは持っていませんが、今まで一度たりともスキルがレベルに達していない囚人を取引に送り込んだことはありません」

「見かけだけ取り繕ってもダメってことでしょうか」


「ふむ、とはいえ審査側がレベルの基準を知らぬスキルと見せかける、その考え方はそう外してはおらんと思うぞ。圭一の力量では狙えてレベル1という所じゃろうが、肝心なのはその先に確かに道が続いている、そうイメージさせられるかじゃろう。


 その団長とやらがただ外面の色ツヤのみを判ずるリンゴ屋であれば別じゃが、察するに指導者としても一角の人物なのであろう。レベル7ともなれば自身剣の道を切り開こういう求道者でもあろう。

 ならば圭一が見知らぬ剣筋を発した時、そこに未熟があろうと、その眼差しの先に仰ぐ地平が続いていたのならば、多少の甘さは期待出来るとも思うのじゃがなあ。言うならば…………」


 語り始めたファムが言い淀む。

「どうしたの? 正直剣道にそんな思い入れないから申し訳無さがあったけど、何かいい感じの励ましだったよ、続けてよ」 


「ちょっと待って欲しいんじゃ、こっからアーケードゲームを家庭用ハードへ移植する話になるんじゃよ。

 いくらセカハードが高機能とはいえ、さすがに最新のゲーセン用ハードに比べれば落ちるわけでな。その上で足らぬスペックでそのタイトルを構成する要素のどこを捨てどこを守るのか。その取捨選択次第で名作を汚す駄作とされるか、名移植と歴史に名を残すかが分かれる。


 基本的には画面の華やかさは大分落ちるもんじゃが、例えばその代わりに敵キャラのえげつない行動アルゴリズムだけは死守する―――そういう芯の部分を外さなければ我らユーザーの方もその心意気を汲んで、脳内でグラフィックやサウンドを補完して8bit機でも『ゲームセンターの臨場感そのまま!』と評価する。


 お主も団長との間にそういう関係性を作るんじゃよ。

 さすれば認定試験で周りは『このしょぼい動きはレベル1以下だよ』と言うじゃろうが、見る目を持った団長であれば『いや、俺にはこいつのやろうとしていることが伝わった』『この心意気、ここは騙されてあげよう』ってなるわけじゃよ。


 という事でここからは歴代ハード毎に名移植タイトルベスト5をランキング形式でお送りしていくんで参考にして欲しいんじゃ」


「ゆづちゃん」「藤沢さん」

「ちょっ、離せっちゅうんじゃ! 分かった、分あった! じゃあワンタイトルだけ。体感ゲーム代表作の戦闘機3Dシューティングのトムキャットアレ…………」



「ともあれ、たしかに現状ではその違う剣の流派として進めるしかないでしょうか。私も前世で我流ですが多少の剣の心得もございます。口頭でどこまでお伝えできるか分かりませんがアドバイスさせて頂きます。時間の限りお付き合い下さい」


 現代日本で我流の剣を磨いたって石川さんどういう人生送ってたんだろ、と思うが今は頼もしい。

「僕、テストは大抵一夜漬けで乗り切ってきたんです、お願いします!」――――


     ◇◇◇◇◇


 剣を取り、正座をほどく。膝は折り曲げたまま、つま先立ちに腰を降ろした姿勢へ。剣道の開始の所作。木剣を斜め上に掲げたままゆっくりと立ち上がる。


「圭一、皇国ってなんだ? お前公国出身なんだろ」

「あっ……」

 勢いにのって異国感を出そうとしてついやりすぎていた。

「すいません、そこは公国の間違いです」

「全然違うじゃねえか。まあいいさ、何か面白いもん見せてくれるんだろう」

 団長はそう言って手招きする。

「来な」


――――やってやる。全力で誤魔化す!


「はい!」


 返事と共に前進。右足を先に、左足を同じ位置へ。剣道の歩法の一種、常歩なみあし。剣を前方に突き出し牽制しながら、大きく見せつけるように。


 皆の反応は……ざわめきが聞こえる「何だそりゃあ」

 団長の反応は……目が合う。その顔には小さく笑みを浮かべた表情のまま。一メートルの距離に近づいた所で逆向きで大きく後退、元の位置へ。

 今度は左側へ二歩、元の位置に戻って前進。


 石川さんの言葉――――「授業程度なら常歩など身についていませんよ。実戦となれば必ず普段の歩法に戻ってしまいます。独特の歩法を見せるなら剣を交える前です」


 団長に近づき、離れ、を繰り返す。

 間合いを図っているように見せかけて、その実は間合いなんてよく分からない。昨夜練習していた通りの動きをトレースしているだけ。

 団長は興味深そうに見つめるだけ。格上は待ちの姿勢、それが前提だ。気まぐれに仕掛けてこられたら多分パニックになるだろう。


――――「木剣は竹刀より重心が高く重い。疲労でボロが出る前に仕掛けてください」


 右側へ二歩、戻って前方へ、そしてもう一度戻……らずに、ここ!

「ツキィイイイイー!」

 喉元を狙った付きを繰り出す。レベル2や3の人が見せたのとは違い、飛び上がるように。


――――「どうせ団長には当たりません。相手の負傷など気にせず全力で打ち込んで下さい」


 圧倒的な力量差。安心して本気で突き出せる。

 事実団長は難なく僕の突進を躱す。僅かに上半身を反らしただけ。担いだ剣は降ろしもせず。僕は不発になった突進にたたらを踏む。


「うわあああぁ!」

 もう剣道はネタ切れだ。ここからは僅かに二日間繰り返した剣筋を乱暴に放つ。


 基本の一、『若芽の情熱』 の型、上段斬りは軽くかわされる。

 基本の二、『水面みなもの鯉』 の型、水面から飛び上がる魚の如く剣を振り上げるが見当違いの方向へ放って空振り。

 基本の三、『秋の雄鹿』 の型、片手を伸ばしての突き技は軽く団長の剣に止められ、引き込むように絡め取られた僕の剣は容易く弾き飛ばされる。


「どうした、公国流ってのはこんなもんか」

 自分が教えた技の未熟を見せられた団長が失望を隠さずに言う。


 僕はそれには答えず飛ばされた剣を取りに歩きだす。剣は僕らの横数メートルまで飛ばされている。その近くで囲んでいる囚人たちが僕を見る表情には憐れみの色が浮かんでいる。

 たしかに、これは無理だな……。基本の型はあと二つ教わってるがとても通用するイメージが浮かばない。もう、諦めるしかない…………


「ええっ!?」

 皆の憐憫をのせた目は大きく開かれただろう。僕は剣の元へ向かう途上、団長の横側に来た所でダッシュ、その下半身を狙ってタックルを仕掛けた。だが…………


「っツ!」

 ゴスっと団長の足裏が僕の顔面にめり込む。蹴られたでも無い。ただ団長が曲げた足に僕が突っ込んだだけ。その程度で止められた。

 鼻が熱い。血がとろりと垂れるのが分かる。

 

「何のつもりだ……?」向きを替えながら団長が心底理解できないという風に。


 無理やり鼻息を荒く、詰まった血を吹き飛ばしながら答える。

「はぁ……、公国流剣術、剣魂一擲は主である子爵様を守るために代々磨いてきたスキル。主人の危機は戦場だけに非ず。宮廷にて、愛妾宅にて、剣が持ち込めない室内でも、いついかなる状況でも対応するのが使命!」


 剣を使うのはもう諦めた。

 ここからは…………剣を使わずに剣術スキルを取る!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る