バイト先は異世界転生斡旋業 ~えっ、スタッフにはチートも魔法も無いんですか!?~

笠本

第一章 【募集】異世界転生斡旋業(現地派遣スタッフ) 勤務地:ファンタジー世界◎ チート・魔法スキル不要! 愉快な仲間が待ってます♪

第1話 序文(※ファンタジー警察人名課の皆様は最初にこの序文をお読みください)

真上しんじょう圭一君、十五歳。賞罰は無し。身体はいたって健康。家事は一通りこなせて、食べ物の好き嫌いは無し。どこでも寝られる……いいわね。異世界で生き抜けるかどうかってのは、下手にスキルだ魔法だがあるよりこういう所にかかってるのよ」


 僕が記入した書類を手に、縁無しのメガネをかけた美人が嬉しそうにそう口にした。


 異世界か……

 僕は心の中で家族の顔を思い浮かべ語りかける。


――――叔父さん、母さん、父さん、祖母ちゃん…………そちらでは僕が突然失踪したことになってるんでしょうか。なんか"穴"という他所の世界へと通じるトンネルに落ちてしまった僕ですが、異世界でなんとか生きてます。


 ひょっとして叔父さんならそんな予想もしたのでは? 『圭一ならきっと異世界で冒険してるよ』不器用にそう母さんを慰めようとしてボコられる姿が目に浮かぶようです。

 ただ叔父さんが想像しただろうのと違っていたのは――――


「…………いや早百合さん、僕としては異世界で活動するにあたってはチートや魔法スキルの貸与に期待したいんですが……」


 早百合さん―――目の前の女性は腰を下ろしていたソファに深々と座り直し、長い脚を組む。

「言ったでしょ。あなたは転移コストの関係でその手のはお預けだって。荒事なんてそんなに無いし、もしもの時も異世界で勇者やってた私が付き添うから心配しないの」


 日頃異世界もののラノベを読んで巡らせていた想像と違っていたのは、まずチートや魔法スキルの類が貰えなかったこと。

 そして何より僕が穴に落ちて転移したのは実際には平行世界。穴から抜けた先はビル街をスマホを持った人々が歩く現代日本のお馴染みの光景。


 但し一点大きな違いがあった。それがここではいわゆるファンタジーな異世界の存在が実証されていたこと。そしてそんな異世界へ開発支援やトラブルの解決として人材派遣が行われているという。


 そう、異世界転生や異世界転移が人為的に実現しているのだ!


「ともあれ、これであなたは晴れてSPEC日本支部の所属。私達のチームの一員。これから圭一君には一緒に異世界を飛び回ってもらうわよ」

「はい」


 SPECは異世界への人材派遣を担っている国際組織。世間的には富裕層に大金と引き換えに異世界でのセカンドライフを提供する営利企業とみなされているそうな。

 だが実際には業務内容はかなり広範に渡る。例えば穴から出てきた僕の保護とか。


 見知らぬ平行世界に混乱する僕にコンタクトを取ってきたのがこの人達だ。そこから色々あって僕はこの早百合さんの元で働くことになった。

 下手したら身元不詳の家出少年扱いとなる僕としては自立のための資金が必要であるし、元の世界に戻るにもその"位置座標"を手に入れるにはここで働くのが一番の近道だという。


「でも、いまさらですけど異世界に行くにしても具体的に何をするんです?」

「うん、ウチは転生斡旋業って言われてるけど、スタッフとしての業務は転移の方なのよね。具体的には……そうね、今抱えてるのは監視対象世界の文明レベルの査定、強制失踪召喚被害者の救出や鑑定wikiの改竄シナリオの作成に、四級イ号魔王の討伐…………あとは大手ハンバーガーチェーンが前に転生の権利を抽選で与えるキャンペーンやったんだけど、その当選者に現地の食材でニコニコセット一式作らせてプロモビデオ撮ってこいとか。ジャガイモの移植にコケてフライドポテトが無理だって泣きが入ってるのよね」


「なんか今物騒なのが混ざってませんでした?」

 魔王がどうのとか……。

「そうだったかしら……ああ、それより圭一君に一つだけあげられるチートスキルがあったわ」

「おお!」

 

 朗報を告げた早百合さんは背後のオフィスデスクの並ぶ一角へ振り返る。

「ファム!」

 名前を呼ばれたのはデスクにノートパソコンを広げていた幼女。

「ふあッ!……お、おう」

 慌てて近づいてきた幼女に早百合さんが命じる。

「圭一君に異世界言語翻訳スキルを注入しといて」


 異世界言語翻訳!? おお、あの異世界転移主人公の標準装備。スキル無しとかゴミチートで頑張る主人公が売りの作品でも、唯一これだけはつけてもらえるというあの!

「やっぱありますよねこれ! 信じてましたよ僕は」


「感謝せいよ。今から授けるのは妾が開発メンバーに名を連ねた、標準的異世界での対応言語が七割に達する業界最高性能にして最大シェアを誇る翻訳スキルじゃぞ」

「あれって神様業界で流通してる汎用品なんだ」


 僕に向けて商品アピールをする幼女。肩までの長い銀髪を赤いリボンで束ねた、見た目は愛らしい幼子。だがこれで異世界の管理者――――つまりは神様である。


 まさかそんな大それた存在がこんな街中のビルの一室で一般社員に混ざっているとは。最初こそ驚きかしこまりはしたが、普段の言動はまるっきり幼女のごとくおめでたいもの。次第に僕の態度もほんとの幼女に対するような気軽いものになっている。


 さっきもノートパソコンに向かって仕事をしていたように見せて、実際はこっそり携帯ゲーム機で遊んでいたのが僕の位置からはよく見えた。


「ほれほれ」

 その幼女に促され、僕はそばに行ってしゃがみこみ、目線を合わせる。すると神様は手を大きく後ろに反らして―――「おらー! 注入インストール!」

 いきなりの右頬へのビンタ。


「何すんだよ!」

「演出じゃよ演出。別におでこにペチッとすりゃ注入できるが、こっちの方が有り難みとか出てくるじゃろ。頂きましたって感じでテンション上がったじゃろ?」

「……ありがとうございました」

 ってこっちの世界にも闘魂注入ビンタあるんだ。まああの人は元から何人か分身いたくらいだから平行世界でもいてもおかしくないかもしれん。


「それでこれってどうやって使うの?」

「異世界行きゃ勝手に発動するぞい」 

「えっと、こっちでも英語とかの外国語にも使えないの?」

「英語に限らずこの世界の言語には使えんのう」

 そっか残念。英語苦手だったからな。受験にも有利かと期待したんだが。


 僕ががくりと肩を落としたのが気に障ったらしい神様が口をとがらせる。

「むっ、何じゃその顔――! 出来るんじゃぞ、ホントは! 出来るんじゃあ。その気になればヴォイニッチ手稿じゃってコロコロぽんで変換表示できるんじゃぞ!」


「ファムが用意する異世界言語翻訳って同時通訳実現するために先読みで脳波スキャンやってるからねえ。言語化未然の思考状態の内から読み込んでるのよ。下手したら深層心理まで触れかねないようなの、そんなのこっちで稼働させらんないでしょ」

 と早百合さんの解説。なるほど。まあ一般的にはね、と小さく呟いてたのが気になりますが。


「どれだけすごいというかじゃなあ――」プライドを刺激されたらしい神様が喚き続けていた。

「業界シェアトップの理由の一つ、名前変成機能! これはの、異世界におけるガチ異文化名、例えば縫い子の『ぶぶぶ ぶるる』さんや研ぎ師の『春の最初の満月の夜に生まれた最初の息子』さんみたいな聞き取れん、発音しづらい、覚えづらい名前を日本語話者に使いやすい名前に自動的に切り替えてくれるんじゃ。スズカさんやハルさんみたいにな。


 さらには応用で名前かぶりの問題にも対応じゃ。Mクラス中世じゃ名前のバリエーションが大してないからの。一般人パンピーなんてわざわざ同じ村ん中で似たような名前にしてくるからの。鍛冶屋のジョンと漁師のジョフとその孫のジョンとか嫌がらせかよっちゅうんじゃ。


 そんなふうに同一エリアに同名だったり語感がかぶる名前の人物がいる場合、これも適宜別名に切り替えてくれるんじゃ。

 料理屋マリンの店で食事してる所にマリアが訪れたら自動でテレサに切り替わるいうな」


 地名や組織名においても適用されるという。

 いいのか、勝手に名前変えて。まあこっちがテレサって呼んでも、異世界人にはマリアって正しい名前で伝わってるなら問題ないのか。


「そんなわけで一つの村や街の住人にドイツやフランスやイタリアっぽい名前が混在しとっても、それは何らおかしな事ではないんじゃ。これは仕様なんで、ご利用の皆様に置かれましてはご理解の程とノークレームの精神でお願いしたいんじゃ」

 神様が切実な顔で懇願してくる。

 僕は「気にするなよ。そんな事で文句付けやしないさ」そう言って安心させてやった。


「ちなみにその変成機能だけど、それ慣用句や熟語みたいなその地の文化に根ざした言葉も、似たような意味の日本語に自動で置き換えてるから。時々機能しなくって直訳で伝わることもあるけどね。業界じゃあJapanese・ジャパニーズ・Rename・リネーム・Ruleルール、日本語改名規則って言って警察にもそれで届けてあるのよ」と早百合さん。


「警察? 何でそんなとこが出てくるんですか?」

「警察に限んないわよ。二十年以上前に私達がSPECの日本支部を立ち上げた時ね、まったく新規の産業――――まさにニューフロンティアがいきなり広がったわけだから、もうあらゆる省庁が利権にあずかろうってたかってきたのよ」

 そう言って早百合さんは顔をしかめた。……早百合さん実は組織の創業メンバーだったなんて。見た目は二十代にしか見えないが、実年齢は幾つなんだろう。


「あの頃はキツかったわ。連日どこかしらから参考人招致で呼び出されてね。国民保護って名目で外務省や防衛省が出て来るのはいいのよ、こっちもそういうロジックで正当化してるんだから。でも何で異世界で温泉掘ってるからって日本の環境大臣の許可が必要ってな話しになるのよ。現地住人に適切なる入浴施設の提供のため送り出し側での審査が必要とかいって、天下り先作りたいのが見え見えだっての」

 当時を思い出したらしい早百合さんが目を覆い首を振る。


「あげく温泉に石鹸置いてるって言ったら厚生省が大喜びで出てきてね、さらには環境省が製造に灰を使ってる場合は自分の管轄だとか、経済産業省も洗濯にも使ってたらウチの領分だとか言い出して……。もう面倒だから異世界じゃあ石鹸は木になってんだ、って言ったら農林水産省が飛びついてくるし……」

 本当あいつらうざかったわと吐き捨てる早百合さん。美女の「うざい」はこれが自分に向けられたらと思うと心へし折られそうだね。


「ちょうどその時に異世界から勇者召喚されたから、これ幸いと上司の次長様に後を任せて出て来たけどねえ、もしそのまま付き合わされたら異世界流に解決してたわよ、私」

 異世界流が何かは聞かない方がいいだろう。


「そん時召喚されたのは魔王軍が攻めてきたから―――ってお決まりのやつだったんでサクっとワンパンで片付けたんだけどね、すぐに戻りたくないから適当に現地で技術指導してから帰ってきたのよ…………で、うちの次長に何教えてきたんだって聞かれて、流下式塩田って答えたら『財務省が来る!』って叫んで倒れちゃって…………


 そういや魔王戦でポーション使わずに残ってたな、って振りかけてみたら立ち上がって空き瓶見るなり『医薬品の輸入には薬事法の規定により厚生労働大臣の承認許可が必要です!』って叫んでまた倒れちゃって…………」


 ポーションって精神ダメージには効果が無いのがネックよねえと他人事みたいに言う早百合さん。


「――――って事で幹部の力不足で、送り出し業務にもがっつり紐付けされちゃってね。補助金と引き換えに、今やウチを通して異世界に転生する顧客には最低五十時間の講習が義務付けられてるの。


 結果、無事転生の暁には彼らは農業指導員にして水産資源保護調査員、成人識字率向上の為の教員、原子力の代替エネルギーの探索者、乳児死亡率の改善委員、レクリエーションと生活習慣病予防の為のスポーツ普及サポーター、気象データの記録員……と八面六臂はちめんろっぴの大活躍ってわけ」


 そっか、NAISEI型の主人公ってこうして出来上がってたんだな。

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