第6話 セレクティブ・カフェ
――――――――気づけばそこは異世界だった。
光が収まれば、目に入ってきたのは白亜の神殿。いや、その跡地、朽ちた神殿と言うべきか。
周囲には縦筋が入った柱が等間隔に何本も立ち、その間を横たわる梁の部分が所々崩れている。柱が支えていたであろう天井や壁は殆どが欠落。
足元には敷き詰められた石版。これも欠けが目立ち、隙間からは草が伸び、数本生えた低木の根に押し上げられて板ごと反り返っている。
振り返れば僕らが出てきたであろう、光のゲート。あちこちに欠けがある石造りのアーチ、その輪郭を埋めるように光面が輝いている。
耳をすませば小鳥や虫の音色が聞こえるが人の気配は無い。
知識の無い僕にはローマとかギリシャとか“ああいうの”という形容しかできないが、廃墟と化してなおこの建築物は荘厳さを誇っていた。
「こりゃ間違いなく異世界だよな」
神殿が立つのは短い草に覆われ、なだらかに盛り上がった小高い丘。強い日ざしに顔をしかめ、太陽が昇る方向を見るとその先には森が茂っていた。
森を構成する樹木は二、三十メートルの高さ。だがそのずっと奥の方、視界の中心にひときわ目立つ大木。それが尋常ではない高さである。遠方にあるため誤差があるにしても、その上部に雲がかかり背後にそびえる山と高さが並んでいることを思えば最大で数百メートルのサイズなのは間違いないであろう。
「世界樹じゃなあ」
早百合さんにファムと呼ばれていた幼女がそんな一言。
「すごい……」
『世界樹』。あの大木の根本にはエルフの隠れ里があるのか、あるいは精霊が住む聖域なのか。遠景には小指程の太さだが、その威容はたしかに伝わってくる。
「まあ異世界じゃあ、ありふれとるわい」
ぴょんと地面に降り立った幼女が、僕の興奮とは離れた冷めた態度。
「ファムちゃんだっけ。いや、ありふれてるって言ってもこんなんそうそうお目にかかれるもんじゃないよ」
「なに、こうして共に渡界して確定したわい。かわいそうにのう。お主は早百合に目をつけられたからの。これから嫌でも異世界に付き合わされるぞい」
「何のこと?」
幼女は僕の疑問にくつくつと含み笑いでこたえると、そばの倒れた柱石に腰掛け、さっき遊んでいたゲーム機を取り出した。
「まあその辺は早百合が説明することになってるでの。妾はやつが来るまでハイスコア更新に挑戦してようかの」
ピコっと起動音を発した折りたたみ式の黒い機体。開かれた左右に二画面。僕の世界の人気ゲーム機を文庫本みたいに縦に持ち替えたような作り。
その背部に白フチで青字にデザインされたロゴマークを見つけ、僕は驚きに打たれれる。
そこにあったのは『SECA』の四文字。
これ、叔父さんが愛するゲームメーカーによく似た名前だ!
「そのゲーム機! セカって!?」
元の世界と似通った名前を見つけ、目を見開いた僕に幼女が破顔する。
「ほうほお、その反応。するとお主の世界にもセカはあるんじゃな」
「いや、ちょっとだけ名前違うけどさ。こっちにも!」
「うむうむ安心せい。この世界でもセカは最高にして至上のゲームメーカーじゃよ。日本のみならずワールドワイドに展開。いや正確に言えば全世界のゲーム市場の過半を握る世界最大のゲーム会社じゃよ。その特徴はとにかく尖ったゲームばかり出しとる事での……」
「ねえ、待って、君。僕の話を聞いて」
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
「――――――――という事でセカはゲームというゲームの全てを提供する一大エンターテイメント企業じゃよ」
「あっ、ああ、うん」
幼女はそのまま息せき切ってセカ社の栄光の歴史、元はセレクティブ・カフェなる喫茶店が客寄せに置いていたピンボールやジュークボックスのメンテ業、輸入代行等に手を出すようになり、紆余曲折経て巨大なゲームメーカーに成長するまでを長々と語った。
何度か叔父さんにも熱心に語られたことがあったけど、その時の記憶と照らし合わせると、名前は似てるし、歴史も重なってる部分はあるみたいだけど、やはり別物ではあるらしい。
正直あまりの
それに気づいたのか幼女が不審げな顔。
「んっ? ちゃんと聞いておったか?」
「ああ、聞いてたよ。セカのゲームは世界一って事なんだね」
「おっ、分かっておるではないか」
満足げな顔に応対は叔父さんと同じで正解だと判明。
「ではやはりお主の世界のセカもかように至上のゲームメーカーであるということかの?」
「ああ……まあそれくらいに愛されてるのは間違いないと思うよ」
叔父さんを見る限りね。
「というかファムちゃんって何者なの?」
教師か秘書という外見の早百合さんの正体は異世界に派遣されるような勇者であった。同じくこのふてぶてしい幼女も何かしらの属性持ちじゃないのか? もはやただの幼女とは思えない。
「妾はセカの伝道師じゃよ」
誇らしげに掲げられる携帯ゲーム機。
それで食っていけるなら叔父さんが泣いて羨ましがりそうな肩書。
「おお、そうじゃの。お主の世界にもセカがあったのなら、発売を待ち望んでいたタイトルもあったじゃろう。期待の新作に手が届かなくなった身がつらかろう。代わりにこちらの名作傑作を紹介してやらねばの。ふむ、せっかく神殿の跡地にいるのじゃから、そういうんが舞台に出てくるRPGをやるのも乙じゃろうぞ」
「えっと、ここ異世界なんだよね。剣と魔法の世界? にリアルで来てRPGやるのってどうなの?」
「はあん? リアルに学園生活送っときながら女子に声も掛けられずに、陰でギャルゲーに興じてた
「何で知ってんだよ」
いや、現実の女子との会話に1/3の確率で正解を示してくれれば僕だって…………
「じゃなくて! セカの伝道師とかは置いといて、さっきから色々事情を知ってるみたいだけど、そんなのただの子供が持ってる知識じゃないでしょ」
「うん? ああ、そういや伝えておらんかったの。妾はリッツ=ファム。宇宙の終焉を回避する為、星を興し文明を頒布する使命を帯びたリッツの一族……平たく言えば世界の創造神、お主らから見れば異世界の神じゃよ」
「うっそぉ」
まさかの、異世界の神様の名乗り。たしかに早百合さんが直接会っているらしき口ぶりであったが。極秘事項とされていると聞いたその存在が、こんなゲームに夢中になっている幼女というその辺にいてもおかしくない姿だったなんて。
「神様……えっと、こちらでは
「ふん。天使という名は好かぬの。あれは人間の都合良い呼び名での。卑称もいいとこじゃぞ」
「あっと、申し訳ありません……」
幼女、いや神様は片手を尊大に挙げて鷹揚な口ぶりで続ける。
「ふふむ。そう畏まらんでよいぞよ。いかに偉ぶったところで今は早百合にこき使われる惨めな身よ。セカの伝道師の方がよほど誇りもって名乗れるわい。そしてセカを愛する者に上も下も無いからの。今更態度を変える方が
「は、はあ……って早百合さんにこき使われるって……?」
たしかに早百合さんはこの神様を気安く扱っていたが、いくら勇者だからって神様を下にして大丈夫なのかな。
そりゃラノベの主人公だと神殺しくらい珍しくない称号だったりしてるけど。
「そうなんじゃよ。あやつ昔に妾の所有しとる異世界でトラブル解決に召喚したことがあったんじゃけどな。そん時の待遇がご不満だったのか後から殴り込んできて妾を契約魔法で縛って無理やり社員にしくさってな」
「契約社員みたいな?」
神様は首を振って奴隷じゃよ、とつぶやいた。
「それ以来妾は精霊部っちゅうブラック部門でろくに休みも無しにこき使われとるんじゃ。営業とかいうて他の管理者に御用聞きしたり、逆に会社がリストしてくる人材を押し売りしたりの。親の遺産で金だけ持ってる資格無しの無職とかどこの世界で使ってもらえっちゅうんじゃ」
吐き捨てるようなその言い口に叔父さんの日頃の嘆きを思い起こす。慰めようにも愚痴が長く続きそうなので、話題を切り替えにかかる。
「そっか、転移はまだワープゲートみたいなのがあれば何とかなりそうだけど、転生はどうやって斡旋してるのか謎だったんだ。そりゃ神様が担当して送り込んでるに決まってるよな」
「いや、妾達は直接タッチはしとらんぞ」
「じゃあどうやって?」
何かこう白い空間で不思議パワーを使うんじゃないの?
「それ用の霊基コードは発行してやってるからの。提携施設でこうビビッと焼き付けてるぞ」
「焼き付け?」
「うむ。魂に所属世界のコードを上書きで埋め込むんじゃ。異世界だろうと分枝世界だろうと地球だろうと、死後に魂が行き着く先は同じじゃからの。普通はまた前世と同じ世界に戻って生まれ直すんじゃけど、所属世界を上書きしとけば自動でそっちに流れてくわい」
日本各地の川で生まれたサケが海にいって成長して、またそれぞれ生まれた川に戻ってきて産卵するみたいなもの……だと言う。
「今更だけど魂ってちゃんとあるんだね。しかも施設で弄れるなんて」
「いや、あの世界の科学レベルでは魂は検知すら出来とらんぞい」
「じゃあどうやって?」
「こう、肉体にビビッと荷電粒子を極細なビームにして打ち込むじゃよ。そうすると肉体と一緒に魂の方にもコードが焼き付けられるって寸法じゃよ。電子的な入れ墨みたいなものじゃな」
「えっ、それって危なくないの? いや、がんの放射線治療みたいなものだとすれば安全なのか」
「いや普通に死ぬけど?」
神様がこてっと小首をかしげながら言う。
「………………」
いや、まあ転生って普通死亡時に行われるものだからそれでいい……のか?
「まあ妾は今だけ特別業務で精霊部を離れて早百合のそばにおって営業ノルマからは逃れておるのが救いじゃがの。とは言えそれはそれでトラブルに巻き込まれること確実なんじゃよなあ~。せめて命の危機には会いたくないのう」
そんな神様の予言めいたぼやきを受けていると、背中に刺すような視線を感じた。
「んっ?」
振り返ると、数メートル先にぽつねんと立つ一本の柱石。そのそばから灰色の肌をした毛の無い猿のような生き物が顔を出していた。
グルゥとその動物が上げる低い唸り声が耳に届く。
えっ、猿?……じゃなくて、これ、もしかして……
「やっべ、ゴブリンじゃよ!」
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