冴えない彼女たちの育ちかた

D@カクヨムコン2年連続受賞

第1話 約束の坂で【原作1巻 霞ヶ丘視点】

「久しぶり、また……会えたね。ほんと、偶然、なんてね」


「合格、かな?」


 春の終わりのある日。

 強い風が吹くその場所、運命の坂で……


 私は、繰り広げられる茶番を見ている。

 意中の彼の家の近くに来ているという高揚感はもうなくなっていた。

 私にはもうそんな余裕はなかったのだから。

 学校や喫茶店、和合市の帰りの電車で見た彼女の表情とはまた違う……。

 メインヒロインのあの表情を見てしまったのだから……。


 ※


「あの~霞ヶ丘先輩。お願いがあるんですけど~」

 突然の彼女からの電話は、いつものように平坦な口調で、どこかに決心がにじんでいた。

 部屋で眠りこけていた私は、強制的に現実へと引き戻される。

 快眠を邪魔するものに、嫌味のひとつでも言ってやろうと、口を開こうとした瞬間、私は重要なことを思いだした。

「どうしたの? 加藤さん。って、あなた、たしか家族旅行で北海道に行ってるんじゃないの? それになんだか騒がしいわね」

 連休前に彼が言っていたことを思いだして、私は驚く。

 たしか、お姉さんが結婚するので、最後の家族旅行になるとか彼は話していた。


 どうして、彼の言っていたことはどうでもいいことでもおぼえてしまうのだろう?

「黒髪ロングの雪女」と言われている私がね……。


「まあ、そうなんですけどね。帰ってきちゃいました~。だから、いま、空港です~」

「空港? 帰ってきた? 大事な家族旅行をすっぽかして? どうして?」

 私は、驚きの声をあげる。


「安芸くんの〆切が連休明けだって知らなくて……」

「そんな理由で……?! あなた、彼に無理やり、付き合わせられているだけじゃないの?」

「でも、ここで手伝わなかったら、安芸君にあとで何を言われるかわからないじゃないですか~」

「それは、そうだけれども……」

 彼女の答えになっているようで、なっていない解答を聞いて、私は確信した。


「メインヒロインをやるきにさせなさい」という彼への忠告は、もうすでに現実のもとなってしまっていたことに。


 そして、彼女が彼のメインヒロインにもう、成りかけているということに。


 ※


「あのふたり、いつまであんな茶番をしているのよっ」

 金髪ツインテールの負け幼馴染が、脇でそう言っている。

 春風で、彼女の美しい金糸が宙を舞った。

「はー」

「なにを露骨にひとのことをバカにしているのよっ、霞ヶ丘詩羽っ」

 彼女ののんきな発言に私は大きなため息をつく。

 彼女は、この茶番が重大なイベントであることに気がついていないようだ。


 私以外のこの場にいる誰も気がついていない真実。

 

 主演の彼も気がついていないはずだ。

 もしかしたら、メインヒロインも……。


 この茶番の練習の時に、私は彼女に「恋をしなさい」と言った。

 でも、それはいらないお節介だった。


 だって、目の前の茶番は、もう茶番ではなかったのだから。


 ただの、オタクの同級生の妄言にどうしてあなたは付き合っているの?

 大事な家族旅行よりも、どうして彼を優先するの?

 どうして、あなたは彼に元気になって欲しかったの?

 どうして、私のスパルタ教育に笑顔でついてこれたのよ……。


 結論はもう、私の中では出ていた。

 そこには、どす黒い感情も多分に含まれている。


 あなたは、もう無意識のうちに彼にひかれ始めているのよ。

 もちろん、彼も……。


 本当に、自分は哀れな女だ。

 意中の人には、「天才」としか見られず、敵に塩ばかり送っている。

 編集の町田さんにこの状況を見られたら、何と言われるだろうか。

 

 ここからは、私の敗北への物語になる。

 それでも、私は運命に抗い続けたい。 

 そして、彼のことをもう一度……。


 過去の女の哀れな決心を固めて、見えないはずのさくらを見つめた……。


  ※


「私を誰もがうらやむような幸せなヒロインにしてね」

 メインヒロインはそう言って微笑んでいた。

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