彼女が盗まれた宝石の正体

嘉六

彼女が盗まれた宝石の正体

「……うん、うん。そうなんだよ、それで――と、ごめん。今来たからそろそろ、うん。じゃあまた」


 カフェのテラス席にて。


 待ち合わせの相手がようやく来たの見て、俺はそのまま会話を打ち切って電話を切る。スマホをテーブルに伏せて置き、そいつを迎える。


「何の話をしてたの?」

「別に大したことじゃない。暇潰しの雑談」

「そう」


 そっちが聞いてきた癖に、返事は酷く興味なさげ。そんな我が幼馴染は、俺の対面に座ると手早く注文を済ませ、それからじっとテーブルの上のスマホを見た。


「別に、もうちょっと話をしてても良かったのに」

「言っただろ、暇潰しだって。たまたま電話がかかってきてさ、お前が来るまでの間ならって」

「じゃあ、もしかして結構待たせた?」

「いや、早く来すぎただけだ。実際、今だってまだ約束の時間の十分前だし」


 何せ今回は、三十分も前に店に来てたからな。


「珍しいよね。いつもなら私が待つのに」

「……まぁ、たまにはな」


 痛いところを突かれ、思わず目線を下に逸らしてしまう。


 ここに来る前の用事が思いの外早く終わって暇になったから、と言うのが先に来ていた理由ではあるが、そうでなくても、今日は早めに来ようと思っていた。


 こいつにしては珍しく、相談があると言うのだ。ならばこっちが待ち受けて、心の準備をする時間を作らなければならない。親しき仲にも礼儀ありと言ったもので、普段から相談に乗ってもらったり助けられたりしている立場からすれば、こういう時くらいは真面目にして、お返しをするのが礼儀だろう。


 しかし。


 我が幼馴染は、それから中々口を開こうとはしなかった。元々こいつは口数が多い方ではないし、長い付き合いでお互い無言で過ごすことにも慣れてはいるが、意気込んで来た身としては、もったいつけられるのは少々辛いところがある。かと言って、急かすわけにもいかないし。


 まもなく店員が注文の珈琲を持って来ると、我が幼馴染はゆっくりとした動作でカップを口に運び、ほうっと息を吐く。俺も冷めた珈琲を飲みながら様子を見守っていると、三口目にしてようやくその重たい口を開く気になったようで。


「宝石をね、盗まれたのよ」


 あまりに想定外の内容に、珈琲を吹き出しかけた。


「お前、宝石なんて持ってたの?」


 もっと他に言うべきことがあったと思うが、つい頭に浮かんだことが口を突いてしまった。


「実は持ってたのよ。大切にしていたモノが、たった一つだけね」

「……へぇ、それは知らなかったな」


 なんて、呑気なことを言ってる場合じゃないだろ。変に動揺してるな、俺。


「えっと、空き巣に入られたとか?」

「違う。後から盗まれたことに気がついたの」

「警察には連絡してるのか?」

「……まさか。そんな大事にするわけにいかないでしょ」


 何でだ、と俺は首を傾げたが。

 その理由には、すぐに思い至った。


「もしかして、盗んだ奴に心当たりがあるのか?」


 聞くと、少しの間を置いて小さく頷いた。


「誰なんだ? 俺の知ってる奴か?」

「……言いたくない」


 苦々しい顔で首を振った。


 まぁ、そうか。

 そりゃ簡単に言えることではないわな。


「ちなみにその宝石って、どれくらい高価な物なんだ?」

「値段なんて分からないし、価値なんて付けようがない。例えば幾らお金を積まれても、人に譲ったりなんか絶対にしないモノなの。言ったでしょ、大切なモノだって」

「……なるほど」


 やっぱり大事じゃないか。


 でも。

 こいつがここまで言うのに、警察には言わない理由。あえて俺に相談した理由を考えて、頭を捻る。


「要するに、取り返すのに協力して欲しいって話か?」


 そうなのかな、と思ったが。

 我が幼馴染の反応は、あまり芳しくない。


「出来れば取り返したいけど、簡単ではないでしょ? それに私が取り返したいからと言って、それで本当に取り返せるモノでもないし」


 その物言いに、俺はさらに首を傾げることになる。言ってることはわからなくもないが、どこか含みがあるような気もした。


 そもそも、この自体どこか違和感がある。

 それが何なのかがわからないのだが……。



 あぁ、駄目だ! モヤモヤする!

 やっぱり、そこを確認しないと考えも纏まらん!


「……なぁ、一つ良いか?」

「なに?」

「盗まれた宝石のことなんだけど、値段がわからないってことは、自分で買った物じゃない。誰かからの贈り物なんだよな?」

「そうよ」


 やはり予想した通り。


 それから次の言葉を紡ぐまでに、僅かな間が生じる。これを言うのは、中々に勇気がいるからだ。


「…………誰からの物なんだ?」


 これは俺にとって、とても重要なことだった。

 何故かなんて言うまでもないだろう。


 そして。

 心臓をバクバクさせて待つ、その答えは。


「アンタから貰ったモノよ」


 ……………………は?


「え、俺?」

「そうよ。ま、アンタは覚えてないでしょうけどね?」


 俺は心の中で頭を抱えた。


 ……まったく、覚えがない。


 盗まれた宝石がから贈られた物ではなかったのは良かったが、代わりに別の問題が出て来てしまった。俺がこいつにあげた宝石って何だ? そりゃ誕生日プレゼントは毎年あげてるが、宝石のような高価な物を贈ったことはないし、まだでもない。


 だとすると、こいつの言う宝石って――。


「…………あ」


 我が幼馴染は、思わず口から漏れた小さな呟きに、恐らく気付いていないだろう。


 ようやくわかった。


 この相談の本当の意味。

 盗まれたと言う宝石の正体。


「とりあえず、さ」

「うん」

「その盗まれた宝石は偽物だよ。だから取り返す必要はないし、そう思う必要もない」


 テーブルの上に伏せて置いたスマホをひっくり返して、俺は我が幼馴染の目を見つめる。一瞬眉をひそめるが、すぐに俺が理解したことを理解したのだろう。その目を見開き固まったまま、続く言葉を待っている。


 わかってみれば何てことはない。

 今の話はつまるところ、こいつの悪癖のようなものだ。本当は怒っているのに怒れない、怒りをぶつけることが相手にとって理不尽だから素直に怒れない。そんな時、こいつは物凄く遠回しな言い方をして、相手に悟られないように相手を批難する奴なのだ。


「それでも納得出来ないなら、俺からはこれしか言えない」


 だからこれは、俺が悪い。

 ならばせめて、俺は素直に言葉にしなければならない。




「今度、一緒にさ。本物の宝石が付いた指輪を買いに行こう」




 はたして。


「………………はい」


 我が幼馴染は僅かに顔を伏せ。

 それから、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。

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