契約者
日曜日の朝の8時30分。
男の子向けのヒーロー戦隊ものタイムが終わり、少女向けの番組のオープニングが始まる。
シモンはブラウン管の前に正座し、ドキドキと期待しながら視聴する。
もちろん録画もセット済みだ。
軽快なオープニングテーマとともに、画面の中ではふたりの美少女がほぼ全裸の魔法少女に変身し、悪の化身をボコボコの半殺しにする。
シモンはそのオープニングを、アニメ史に残る名作だとシミジミ感動しながら見とれていた。
彼女達こそ、シモンの中の絶対的な『ヒーロー』……いや『ヒロイン』だった。
その誰よりも強い彼女達に憧れ、恋心を抱き…ずっと20年間も応援してきた。
…そして今、ようやくシモンは気がついた。
美しくカッコいい彼女達のように、自分も『なりたい』と思っていた事に…。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ブラック………?」
数秒間だけ意識を失っていたシモンは、少しの間夢を見ていた。
遠い昔、まだ地上波でリアルタイム放映中だった『魔法少女ニップレス♡』を、少年のような羨望の眼差しで見つめ視聴している夢を。
シモンの目の前に現れたのは、小柄で美しい少女だった。
金色のキューティクルを放つ髪に、ブルートパーズのような海を思わせる青い瞳。
それをギャル風メイクでイケイケにケバらせた美少女。
ギャル勇者の『ユウナ』と、その一行達であった。
「君は… ニップレスぶらっくの…神樹ミユ……なのか?」
「は? 誰それ?」
ユウナは「ねぇ、知ってる?」と、アキバとリジュの方を振り返り尋ねた。
だが二人とも、知らないと首を横に振る。
「ミユちゃんを知らないとは素人めっ!! これだ!」
そう言って胸ポケットから取り出したのは、シオリに以前見せた『五条あやね』の写真の裏側。
そこには、黒とピンクをベースにしたボーイッシュなニップレスをした、もうひとりのヒロイン『ニップレスぶらっく』こと『神樹ミユ』が写っていた。
「……別にウチに、似てなくね?」
写っていた姿(アニメ絵だが)は、たしかに金髪で青い目の美少女だったが、ユウナのようなログンヘアーではなく、活発そうなショートカットの女の子だった。
顔の作りだって、ユウナのような神秘的な美しさではなく、健康的で元気系美少女だ。
「う〜ん。 確かにユウナには似てないわね…」
「うんうん!似てない似てない(笑)」
アキバの言葉に、リジュが楽しそうに大きく頷いた。
「先生は、その……おっぱいで…人を判別してるみたいなんです……」
ユウナに抱きかかえられたままのシオリが、何故か申し訳なさそうな顔で言った。
ユウナはシオリの、オーバーオールの胸元いっぱいにぎゅうぎゅう詰めになった巨乳と、自分の平たい胸を交互に見比べる。
そして、写真の『神樹ミユ』の胸がペッタンコなのを確認すると、シオリを隣にそっと下ろした…。
呪文の詠唱をはじめるユウナ。
『Sunday evening…Thunder father… Bakamon…Skipjack tuna…(日曜夕方雷親父叱咤鰹)…』
その少女の迫力に圧倒され、ゾゾっとその場で震えるシモン。
ユウナの右の拳が明らかに電気を帯び、あたりに放電しながらバチバチと音を立てる。
「ひ、ひぃっ!?や、やめてくれぇ!!」
シモンは圧倒的な『力』の差を感じ、必死にユウナに命乞いをした。
もし、シール3枚だけの素っ裸状態であんなものを食らったら、防御力ゼロで攻撃を受けるようなものだ。
シースルーのパジャマのままで就職試験の面接に挑むくらい無謀だった。
『 One hair knuckle!!! (ナミヘイ・ナックル)!!!!』
バァチコーーーン!!!
シモンの脳天めがけ、強烈なユウナの鉄拳ゲンコツが振り下ろされた。
『ぐぎゃぁっっっっっ!!!』
断末魔の悲鳴をあげ、シモンの体が校舎屋上の床を突き破り視界から消え去る。
バギバギ!!ドドバギバギッッドドッ!!ドドッ!バギバギバギン!!
文字にしてバギ7回、ドド3回も入るほどのけたたましい破壊音をあげ、シモンの体が学園の部屋を貫通し落下する。
そして、四階下の女子更衣室でようやく止まった…。
「せ、先生は……どうなったの…?」
シオリが恐る恐る床に空いた穴を覗き込み、ユウナに尋ねた。
「…奴は…“円環の理”(ハードラック)と“踊”(ダンス)っちまったんだよ…」
「………そう?……なん…ですか………」
言っている意味がわからず、はぁと小首をかしげるシオリ。
穴の空いた校舎の下の階からは、「きゃぁっ!変態よ!!」と女子更衣室で騒ぐ女子生徒達の声が聞こえていた。
天井から全裸同然の男が降ってくれば、当然通報沙汰になるのが当たり前だ。
「…どうやら、死んではいないようね」
少しホッとして、アキバが穴から状況を確認する。
「あはは!お尻丸出しじゃん!!」
穴を覗き込んだリジュが、お尻丸出しでうつ伏せに倒れているシモンを見て嬉しそうに言った。
シモンはこれから、社会的制裁を受ける事になるだろう。
教師としての人生は、これで抹殺されたことになる。
「あの…勇者様…助けて頂いて、ありがとうございました……」
「イイって!だって、ついでだもん!!」
「…ついで…?」
「ウチら、その『本』に用事があんだよね〜♡」
「この…魔道書に…ですか?」
シオリの胸の谷間に隠れていた魔道書が、様子を伺うように少しだけ顔を出す。
「え〜っと、アナタここの生徒さんよね?……いい?落ち着いて聞いてね?」
アキバが、事の顛末をシオリに説明した。
「100年前…ある一人の教師によって記されたその伝説の魔道書には、勇者の試練の祠のことが書いてあるらしいの……」
「勇者の…試練の祠……ですか?」
「そう…。
当時……『試練の祠』は修学旅行の定番人気見学ルートだったの…。
そして、その伝説の魔道書……『3年生の修学旅行のしおり』には…失われた旧道の行き方が記してあるのよ!」
「そう、なんですか……」
「私たちは、その試練の祠へ行かなければならない。それで、その魔道書が必要なのよ!」
「なるほど……」
「だから、あなたも一緒に来て欲しいの!!」
「なるほ………………ふぁっ!?」
突然の話の急カーブに、シオリの口があんぐりと開いた。
「その本のページを開けるのは、その魔道書と最後に『契約』した魔法少女……つまり、アナタしかいないのよ!!」
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