父ちゃんの背中

夜空を見上げると、今夜は三つ目の月がキレイに登っていた。


大きな月を主役に、真っ暗な夜のステージの上には無数の脇役の星々が瞬き、ヒソヒソとささやき合っているようだった。

それはまるで、おとぎ話の世界のようなエルフの森の静かな夜だった。


この世界は、一年を通してたいして季節に違いはない。

そのクセ、国を跨ぐと突然『雪の国』やら『常夏の国』やら、『秋限定スイーツの国』みたいに、いきなり気候も季節もへったくれもなく様変わりする。

まるでRPGゲームの中のマップの『○○エリア』のような感じだった。


アキバは湯上りの濡れた髪をタオルでトントンしながら宿泊部屋に戻ると、犬猫キメラの『ワンにゃ』とベッドでジャレ合っていたユウナの隣に腰を下ろした。


ここはセンリ村の冒険者の宿。

ユウナ達一行は、今夜はここで一泊する予定だった。


「……リジュさん、戻ってくるでしょうか?」

いつもはポニーテルで結んでいる黒艶の後ろ髪を、今は寝間着の上にほどいて丁寧にタオルで水気を拭き取りながら、アキバはユウナにそう尋ねた。


先にお風呂から上がったユウナの頭も、お風呂上がりでぺったんこに萎み、就寝前の女子って感じだ。

そんな生活感の漂う二人の姿が、なんだか普段と違いとても女子っぽさを感じさせた。


「んん? さぁ〜?」

そっけなくユウナが言った。


(まぁ、そういう反応するとは思ってましたけど……)

ワンにゃの相手に夢中でアキバの話そっちのけのユウナをやれやれと見つめると、アキバは窓の外に視線を移した。

ここからも見える村の中央エリアには、エルフ族たちが暮らすコロニーがある。


暗殺拳の使い手ということで、これからの旅で即戦力が期待されるリジュ。

今その彼女は、父親に旅立つことを告げるために実家に戻っていた……。




◆◇◆◇◆◇




「…そうか。じゃぁ、このセンリ村を出て行くんだな、リジュ?」

ハンサムでダンディーなリジュの父、アドルフが寂しそうな顔をして言った。

エルフ族だけあって相当の二枚目顔だが、暗殺拳の使い手である彼の肉体は極限までキレッキレに鍛え込まれていた。


リジュの家は、比較的巨木マンションの高層に位置していた。

国家から高額報酬で依頼を受けるアドルフは高所得者だ。もちろん税金もちゃんと払っている。

そう、リジュは恵まれたお金持ちの家の娘だった。


「うん…。アタシをプロデュースしたいって人達が現れたんだ。

 その人達と一緒に旅して、一人前のアイドルに……アイドル総選拳の使い手になりたいの!」


アイドルだのプロデュースだのそんな事は一言もアキバは言っていないのだが、リジュは真っ直ぐに父の目を見てそう告げた。


「『アイドル総選拳』か…。確かにあの拳の型はキュートでハッピーなものが多い。

 だが、その華やかな見た目とは裏腹に、その秘拳の道は厳しく……過酷だぞ?」


「わかってる!でも実際にその力を極めたい!!」


「きっと…リジュが思っているような『夢や希望の世界』は幻想だぞ?

 仲間同士の抗争…足の引っ張り合い…うわべだけの関係……。

 おそらく現実を知れば、傷つくことも沢山ある………それでも行くのか?」


「でも……行く。

 私の道は、それしかないから!!」


「そうか……」


父アドルフは、重い腰をあげて立ち上がると、くるりと後ろを向いた。

その背中には、娘を送り出す父親の哀愁がにじみ出ていた。


13歳になった大人のエルフのリジュを、引き止める術はない。

アドルフは腰に当てた手を、そのままズボンごと40センチ下におろした。


「と、父…ちゃん……?」

リジュが困惑を含んだ声をあげた。


当然だ。

今まで将来の重要な進路の話をしていた父親が、突然目の前でケツを出したのだから。


「なっ……なん……で…!? ………おしり………!?」


驚き言葉に詰まるリジュ。

しかしそれは、目の前の父親がおケツ出したからではなかった。


…リジュの胸にある『北斗七星のホクロ』と同じものが、父アドルフのおしりにもキラッキラに輝いていたのだ。


「そ、そのオシリの激々レア[★星7]は!?

 アタシと同じ……『北斗七星』のホクロ!?」


衝撃のその光景に、リジュは状況を把握できずにただ驚愕するばかりだった。


いったい何が起きているのか理解できなかった。

ずっと幼い頃から一緒に暮らしてきた父に、自分と同じ宿命星があったなんて……。


「父ちゃんはな……その昔『神7(セブン)』と呼ばれた7人の拳聖の一人だったんだよ」


父アドルフは娘にそう告げると、静かに秘密にしていた自分の過去を語り始めた。


彼がかつて『神7(セブン)』と謳われた、最強7人の『アイドル総選拳の使い手』のメンバーだったこと。

その中でも『センターの宿星』を持っていたのが、父アドルフだったこと。


「私が初代センターの『アドルフ』。通称『あっちゃん』とは、父ちゃんのことだよ」


そう言って胸元のポケットから差し出された生写真には、アイドル衣装を身に纏いフリッフリでステージで踊る、若き日の父アドルフが映し出されていた。

それはもう、思春期の年頃の女の子にしてみれば、トラウマになるくらいの衝撃的な、父親の黒歴史であった……。

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