第17話あかり、3rd ステップその2
「ところであかりさん、あなたデパートとか行く?」
突然の質問が耳に入り、あかりはゆうきのハンドバッグではなくゆうきの顔へ視線を上げる。
「デパート? 百均とかじゃなくてですか? デパートは物価が高いし、学生が行くわけないじゃないですか」
「これがデパートに売っていたと言っても、まだ物価が高いって言える? あかりさん」
ゆうきは生成りのハンドバッグから大きな物体を見せる。あかりが素肌でいることを知っていながら、その物体を鼻に押し付ける。
袋に施された一か所の穴が、ゆうきの言葉をあかりに代弁させる。
「何ですか、これ、この肌触り! めっちゃ気持ちいい! って、え、このファイバークロス、二十枚入りで五百四十円の税込み! 百均より安すぎる!」
「デパートってね、高価なものだけを売っているわけではないのよ。季節の節目に値下げして在庫を一掃するの。そうね、例えばこのファイバークロスだったら、定価二千五百円ってところかな? デパートによっては香水とかも安売りしているわよ。キラキラ女子になってから一度行ってみたら?」
あかりは力強く、髪を振り乱す。ゆうきはファイバークロスで毛細の攻撃を防ぐ。
「だったらあかりさん、早速バケツと洗面台の水道を貸して。今から拭き掃除の手解きをしてあげるから」
ファイバークロスをあかりから離した突端、あかりは髪の暴走を止める。
「やだ、貞子みたい」
ゆうきが持っているファイバークロスを袋ごと奪い、あかりは頬に摺り寄せる。
「こんなふわふなな子たちを汚すなんて、ゆうきさんどうかしています」
あかりはファイバークロスをペットに見立てる。よほど人恋しいのだと、ゆうきは哀愁の目で擬人化したものとあかりを交互に見る。
「そうね、どうかしているわね。ここまできったな~く部屋を追い込んだ誰かさんは。こういう状況、よく作れるものね。ある意味感心するわ」
あかりの両肩が震えあがるのを見計らい、ファイバークロスを奪い返す。
「いい? 拭き掃除はね、手でするのよ。ゴミが溜まったら即クロスを交換する。消耗品だから、これくらい予備がないとね」
「え、うちにこれありますけど」
あかりはゆうきが施した蝶番の襖を開く。取り出したのは「スイスイ簡単! クイックル~」のハミングでおなじみ、ワイパーヘッド。
ゆうきは何も言わずあかりから受け取り、ヘッド部分にファイバークロスを取り付ける。
あかりは初めて自分が優位に立ったと思い込み仁王立ちになる。
ゆうきは無言を維持する。むしろ口や鼻から微粒子が入らないようにマスクで防備している。口を開かないのは、マスクを定位置から一ミリたちともずらさないためだ。
おおきく弧を描くように、ゆうきの両腕が舞い始める。
あかりのマスクは瞬く間に鼻を露わにし代わりに顎を覆う。
「え? ゆうきさん? なんで天井を……?」
ゆうきはそれでも無言を貫く。くるくると位置を変えながら全身で舞い、ワイパーヘッドをあかりに見せつけることをフィニッシュとする。
「げ~!」
天井を拭ったファイバークロスはパステルピンクからダークグレーに変色している。
天井にも埃が溜まるということを知ったあかり。
取り外したファイバークロスが天寿をまっとうし、裸のワイパーヘッドを受け取ることしかできなかった。
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