第14話あかり、2nd ステップ

 「人の願望って面白いわね~、あかりさん」

 「どういうことですか?」

 ゆうきはポムポムプリンのボールペンを魔法の杖に見立てて宙で弧を描く。

 自分の肩を持ってくれたはずだったのでは。あかりは裏切られた気分で、声が低くなる。

 「悪いとは言ってないわ。ただね、あなたの願望が部屋に表れているなって思っただけ。もちろんこの部屋でやりたいコト、十分叶えられるわ」

 ゆうきはポムポムプリンの頭部をあかりの文字に近づける。

 「今のあなたの殺風景なお部屋、心の寒さを表しているわ。あなたは心身の温もりが欲しいってことね。あなたは本来、人が好きなのよ」

 「……それ、悪いことですか? それとも……」

 ゆうきは何も言わず、立ち上がる。ポムポムプリンのボールペンを天に掲げて。

 「次のステップ、名付けて『あれもこれも止まらなくなる! 夕ごはんの支度を忘れちゃう断捨離』これ、実はあかりさんに最初にやってもらったのよ。途中で何もかも捨てちゃったみたいだけど?」

 あかりは下を向く。当時は感情的になっていたため、コトの善悪が分からなかった。今では十分反省している。真冬に裸足の人を追い出すのは、人道に外れる行為だから。

 「どうして落ち込むのかしら? 私は、あかりさんに前を向いてほしいのよ。これは口頭の説明で省略させてもらうから、復習するつもりでよーく聞いてね。過去を振り返る暇はないわよ」

 ポムポムプリンがあかりの頬に頭突きをする。それでも顔を上げられずにいると、ゆうきはペンケースからピカチュウが付いたボールペンを取り出し、ポムポムプリンとペアで頭突きを始める。ピカチュウの鋭利な耳で、ようやくあかりは顔を上げる。

 「ゆうきさん……」

 それ、いい加減しまってくれませんか? とは言えない。あかりが自分の変化の手伝いを懇願したこと。過去にゆうきを追い出したこと。親友のまなみの心を傷つけ、それを無条件で許してもらったこと。

 すべてがあかりの不利な点となり、あかりは従順な生徒にならざるを得ない。

 頬を摩りながら、あかりはゆうきを見上げる。

 「断捨離のポイントは三つ! 覚えているかしら?」


 □季節問わず半年以内で一度でも使ったか?

 □それを手に取って、何かをしたくなったり心がときめくか?

 □とりあえず持っているものは永遠に使おうとすら気にならない。即処分!


 「ここまでで、質問ありますか? あかりさん、ありますよね?」

 膝を折り、視線をあかりの顔面にまで下げるゆうきが、有無を言わせない。

 それは、心からあかりを変えたいと思っているからだ。インテリアのプロとして。

 「あ、訊いていいんですか? ゆうきさん」

 「どうぞ?」

 あかりは細い声で、ゆっくりと単語を重ねる。ゆうきは怒ることも呆れることもなく、一つ一つ声を慎重に拾う。あかりというシンデレラの靴が壊れないように。

 「よく聞いてくれたわ、あかりさん。それ、断捨離で一番重要なことなの。気づいてくれて嬉しいわ」

 「本当ですか? ゆうきさん」

 よしよし、とゆうきはポムポムプリンとピカチュウのボールペンであかりの両頬を撫でる。

 「ゆうき、さん……」

 あかりは心中で切に願った。たとえ部屋の仕上がりをゆうきに任せるとしても、キャラクター部屋にだけはしないでほしい、と。


 以下、ゆうきの解説。


 □そもそも人間は楽しみがあるから毎日勉強に仕事に精を出すことができる生き物。趣味がないと学校や会社の愚痴ばかりで、自分が不幸だと思い込む。

 □その邪気をぬぐってくれるのが、心から楽しんでいる趣味である。

 □趣味は人によって異なるので、住人本人が手に取って一つ一つ確かめる必要がある。

 □「早く家に帰りたい! 帰って○○したい!」そう思うからこそ、心身の健康に繋がり、経済的負担も軽くなる可能性が高い。

 □逆に帰りたくないと思うと、外で飲食など必要以上に散財してしまい、その割に精神的に満たされない。


 「この様子だと、あかりさん。試験勉強だとか言って、どっかのカフェで時間を潰しているんでしょう?」

 留年の烙印を押されているあかりは、ふたたびゆうきの足元を見る。


 「……おっしゃるとおりです」

 もし今、ゆうきと会っていなければ、あかりはバイト開始時間ギリギリまでカフェで勉強をしていた。

 カフェのコーヒー代は、昨今では四百円はくだらない。

 それを毎日繰り返すとすれば……。

 暗算するだけで、あかりは血の気が引いた。

 その分、インテリアやファッションにお金をかけることもできたかもしれない。


 住まいはしっかり整えるものだと、痛感したあかりであった。

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