第11話ますます開く差
三月、キャンパス内に咲く桃花が若者の旅立ちを祝う。
澄んだ香りに包まれ、声高に社会人としてのライフプランを明かし合う卒業生。
別れを惜しむ言葉が転がるが、誰も拾おうとはしない。
「うちのタイムライン、絶対に『いいね』してね?」
「ってか、今のうちにゼミやサークルごとにグループライン作っておく?」
「いいね!」
インターネットやスマホが大規模な普及を遂げている中、今生の別れというものを感じる人間は一握りでもいるだろうか。
同じキャンパス内では入院を理由に連絡すら取ることができない
眼鏡とライトブラウンのロングウェーブのウィッグを着用し、ゆうきはキャンパス内のカフェにて抹茶ラテを啜る。
「んん~? 誰だ、私の優雅なストーカータイムを邪魔するのは」
ゆうきは震える赤色のガラケーを人差し指で突く。
二つ折り式ではないので、触れなくとも着信通知が表示される。
「ん~、いい眺め」
マナーモードに設定していることを良いことに、ゆうきは抹茶ラテを飲み干す。
財布を持って立ち上がり、追加注文のほうじ茶ラテを店員から受け取ると、ガラケーが宙を舞い主人の着席を待っている。
「あら、バレちゃった」
ほうじ茶ラテを一口飲んでから、ゆうきは眼鏡を外す。
すとん、と腰を据えると、ガラケーがゆうきの顔面に詰め寄る。
「変装したところで、その独特なオーラは隠せていませんよ。それより、どうして音沙汰なしなんですか? 面倒見るとか言っといて」
ウェーブのかかっていないポニーテール、無地のカジュアルシャツにスキニージーンズ。メイクは目元と唇にだけ色を付けるといった簡単なもの。
耳にはピアスの代わりにスマホが当てられている。赤色のガラケーは震えたまま。
「聞いているんですか? ゆうきさん」
ほうじ茶ラテを飲み干すまで五分。店員にカップを返却し、ようやくガラケーを取り返す。振動の代わりに不在着信通知が存在感を訴えている。
「……それはこっちのセリフよ、あかりさん」
地底に突き落とす声に、あかりは全身が震える。
「就活の予備知識として覚えておきなさい。人の話を聞かずに追い出す奴に手を差し伸べる、虫の良い人間は現代に一人もいない。手を尽くしたからと言って礼を言う奴もほとんどいない。だけど先に恩を売っていればこちらの武器になる。あなたはとっくに武器を捨てた、無防備な
「……じ、地獄ならもう見ています。り、り、留年になりました」
あかりは強張った四肢でスマホをバッグにしまうのが精いっぱいだ。
「へぇ? 学費を親に払ってもらっといて? 留年ということは、高校の模試で全国九位になっても、卒業できるかどうかわからなかった上に、奨学金を獲得するまで退学を迫られた経済事情なんて分からないでしょうね」
「ゆうきさんが……?」
あかりの声は
「さあ? 何しろ、遠い昔のことだから。誰のことかは忘れたわ」
あかりは息すらできなくなった。ようやく高校を卒業できた後、どれほどの苦労を味わってきたのか無言で訴えられたと感じたから。
辛酸を舐めて生き抜いてきた強さに、あかりは己の甘さを、いかに感情に振り回されて生きてきたかを知らされる。目を瞑ってもゆうきの見下ろす姿が鮮明に映るほどに。
彼氏と音信不通になったことも、バイト先を変えたことも、殺風景な部屋で一人震えていることも、心が鍛えられたゆうきにとっては何ともないのだ。
今のあかりに反論する力がない。
「それにしても、まなみさんはすっかり変ったわね~。今でもときどき電話をするけど、自信がついて、ずいぶん明るくなったわよ。どっかの誰かと違って」
「ずいぶん? あの子は元から……」
「本当に、そう思っている? 連絡だって来ないのに? 彼女があなたと友人になれた嬉しさと、あのとき拒まれた悲しさなんて、本心なんて知らないでしょう? 仕方がないよね、いくら親しかったとはいえ、しょせんは他人なんだから」
ようやく出た声も、ゆうきが地下に送り込む。言葉の原型ごと奪われ、あかりは涙を流す以外何もできなくなる。
十分間、沈黙が続く。その間、ゆうきはトイレでウィッグを外し、地毛を整える。
ダークブラウンに戻った髪を左に束ねると、あかりが洗面室に入り、ゆうきの背中に額を当てる。
「謝りたい……まなみに謝りたいです。あの子ともう一度友達になれたら、最高に幸せになれます。だから……変えてください」
あかりはゆうきの左腕を両腕で引き寄せる。血色を取り戻した姿を、ゆうきはこの年初めて目にする。
「変えてください! 部屋ごと! 私の全部を! お願いします!」
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