第9話あかり、キラキラ女子の仮面を捨てる?!

 右手にはスマホ。ゆうきが画面を覗き込みと、同じ男性の名前が五つ律義に列を揃えている。

 「何度電話をかけても、ワンコールで切れるんです」

 ゆうきが見る限り、あかりがキレイに仕分けした売却と確保の山に男物が見当たらない。

 処分の山の片隅に、体臭の染みついたボクサーパンツが一枚あるのみ。

 「でしょうね。女子はもちろんのこと、男性だって自分の性生活をに晒すのは、かなり精神的にキツイはずよ」

 ゆうきの声も沈む。サッカーボールに見立てた封をしたレジ袋を蹴り上げても、声のトーンは変わらない。

 「……私に見せるのがってことですか?」

 「私に訊く前に、あかりさん、自分の顔を鏡で見たら? いろんな意味でぐっちゃぐちゃよ」

 あかりが確保の山から強引に引き出すのは、花柄のフェイスタオル。凛とした花びらがアイシャドウやリップカラーを拾い、引き裂かれる。

 「……あなたの私生活は知らないけど、私が見る限り、感情がもろに出るタイプね。あかりさんの部屋に入る瞬間、あなたが息を呑む瞬間を見過ごさなかったわよ。見慣れていたら、土足でも何でも、躊躇いなく玄関を跨いだでしょう? 最後に部屋に帰ったのはいつ?」

 あかりは求められるままに答えない。キラキラメイクがハロウィンメイクに変わった姿を晒す。

 「なんでそんなことまで訊かれなきゃならないわけ? たかがインテリアでしょう! カイトが浮気していたって、関係ないじゃん! もういい!」

 ゆうきは二人分のバッグをすくい上げる。後方から気の抜けた声が聞こえる。

 「飲み物買ってきたよ~。って、あかり、どうしたの~?」

 ゆうきは首を左右に振る。まなみは二人の険しい表情で雰囲気を察知する。飲み物が入った袋を片手に持ったまま、もう片方の手で自分の口を覆う。

 「二人とも出てって! 顔も見たくない!」

 ゆうきは両肩を押され、まなみはゆうきの背を全面で受け止め靴を履く余裕がない。

 まなみ、ゆうきの順で、自分の靴に指を引っ掛けたことで、玄関の施錠後にようやく靴を履くことができた。

 「うっわ、冬のコンクリートって冷たいですね」

 「そうね、確かに冷たいわ。でも、あかりさんの熱を冷ますには足りないでしょうね」

 ゆうきは割烹着をその場で脱ぐ。持参したニットのロングカーディガンをバッグに詰め込んでいた。

 気休めの防寒着をまなみに手渡す。彼女のコートはあかりの手元にある。

 「たしか、この近くに公園と公衆トイレがあったわね。そこで着替えましょう。さすがにこの格好で電車に乗る勇気はないわ」

 シャワーキャップを外すと、吐息の代わりにシャギーの溝に埋まっていた埃が舞う。

 まなみの顔にかからないよう、背を反って後方に流れるように外したが、埃はゆうきの思い通りにならない。まなみがせき込む。

 「ごめんなさい。早く行きましょうか。風邪を引いたら大変よ」

 「はい、先生」


 公園より徒歩五分の駅ホームにて。

 「先生、ありがとうございます。上着まで貸していただいて」

 「いいわ、次回返してもらえれば。これから私、家に帰るだけだから、この時間帯でこの気温だったら何の支障もないわ。それより、あなたはどうするの?」

 三本の紙パック飲料が入ったレジ袋の持ち手を左腕に通し、まなみは自販機のボタンを押す。選んだのは、ゆうきが封を開けたものと同じ、はちみつレモンのホット飲料。

 「私が自分の部屋を変えたい気持ちは変わりません。ぜひお願いします。ですが……」

 「あかりさんのことでしょう? あんなことになっても、あなたは彼女のことを友人と思えるかしら?」

 まなみは無言で頷き、はちみつレモンを啜る。

 「私、今まで友達ができなかったんです。田舎出身なんですけど、両親が離婚したり、地元で母親に新しい男ができるとすぐに批判の対象になりました。それで仕事を失った父は私と一緒に知らない土地へ引っ越しました。でも……」

 「それ以上、言わなくていいわ。私には何も聞こえない」

 電車の踏切音がホームに響く。まなみは肩を震わせ、はちみつレモンを零してしまう。

 ゆうきは背を向けたまま、ハンカチを差し出す素振りすらしない。

 「あなたが本当にあかりさんのことを想うのであれば、彼女が声をかけるまでは距離を置いて。その間にあなたが変わること。それが今のあなたの使命よ。残酷な言い方をするけど、まなみさんならば三十歳になるまでに分かるはず。どんな家庭環境で育っても、友人とどれだけ親しくても関係ない。あなたにはあなたの人生がある。誰も代わりをやってくれないし、できない……こんなことを言うのは、一度だけよ」

 まなみが電車を降りるまで、ゆうきと同様、無言を通す。席を立っても、ゆうきは顔を上げることすらない。

 当初の飄々ひょうひょうとした雰囲気が陰に呑まれている。近いようで遠い視線の先に、過去なにを見ているのだろうか。隔てた空間がまなみを圧す。

 はちみつレモンの味が消えた固唾を呑み、まなみは掠れた声を押し上げる。

 「先生。私、父が退院して出迎えられるように、あったかい部屋にしたいです。病気うつと一人で闘っているとしても、私にとってはたった一人の家族なんです」

 「……そうね」

 ゆうきはまなみの背を目で追わなかった。


 インテリアアドバイザーは、ただ部屋のレイアウトを提供するだけではない。

 ときには相談者の人生を背負うこともある。

 まなみに然り、あかりに然り。

 前者は前を向き、後者は下を向く。

 「たかがインテリア」

 先にその言葉を掻き消すのは、どちらなのか。

 答えは明白である。

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