サンタクロースの“右腕”

かーや・ぱっせ


「あーあ。今日もつめ作業か」


 僕は今、サンタクロースの下で働いている。しかしそのサンタクロースは一度も見ていない。代わりに現れるのは「サンタクロースの“右腕”」と呼ばれる者だ。


「おはよう諸君! 誠心誠意勤めているかね!」


 赤色のアノ服に身を包む女性が、この作業場にやって来ては声を張り上げる。一人一人と挨拶を交わすこの女は、サンタクロースに一番近い人――すなわちサンタ直属の部下だ。……という噂だ。

 話しかけられた誰もが表情を明るくして歓迎モード。だが、僕としては正直、こいつから毎回聞く「誠心誠意」の言葉にあきれていた。声出すだけならこっち来るなっつーの。


「あれー? 新人君、心がこもってないようにみえるぞー」


 をっと、いたのか。

 口角上げた顔をこっちに向ける女。目に怒りがこもっているようにみえたが無視。僕は作業を続ける。


「おくりものに込められた心はキセキを生むんだから、しっかりね」


 僕は生返事をして、心の内でため息をついた。

 ――ただの箱に心を込めればキセキを起こしてくれる、だと。実際キセキなんて見たことねぇし。そもそもサンタみてねぇし。正直言って、信じ難いんだよな。


「ねえ君! 今日は私のパトロールについてきてくれる?」


 は?


「パトロール?」


* * * 


 中階層の大きなテラスへ日没前に来るよう、あの女に言われた僕。周りの人は光栄だのうらやましいだの言っていたが、口うるさいあいつと二人きりの何が良いんだか、僕にはさっぱり。

 言われて場所で待っていたのは、毛並みの整ったトナカイ二匹と、ぴっかぴかの黄色いそり。そのそりに寄りかかっているのが、僕をここへ呼び出した張本人。


「やっと来た。早速だけど出発するよ、新人君」


 さあ乗った乗ったと女に促され、僕はそりの後ろにある席に腰かけた。その後すぐに「しゅっぱつしんこーう!」と女が声をあげ、トナカイを操るひもを引っ張る。

 トナカイはひもを合図に走り出した。そりはトナカイにひかれ、ただただ真っ直ぐ進んでいく。

 それはいいんだが、このままじゃあ――。


「よーし飛べー!」


 ひょい、と柵を越えたトナカイ二匹。だがきれいに弧を描いてまっ逆さま、ってうそだろ!?


「おちてるじゃねーかよおおおおおおおおお!」


 やべぇよこれ地面にぶつかるパターンじゃねーかあああ――!



「ふっふっふー。スリル満点でしょ?」


 ――ん? 何ともない。てかこのそり、悠々と宙を駆けてやがる。

 女は「面白いことしたくて」と笑顔で言ってきた。じ、冗談よしてくれよ。

 女は鼻歌まじりにそりを走らせていたが、僕は頭をかきむしるしかなかった。


* * * 


 いくらか僕の気持ちが落ち着いたとき、そりはある建物の上に停められた。長方形の窓が向かいに見える。女はある便箋を手にしてつぶやいた。


「あそこがこの手紙の出所ね」

「手紙?」

「病気が治りますように、って書いてあるの。でもなぁ」


 でも?


「ほら。明らかにあれ若い男女でしょ? 私カップル嫌いじゃない?」


 いやそれ初耳。つかカップルって。


「あ。君凡人並みの視力だから分からないのか。この双眼鏡使って」


 ……確かに僕の目じゃ窓の先の光景分かんなかったけども。


 とりあえず、女に渡された双眼鏡で窓の先を見る。

 白いベッドに横たわる女性の手をとる男性がみえた。側にある画面に表示された数字は、決して大きいものではない。女性の命が燃え尽きるのは時間の問題か。


「サンタさんはあくまで“子ども”の願いを叶える存在。ラブラブしているカップルのためにいるわけじゃない」

「じゃあ、助けないというのか」

「当然」


 そりゃあんまりだ。カップルだからってだけで……。


「お前分かってんのか?」

「 ? 」

「子どもが生まれるのは、一人の女と一人の男が出遭って愛し合うからだって。 愛だってキセキの産物だろ? サンタならそれくらい分かって――」

「でもリア充きらーい」


 どういう理屈だよ。


「じゃあその手紙、もし子どもが心から願って書いたものだとしたら?」

「子ども!」


 女は目を見開く。

 窓越しにみえた光景は、ベッドから生えるように伸びてきた小さな手が、女性――母親――のか弱い手に乗るというもの。


「ああ、なんて可愛らしいの! なんてけなげなの!」

「ほらみろ。あれでも無視するのか?」

「おかしいなー。普段なら見逃さないのになーあれー?」


 まあいいや、と口にした女は、両手を握り合わせて目をふせた。ただそれだけのことなのだが。


「雰囲気が、変わっ、た?」


 澄んだ夜空に浮かぶ月のような光が、女を包んでいた。


「神さま」


 この言葉を合図に光は一瞬にして空気を押しのけた! 目先の建物も乗っていたそりも音ですらも光で掻き消え、空気が研ぎ澄まされてゆく。ここにはもう、僕と、窓の先にいる家族とこの女だけがいるようにしか感じられない。


「その慈悲をもってして、か弱い命を暗黒から救いたまえ――」


 女からわたげのようなやわい光が溢れ出る。その光は、両手がほどけると同時に向かいの窓に向かって母親に流れていった。




「……う、ん――」

「ママ!」

「よかった。やっと、気が付いてくれたね――」

「私、一体どうして」

「悪い夢を見ていたのさ。もう大丈夫」

「お願い、かなえてくれたんだ――サンタさん! ありがとう!!」




 光が治まり、母親は目を覚ました。命の鼓動がまた始まった。

 全てはあの、僕の前にいる“サンタクロース”のおかげだ。


「よーし一件落着ー。まだまだパトロール続けるよー新人君」


 サンタクロースの“右腕”――こう呼ばれる女性が、トナカイを操りながら僕に声をかけてくる。

 僕は上の空であった。紺色の空を飾る光と、町を包む電気の光。どちらもきれいであるのは間違いないのだが、それらに勝る輝きが、僕の脳裏に焼きついて離れない。


「あれ。新人君?」

「あ。あの」

「なーにー?」

「あなたのように、僕もなれますか」

「うーん――」


 心の持ちようかな。

 なろうと思えばなれる生きものだからね、人は!


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