家族

 凛子とサナが言葉に言い表せないような、暖かい気持ちで見つめあっていると、隣の礼拝堂の引き戸が開き、心菜が顔を出した。

「ねえねえ、まーぜーて! 友情ならみんなでしよーよ! サナさん初めまして! アタシ、ココ!」

「あ、志穂です。よろしくお願いします」

「私はモカ。ね、しゅくる好きなんでしょ?」

「あ、あの、俺も?」

 志穂と萌花も次に顔を出して、最後に結人がおずおずと出てきた。

 サナがきょとんとしていたので、凛子は慌てて三人について説明しようと口を開いた。

「サナ、あのね、この子たちは……」

 しかし、心菜の大声がそれを遮った。

「あーあ! サナさん、凛子と結人の娘じゃなかったか~! 残念!」

「はあっ?」

「へっ?」

 心菜の発言に、サナと結人がそれぞれ同時に声を上げた。

 凛子はうろたえたが、心菜は全く悪びれた風もなく答える。

「サナさん、未来から来た未来人かと思ってたんだよ~。予言とかするからさあ。将来、凛子と結人が結婚して、生まれた子がサナさんで、過去に飛んできて両親をくっつけようとしてる……みたいなさ!」

「もう、ココだけでしょ、そんなこと言ってたの!」

 凛子は思いきり動揺して、両手をぶんぶんふりながら反論すると、サナがぽかんとした顔のまま、パンッ! と手を叩いた。

「いーね、それ!」

「ぅえっ?」

「はぁあ?」

 サナの言葉に、今度は結人と凛子が裏返った声を出した。

「だって、結人と凛子が結婚したら、凛子はアタシの義妹になるんでしょ? サイコーだよ、それ! 二人、くっついちゃいなよ!」

「ハナシが解るじゃん、サナちーん!」

 サナと心菜がパーンと軽快にハイタッチをした。

「いえ、違うでしょ。ココちゃんたら」

「まあ、それはそれでいいんじゃない?」

 呆れながら志穂と萌花が言った。

 凛子と結人は顔を真っ赤にして「イヤイヤイヤイヤイヤ!」と必死に頭を振る。

「小姑公認じゃん」

「お・ね・え・さ・まだよ!!」

 伸びをしながら言った萌花の方を、バッと振り向いてサナが言った。

「楽しい家族になりそうだね」

 志穂が爽やかに言った。

「志穂、もうめんどうなだけでしょう?」

 萌花に突っ込まれても、志穂は変わらずにっこり笑ったまま、聞こえないフリをした。


「佐南」

 子供達の黄色い声の中に、低音が割り込んだ。

 声は、開いた引き戸のところに立っていた、萌花と志穂の後ろから響いた。

 サナの顔からサッと表情が消えた。

 凛子がサナの目線を追うと、その先には結人の義父――サナの実父が立っていた。


 志穂と萌花が両脇に退いて道を開けた。

 礼拝堂から足を踏み出した父親は、二人の子供の前に歩み出た。

「佐南」

 もう一度、目を見つめて名前を呼ばれたサナは、無表情のまま返事もしなかった。

 サナと義父から目を反らして一歩下がろうとした結人の手首を、サナが振り向きもせずに掴んだ。

 結人が驚いて息をのみ、目を見開いてサナの後頭部を見つめた。

 サナは、父をまっすぐ見つめたまま、結人の手を引いて、凛子とは反対側の自分のすぐ隣に立たせた。

 そして、もう片方の手で、凛子の服の裾をそっと掴んで、すうっと息を吸った。

「家族の話なら、姉弟で聞く」

 サナはわずかに震える声で、父に向かって言った。

 凛子はサナの手を、両手できゅっと握った。小さく震えていたサナの手が、凛子の手を握りかえす。

 二人の子供を前にした父親は、今にも泣きそうな顔をしていた。

 何か言葉を用意してきたのだろうか。

 シスターから、告解室で何か教わったのだろうか。

 悩んで考えて、心の準備をしたのだろうか。

 そうだとしてもきっと、今その全てがサナによって砕かれたのだろう。

 少しの間、言葉を失っていた父親は、かすれた声をようやく絞り出して「ごめんな」と言って、ぽつりと涙を落とした。

「ごめんな。佐南。結人。私はなんにも解ってなかった。全然、父さんになれてなかったな」

 サナと結人は、その涙を見てわずかに驚いたような動きをした。

 サナは凛子の手をぎゅっと握って、きっと父親を見上げた。

「アタシ、父さんの再婚に反対はしない。結人が弟になるのだって全然構わない。けど、アタシにはアタシの世界があるの。ずっとじーちゃんとばーちゃんとあっちで育ってきたんだよ。そりゃ、友達なんかはロクにいないけど。アタシの家はじーちゃんとばーちゃんのいるとこだし、バイトだけど、あっちで仕事もしてる。父さんが再婚するからって、急にこっちに来いって言われたって、すぐ引っ越すなんて、もう出来ないんだよ。ちっちゃい頃とはもう、違うんだよ」

 サナは一気に言うと、震える息をはぁーっと吐き出した。

「わかった」

 サナの父親は、ひび割れた声でそう言った。

「じーちゃんとばーちゃんとも相談して、ゆっくり準備させて」

 サナはそう言うと、凛子の方を見た。

「凛子がいるなら、こっちに住むのも悪くないし」

「サナ」

 二人は、にっこりと微笑んだ。


「まあまあ、サナさん、いい笑顔になったわね」

 入り口の方から、シスターがにこにこ笑ってそう言った。手にはノートを一冊持っていた。

「シスター、お世話になりました。いろいろありがとう」

 サナがお礼を言うと、父や結人もぺこりと頭を下げた。

「私は何もしていませんよ。サナさんが自分で道を切り開いたのですわ」

 シスターは優しくそう言うと、後半にしおりが挟んであるノートをサナに手渡した。

「これは?」

 ノートの表紙には、十年以上前の年月日が書かれていた。受け取って小首をかしげるサナに、シスターはにっこり笑って答える。

「これはね、ここに来てくださった方々が一言書いていかれるノートなんです。ようやく見つけたわあ。サナさんが来た時にお話を聞いてから、ずっと探していたの。中を見てください。その、しおりがはさんであるところ」

 サナは凛子の方を一度見た。不思議そうな顔をしていた。凛子は、サナの目を見て一度頷いた。サナは、凛子に後押しされたように、そっとノートを開いた。

 しばらく、書かれている文字を読んでいたが、サナが突然、大きく目を見開いた。

「これ……」

 サナは、頬を上気させてノートを凛子に見せた。

 凛子はドキドキしながら、サナが指差すところを読んだ。


 ――佐南が、ひとりぼっちになりませんように。たくさんのお友だちと、大切な人たちに出会って、幸せなおばあちゃんになれますように。いつまでも、佐南を見守っていられますように。それから、お父さんも、寂しい思いをしませんように。星宮みなみ――


「これ……」

「みなみは、お母さんの名前」

 二人の様子を見て、気付いた父がはっと息をのんでサナに近づいた。サナは、優しく微笑んで、ノートを父に渡した。

 ノートを読んだ父は、声を上げて泣き崩れた。

 その父の手からそっとノートを受け取って、サナが結人に渡した。結人の後ろに、心菜と萌花と志穂がならんでのぞきこむ。


「マリアさま、奇跡に感謝いたします」

 シスターがマリア様に向かって祈りを捧げた。


 テラスを包んだ陽光は、生まれたての家族と、仲間を暖かく包んだ。

 まるで、母親が赤子を抱き締めるように、優しく、暖かく。

 窓の外には、虹がかかっていた。

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