雨と夜空とブランコ3

 五歳の凛子は、心細かった。

 だけど、お父さんとお母さんが自分の話を聞いてくれないから、帰りたくなかった。


 ごめんね凛子って言って、ぎゅってしてくれるまでは。


 凛子はくちびるをとがらせて、地面をけってブランコを揺らした。


「ねえ。だいじょうぶ?」


 突然、真横からかけられた声に、凛子はびっくりして振り向いた。

 だってもう夜なのだ。周りは真っ暗で、自分しかいないんだと、そう思っていたのだ。

 凛子の隣には、ブランコの横の街灯に照らされて、自分と同い年くらいの女の子が立っていた。

 その子は、背中までのびた長い髪で、真っ黒なワンピースを着ていた。

「もうすぐ、まっくらになっちゃうよ。ひとりでなにしてるの?」

 そう言いながら、女の子は隣のブランコに座った。

 いつもの凛子なら、すぐに逃げ出したかもしれない。

「パパとママ、けんかしてるの」

 どうしてか、凛子は答えていた。

 その子の笑顔が、とっても優しそうだったからかもしれない。

「やめてっていったのに、りんこのいうこと、きいてくれないの」

 しょんぼりとして凛子がそう言うと、女の子は「そっかあ」と呟いてブランコから降りた。凛子の前に立ち、そっと、遠慮がちに凛子を抱き締めた。

 凛子は驚いたが、なぜか、涙がどんどん溢れてきて、気付けば女の子に抱き締められたまま、大声を上げて泣いていた。

 いつのまにか、女の子も一緒に泣いている。


「ねえ、だいじょうぶだよ」

 ひび割れた声がした。

 女の子は涙目でにっこり笑うと「すぐ仲直りしてくれるよ」と言った。

「ほんと?」

「ほんとだよ」

 ひくひくと、しゃくりあげながら聞き返す凛子に、女の子は小指をたてて差し出した。


「パパとママが仲直りしたら、ここでいっしょに遊ぼうよ」

「うん」

 凛子はドキドキしながら、自分の小指を女の子の小指に絡ませた。

「ゆびきりはね、魔法なんだよ。約束を、絶対に忘れないっていう魔法」

「うん!」


 直後――


「凛子!!」

 二人の間を切り裂くように、凛子の背後から母親の声が響く。

「――!!」

 ほとんど同時に、女の子の向こう側から大人の男の人が何かを叫んだ。

「パパ」

 女の子がその人の方を振り向いた。

「ねえ、わたし……」

 突然鳴り響いた雷の閃光と、叩きつける雨の轟音にかき消された女の子の言葉。


 ――ねえ、わたし、サナっていうの。わすれないでね。



「それが、サナさんだったってこと?」

 心配そうに凛子の顔を覗き込んで、志穂が言った。

「うん」

「しかし、スゲーなサナさん」

 萌花がそう呟くと、心菜が大袈裟に腕をふって「ほんそれ!」と叫んだ。

「五歳とかソコラっしょ。自分のママが死んじゃって、誰より泣きてー時に、他人をなぐさめるとか、大人すぎだわ~」

 心菜は大仰に頷きながら言った。

「大人だってできねえだろうな」

 萌花が難しい顔をして言った。

「サナ……私、いっつもサナに助けられてばっかりだ」

 凛子の弱々しい声を聞いて、志穂は「うーん」と唸った。

「サナさん、リンちゃんのこと、その時の子だって気付いて声をかけたのかな?」

「わかんない」

 凛子はそう答えた。

 サナは、そんな話は全くしなかった。

 覚えていたけど黙っていたのか、サナも忘れていて、自分たちが出会ったのは偶然だったのか。

「サナに会って、聞きたい」

 凛子は涙をふいて顔を上げた。

「だな!」

 萌花が腕を組んで仁王立ちした。

「絶対見つけるぞー!

 おーーー! 」

 心菜が一人で腕を振り上げた。

「そうだね!」

 志穂は、なんだか嬉しそうだった。

「じゃー、LANE友達なろーぜ、転校生」

 萌花が突然結人に声をかけた。

 結人は思い詰めたような顔で足元を見つめていた。

「ぅおーーいっ」

 心菜が呼び掛けると、ハッと顔を上げた。

「あ、え、何? ごめん」

「ハイ、LANE友達なって。凛子と」

 心菜が、まるで教師のように、偉そうに言った。

「へ?」

「は? ああはい」

 うろたえる凛子をよそに、結人はスマホを取り出した。

「え? 何で私だけ?」

「いいから! ジョーホーキョーユーだよ!」

 心菜はえっへんと胸を張った。

 確かに、サナに会いたいのは凛子なわけで、凛子と結人は情報を共有すべきだろう。

 だが、イマイチ腑に落ちない。

 凛子と結人がLANEの友達登録をしていると、結人以外の全員のスマホから、一斉に通知音がした。

「おっ!」

 萌花がいち早く反応する。

 LIOからのメッセージだった。

「ん?」

 萌花は、画面を見るなり眉根を寄せて、困ったような顔になった。

 凛子達も慌てて自分のスマホの画面を見る。

 凛子は、結人にも見えるようにスマホを持って、メッセージを読み上げた。

「えっと。そちらの警察署のホームページ等を調べましたが、行方不明者の情報提供を求めるコーナーには、佐南さんは載っていませんでした。未成年ということに配慮されて掲載を控えているということもあるかもしれないと思ったので、ちょっと危険ですが、知人から行方不明と聞いたので情報提供をしたいと電話をかけてみました……って、ええええええっ」

 LIOの行動力に凛子が驚いていると、結人が凛子のスマホを、凛子の手ごと掴んだ。

「ええっ!」

「わあ」

 驚く凛子と、何故か嬉しそうな志穂を尻目に、結人は続きを、震える声で読み上げた。

「その子は見つかって、捜索願いは取り下げられましたと、言われました……?」

 結人の声を聞いて、心菜が「おっ! みっかったの?」と両腕を上げて言った。

「イヤ待て。オカシイでしょ」

 萌花の強ばった声に、心菜が「ホエ?」とゆるい声を返す。

「家出人捜索願が出されたその日のうちに、おじいさんからみつかったと連絡があったと言われました。これはどういうことですか? って書いてあるよ」

 志穂も困ったような声で言った。

「そんな……」

 結人はすっかり困惑してしまっているようだった。

「昨日だって、あの人、ケンカしてたんだ。佐南はまだ帰ってないんだって。あの人イライラして、部屋に閉じこもって、ずっとじーさんに電話してて。母さん泣いてたんだよ。なのに……」


 結人はうなだれた様子でスマホを凛子に返した。

 凛子は、結人の泣き出しそうな横顔から、目を反らせなかった。

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