初七日

 ――だいじょうぶだよ

 ――ゆびきりはね、まほうなんだよ

 ――ぜったいまたあえるっていう、まほうなんだよ



 ――だから、だいじょうぶだよ



 夢の中で閃光が走り、凛子はハッと目を覚ました。

 カーテンの隙間から、眩しい朝日が射し込んでいる。

 ――また、あの夢?

 何度も見ている気がするのに、夢の中に出てきた幼い声の主の顔を、どうしても思い出せない。凛子はなんだかスッキリしない気分だった。

 しかし、今日は祖母の初七日の法要である。起きなくては。

 凛子は身を起こして、枕元のスマホを取り出して充電器を外し、LANEのアイコンをタップした。

 やはり、サナへのメッセージに既読マークはついていなかった。

 昨夜、LIOからいろいろとサナのことを聞かれ、知っている限りを答えた。

 しゅくるが好きなこと。多分年上なこと。通信制高校に通っていること。あのオバケ屋敷が自分の家だと言っていたこと。

 ロックな服装。マイペースで自信があって、振り回されても許しちゃうくらいカッコイイってこと。

 聞かれるままに答えたけど、知らないことも多く、自分はサナの何を知った気になっていたのだろうと思い、酷く落ち込んだ。

 それに、昨日の帰り道の、志穂との会話も心にトゲを残していた。

 溜め息をつきながら階段を降りてリビングへ向かう。

 リビングでは、母がいろいろと仕度を進めていた。

 初七日には、主にご近所の人たちと、ごく近しい親族の代表だけが出席する。

 軽食やお茶でもてなすため、母はいろいろと準備が大変な様子だった。

『何か食べたり飲んだりする前に、まずは仏壇を拝みなさい』というのが、祖母の教えだった。

 凛子は母に「おはよう」を言うと、仏間に向かった。

 いつもの仏壇の横に、部屋のほとんどを占拠する大きな祭壇が組まれ、祖母の遺骨と遺影を、白木やお供え物、ろうそくの形をした電飾や、くるくる回る灯籠が囲んでいる。

 自分の身長より高い位置にある遺影を、お焼香の香炉の前に置かれた座布団に座って見上げる。威厳のある祖母の顔を見ていると、矮小な自分が情けなく、なんだか祖母に申し訳ない気持ちになった。

 そっと大きなろうそくに火を入れて、お線香とお焼香を焚いて、いつもより大きな鈴をそっと叩き、木魚を三回ぽくぽくぽくと鳴らして、手を合わせる。

 ――おばあちゃん。

 心の中で何か呟きたかったが、何も言葉が浮かんでこなかった。

 目を開けて手を下ろし、祖母の遺影をもう一度見上げると、何だか優しく微笑んでくれているように見えて、少しだけホッとした。少しだけ、涙が出てきた。

「おばあちゃん」

 ボソリと呟いて一度溜め息をついてから立ち上がると、入れ違いに二つ年上の姉が入ってきた。

「りんちゃん早いね。おはよー」

 そう言うと、姉は凛子と同じように祖母に手を合わせて拝んだ。

 ふと、姉ならサナを知っているかもしれないと思った。

 姉は中学の頃から熱心に部活動をしており、社交的で、違う高校の友人もいたからだ。

 もしかしたら、姉と同い年かもしれないし。


「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんの学年にさ、中学のときにサナってコ、いなかった? 違う中学でもいいんだけど」

「ん? サナ?」

 姉はきょとんとして振り向いた。

「なんでそんなこと聞くの?」

「えっ? えっと……」

 凛子は言葉に詰まった。こんな風に返されるとは思っていなかった。

「あの、友達が、そのサナって子と仲良くなったらしいんだけど、それで、知ってる? って聞かれて、その…」

 しどろもどろに答える凛子に、姉は眠そうな表情で「ふーん」と答えると、立ち上がって祭壇から離れようとして「ああっ!」と急に声を上げた。

「小学校にいたかも」

「へっ?」

 小学校なら凛子も同じ学校に通っている。自分が気付かなかっただけで、同じ小学校に通っていたのだろうか。

「あのね、一コ下。一年生で転校してった子がいてさ」

「転校?」

「うん、アンタが入ってくる前に転校しちゃったの。あたしが二年生の時。ちょっと変わった名前の漢字だったから覚えててさ」

「漢字? どんな?」

「サの字は忘れちゃったんだけど、南って書いてナって読むの。当時の私には読めない難しい名前だなあって思えたワケ。でも、その程度しか覚えてないや」

 ごめんねと軽く言いながら、あくびをして姉は部屋を出ていった。

 凛子は大急ぎで自室へ戻ると、スマホを手に取りLANEでLIOに『サナの名前の漢字、ナの字が南かも。あと一コ上で、小学校一年生で転校した子かもって』とメッセージを送信した。

 すぐに既読マークがつき、『了解しました。情報ありがとうございます』と返信がきた。

 凛子の胸は、まだドキドキしていた。

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