第28話美少女に何て呼ばれたい?
部屋の窓に何かが当たる音で目が覚めた。時刻は午前6時45分。布団に身を包みながら電気をつけて、窓の外に目を向ける。すると、暗い雨雲とそこからぽつりぽつりと雨粒が落ちてきている様子が目に映る。
嵐の予感…。
そんな意味深な発言をしたところで、電気をオフ。
登校する前に雨降ると、学校行きたくなくなるんだよねー。うん、今日はサボるしかない。そう決めた俺は行動が早い。布団にくるまったまま愛しのベッドにダイブ。二度寝の準備は完璧だ。おやすみー。
とか思っていると、スマホが通知音を鳴らす。誰だよこんな時間に?スマホの画面には、「神崎藍」の文字。
ベッドから飛び起き、一先ず正座する。好きな子からのチャットに胸を踊らせない男がいるだろうか?いやいるわけがない。
記念すべき最初のチャットは「おはよう、起きてる?」的な感じかな?たはーっ、それじゃ、まるで付き合いたてのカップルみたいじゃないか。さてさて、内容は何かな?何かな?
神崎:今日から付き合ってあげるんだから、ちゃんと登校しなさいよねっ!雨だからサボりとかはナシよ!
うん。文面だけ見ると、昨日両思いを確かめあった、出来立てホヤホヤのカップルみたいにしか思えないけど、『付き合う』のニュアンスの違いが分かる俺としてはもやもやっとする気分。
『(恋人として)付き合う』じゃなくて、『(神崎が五木の前でありのままの自分を出せるように練習するのに)付き合う』だもんな。しかも、付き合ってあげるのは、神崎お前ではなく俺の方なんだが。
けどまぁ、神崎とチャットができるようになっただけでもかなりの進歩だ、と自分に言い聞かせて返信を送る。
俺 :了解。ってかサボりたいって良く分かったな。もしかして神崎もそんなこと思ってんのか?
それに対する返信はすぐに来た。神崎も返信が早い方らしい。
神崎:当り前じゃないっ!雨の日は家でゴロゴロするに限るわ( `ー´)ノでも、学校でやることがあるから仕方なく行くのよ、仕方なくね
神崎って結構残念な子なのかもしれない、という失礼な想像が頭を過ったが、俺と神崎は通じ合っていることが再確認できたのだから満足ってことにしよう。ってか、雨の日は誰でもさぼりたいって思うわな。その後、数回チャットをしてから、じゃあまた放課後、という話になってチャットが切れた。
神崎と約束した以上は学校に行かねばならないので、どうにか布団から出て登校準備を済ませる。家を出ると、ねっとりした湿気がお出迎え。うわぁ、この時点でもう帰りてぇ。
残念ながらそうもいかないので、ビニール傘をさして落ちてくる雫をはじきながら、弥生との待ち合わせ場所に向かう。水たまりを避けながらスタスタ歩いていると、またもスマホに通知がくる。今度は弥生からだった。
弥生:ピーちゃん、ごめん。風邪ひいちゃったから今日は学校お休みするねぇ(>_<)
俺 :大丈夫か?
弥生:うん、大丈夫だと思うけど、ちょっと目が回るかなぁ
俺 :お大事にな。放課後見舞いに行くよ
弥生:それは悪いよぉー。ピーちゃんに風邪が移ったら大変だしぃ
俺 :ちょっと寄るだけだから、問題ないだろ?
弥生:そう?じゃあお言葉に甘えちゃおうかなーありがとぉ待ってるねぇ(#^^#)
チャットで顔文字打つぐらいのエネルギーはあるみたいだが、ちょっと心配だからな。弥生が好きなものは、洋梨だっけか?寄る前に買ってこう。
そしたら今日は1人で登校か。わりかし単独行動が好きな俺ではあるが、普段弥生と一緒に登校してたせいか、ちょっぴり寂しかったりもする。
トボトボと学校に向かって歩く途中、公園に差し掛かる。そこで、見知った人物を確認。亜麻色の髪をボブティにしている少女は、黒を基調とした桜模様の傘をさして佇んでいた。
少女は別世界の住人なのではないか、そんなことを思ってしまうほど浮世離れした美しさがにじみ出ていた。少しの間その幻想的な空間に目を奪われていると、その空間を生み出している本人が俺に気付いたようで近寄ってくる。
意識を取り戻した俺は、向かってくる少女こと五木に話しかける。
「お、おはよう、五木」
すると、五木は驚いた表情を見せた。
「ん?どうしたんだ?」
「申し訳ありません。どちらさまでしょうか?」
言いながら、ぷくくと含み笑いをする五木。こいつ絶対分かって言ってるだろ?ようし、そっちがそのつもりなら、付き合ってやろうじゃないか。
「俺だよ俺」
「あらあら、いかにも詐欺みたいな口ぶりですね。通報した方が宜しいでしょうか?」
「ちょっと待とうか。笑みを浮かべながらスマホを取り出そうとするな。ピリオドだよ」
「ピリオド?…あ、私聞いたことありますわ。確か、最近見つけたおもちゃ…いえおもちゃですね」
「おい、今言い直そうとしたよな?どうしてその努力を諦めた?!」
「だってお気に入りのおもちゃですもの」
そう言って、可憐な笑顔を向ける五木。こんな表情で微笑む美少女のお気に入りのおもちゃになれるのなら、光栄なことなんじゃないか?うん、僕おもちゃになる!
いや落ち着け俺。クールになろうぜ。ステイクール。危うく悪魔に魅入られるところだった。ふー。深呼吸。
「いや、おもちゃになったつもりはねぇ」
「それは残念。さて、冗談はこれくらいにしておいて、おはようございます」
挨拶するまでのこの下りを楽しんでしまった自分がニクイ。
「それにしても、五木は何でこんなところに突っ立っていたんだ?」
疑問に思ったことを五木にぶつける。
「あなたのことを待っていたんですよ」
え?誰を待っていたって?頭が五木の言葉を理解できない。
「ゴメン、何言っているか分からない」
「あらあら、これが俗に言う変態鈍感難聴系主人公というなのですね」
「そんな主人公になった覚えはないぞ」
ため息をつきながら、やれやれとジェスチャーをする五木。イラッ。でも、その怒りは五木の発言で拭い去られた。
「健太さんを待っていたんです。ご一緒しても?」
美少女に初めて名前呼びされた瞬間だった。
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