第11話女王様の罵りです

天使なる五木から飛び出した発言に、俺の思考は停止していた。思考開始まで暫しの時間を必要としていたからだ。


そんなフリーズした俺を見て、ぷくくと機嫌を良くしたらしい五木は言葉を継ぐ。


「そういえば、私のハンカチを拾って頂けたんでしたっけ?」


首を傾げた美少女からの問いに、俺の思考はようやく再起動を始めた。とりあえず頷きだけはすることができた。


「そうだったんですか。私としたことが不注意で困りますわ」


そう言って、耳にかかった髪をかきあげる。誰もがする仕草なのに、なぜこの少女がやるとこんなにも妖艶なのであろう?とか不覚にも考えてしまった。お、なんか思考力が回復してきたぞ。やっぱり、さっき聞こえた悪魔の囁きは幻だったのかぁー。きっと、そうに違いない。


「汚れてしまったでしょう?」


色白の細い手を俺の手元に近付ける。ああ、このまま手とか握られてしまうのかな?天使の手ってすべすべしているんだろうなぁー。俺は自身の顔のほてりが気になってきたところで、彼女は言葉を付け足す。


「かわいそうな、私のハンカチ」


「っておい、俺の方じゃないんかい」


 前言撤回、やっぱこいつ悪魔だわ。俺のときめき返してほしい。初対面にも関わらず、手振り付きで突っ込んでしまった。


 五木は、笑い声を必死で抑えているようだった。左手を口元に持って行って、慎ましさを演じているが、そんな仕草にもうだまされてやるものか。


「あらあら、鯉のように口をパクパクしていてもあなたにあげる餌はありませんよ」


「いるかそんなもん。ハンカチ拾っただけでえらい言われようだな。この性悪女」


「殿方にそのようなことを言われたのは初めてですわ。初めてを記念して、ご褒美として、私のハンカチを差し上げます」


小声で、もう使えませんし、とか付け加えやがった。このアマー。許すまじ。


「俺が性悪女のハンカチいるわけねぇだろ」


亜麻色の髪の少女は、一瞬きょとんとした表情を見せた。俺の発言がガツンと応えたのだろう。いい気味だ。


「でも、先ほど私のハンカチのにおいかいでいましたよね?」


「・・・・・」


はい、かいでいました。いい匂いとか思ってました。あれ?なんか話の流れ変わったな。


 いやらしく口元をUの字に変えて、俺の耳元に桃色の唇を五木は近づけてる。彼女の髪が俺の肩にぶつかる。柑橘系のいい香りが鼻孔をくすぐる。


「私のハンカチで欲情されていたのでしょう?」


彼女の吐息が耳から俺の全身にいきわたる。俺は朦朧としてきた意識のなか、なんとか否定することに成功。


「・・んなわけ、、、あるか」


「あらあら、うそつきはあまり感心しませんわ。正直におっしゃって頂けないのなら、私にも考えがあります」


「な、何をつもりだ?」


「そうですねー、例えば、あなたが私の匂いを嗅いで歓喜する変態だということを、私の友達にお伝えするとかですかね?」


「そんなことで、、、脅してるつもり、、、かよ」


「殿方はご存知ないかもしれないですが、女子の連絡網を侮らない方が身のためですわ。一人に伝えただけで、一日も経たずしてあなたが変態だということを学校の全員が知ることになります」


五木は、恐ろしい発言をしながらも、華奢な左手を俺の首筋に当てて撫でてくる。ゾクゾクするからやめて。俺の精神は悪魔に魅入られてしまった。


「はい、俺は五木のハンカチで欲情していました。とてもフローラルでした」


「ほーんとうに気持ち悪いオスですね。一度、生まれ変わった方が世のためかと」


いまや、そんなS気満載の言葉さえ快感に変わっていた。


「ピーちゃん、佐奈ちゃんお待たせぇー」


突如聞こえた弥生の声に、はっとする俺。何を口走っていたのか分からない。数分の記憶が朧気だ。


帰ってきた弥生に、おかえりなさい、と五木が発する。


「ピーちゃんと佐奈ちゃん、すこしは仲良くなれたかなぁ?」


弥生の言葉に、肯定を返す五木。あれ?俺と五木って何の話していたんだっけ?


「良かったぁ」


「はい、私は他の方と待ち合わせをしておりますので、これで失礼致しますわ。ご機嫌よう」


五木は、弥生に軽く会釈すると凛とした姿で立ち去る。そんな五木を俺はぼーと見つめたいた。すると、弥生が、いつもより低い声でつぶやく。


「・・・・何でピーちゃんが佐奈ちゃんのハンカチ持っているの?」


「え?」


弥生の視線の先を辿っていくと、俺の手のひらには女の子用のハンカチが握られていた。それを見て先ほどまでの記憶を思い出した俺は、五木の本性を弥生に告げようとする。


「あの五木って女超こわいな、だってさ、、、」


「ピーちゃん、今は私の質問に答える時間だよ?」


弥生さんプチデビルスイッチ入っちゃってます。


「はい、すいません。えーと、、、」


女の子のハンカチをかいで欲情していたことを、その持ち主に告白するように誘導されて、言ったら言ったで罵られて快感を感じていたため返し忘れました、なんて言えるわけねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。


 沈黙を怪しんだ小悪魔もとい弥生さんは、何か勘違いした様子。


「佐奈ちゃんとそんなに仲良くなったなら、これからは佐奈ちゃんと一緒に登校すればいいんじゃないかなぁ?」


「いやいや、五木と俺は別に仲良くなん、、、」


「ピーちゃんなんてもう知らないっ」


ぷりぷりとお怒りの弥生は独りで学校の方へ走って行ってしまった。俺は誤解を解くために、ひとまずピンク色のハンカチをポケットに詰め込んで、弥生を追いかけた。


 最終的に、弥生の誤解を解くのに登校時間まるまるかかった。ついでに、放課後、駅前のカフェでおごる約束までされた。女子ってほんとこわい。


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