【閑話】キノタンの冒険


 ノコ、初めましてノコ。

 我が名はキノタン。

 毒植物ひしめく森に生まれし、モゴ族の戦士ノコ。


 モゴ族とは、俗に《キノコ》と呼ばれる植物が、周囲の魔素を体に取り込んで魔物化した種族であり、その姿はキノコそのものに見えるそうノコ。

 しかしながら、我らは知恵のある立派な生き物であり、決してキノコなどではないのだノコ。


 体の部位は大きく二つに分かれているノコ。

 獣族に例えて説明すると、頭に当たる部分を傘と呼び、体に当たる部分を軸と呼ぶノコ。

 傘の表面には二つの目があり、裏面には口があるノコ。

 軸には小さな手足が生えていて、基本的に二足歩行で生きているノコ。

 姿形は様々で、色の白い者がいれば茶色の者もいるし、紫や緑色の者もいるノコ。

 大きさは、虫のように小さい者もいれば、岩のように大きい者もいるノコ。


 その中でも我の姿形は殊更珍しく、同じ姿の者は故郷の里でも見た事がないノコ。

 傘はチーゴの実のように赤く、白く丸い小さな斑点が無数にあって、なかなかに食欲を唆る色合いだノコ。

 比較的体は小さい方ノコが、心は誰にも負けないくらい大きいノコ。


 ……しかしながら、何も知らない皆様には、一番最初に御注意を申し上げなければならないノコ。


 モゴ族は、その体に致死性の毒を持っているノコ。

 口にしたが最後、手足が痺れ、目の前が暗くなり……、口から泡を吐きながら意識を失ってしまうノコ。

 そうならない為にも、何処かでモゴ族を見かけても、食べようなどとは思わない事をオススメするノコ。






「美味そうなキノコだなぁ~」


 ノココッ!?

 言ったそばから、敵襲敵襲!!


 我が一人森を歩いていると、背後の茂みが音を立て、とてつもなくデカイ獣が姿を現したノコ!


 身体中を灰色の毛に覆われたそいつはおそらく、この森一帯に生息する泥ネズミ。

 まあるい耳と長い前歯、ピンと伸びた長い髭に鋭い目。

 尻尾はまるで細い芋虫のようにウネウネとしていて気持ち悪いノコ。


「わっ!? 我を食べても美味しくないノコッ!!」


 腰に携えていた金の剣をすかさず抜き出し、我は鼠に向かって構えたノコ。


 この剣は、故郷の里に伝わる伝説の剣。

 この剣を持って、勇者より与えられし使命を果たす事を、モゴ族の戦士である我は課されたノコ。

 そしてその使命を無事に果たした後、この剣を手に、自らの意思で我は旅に出たノコ。

 それなのに……


「キキキキキッ! 美味しくないかどうかは食べれば分かるっ!!」


 泥ネズミは、薄気味悪い笑みを浮かべながらこちらに近付いてくるノコ。


 く……、食われてたまるかノコ!

 我は、真の勇者となる為に旅に出たのノコ!!

 こんな所で、こんな薄汚い小鼠に殺られるわけにはいかないのノコッ!!!


「キキャー!」


 我に向かって飛びかかる泥ネズミ。


「てやぁあー!」


 剣を振るう我。

 勝負は……、一瞬で決したノコ。


「たっ!? 助けてノコォ~!!」


 無残にも、我は捕らえられてしまったノコ。

 構えたはずの剣は何の意味も為さず、虚しく地面に落ちたノコ。

 そして、我の頭は泥ネズミの手にむんずと掴まれてしまったノコ。


 絶体絶命ノコ!?

 せっかく……、せっかく旅に出たばかりなのにっ!!


 ジタバタと、手足を懸命に動かす我。

 しかしながら、泥ネズミはそんな我を見て、ニマニマと笑うだけノコ。


「キキキキ、こいつぁいい。おまえ一匹かぁ? 仲間はいねぇのか?」


 キョロキョロと辺りを見回す泥ネズミ。

 おそらく、我一人ではその腹を満たせぬと考えているのだろうノコ。


 くぅ……、食われてたまるかノコォッ!!!


 我は、決死の策に出たノコ。


「キキャッ!? 何をするっ!?」


 掴まれている傘の裏側から、我は有りっ丈の胞子を振り撒いたノコ。

 ピンク色の小さな胞子は、辺りの空中に広がって、呼吸をしている泥ネズミの鼻へと入り込み……


「キャキャッ!? いっ、痛いっ!?」


 我が胞子を吸い込みし泥ネズミは叫び、鼻を真っ赤にしながら涙を流し始めたノコ。


 モゴ族の胞子は、その小さな粒の一つ一つに、超強力な毒を秘めているノコ。

 撒いた事によって、後日この周辺に我と同じモゴ族が誕生してしまう可能性を孕んではいるが……、命には変えられないノコ!


「おのれ、キノコの分際でぇ~……、今ここで食ってやるぅっ!」


 なっ!? なんだとノコォッ!?


 逆上した泥ネズミは、なりふり構わず口を大きく開けたノコ。


 く、食われてしまうノコ!?

 たすっ、助けてノコォッ!!


 その時我は、脳裏にある事を思い出したノコ。

 我が一人で森を歩いていたわけ、その理由を。

 そして、故郷より共に旅に出し、頼もしい仲間の存在を。

 その者の名は……


「ホーリー!!!」


 我は、あらん限りの声で、友の名を叫んだノコ。

 すると、何処からとも無く、大きな翼の羽ばたきが聞こえて……

 次の瞬間、我の頭は泥ネズミの手から解放され、我の体は宙を舞ったノコ。


「とうっ!」


 華麗に地面に降り立つ我。


「キャキャ!? キャキャキャッ!?」


 泥ネズミは、その首根っこを大きな鉤爪に掴まれて、地面に体を押し付けられてもがいているノコ。

 泥ネズミを捕らえているのは、俗に《フクロウ》と呼ばれる獣が人化した種族、ウルラ族の青年ホーリー。

 何を隠そう、我が旅の友であるノコ。


 ホーリーは、その翼の先にある人の形によく似た手に、巨大な金の剣を握っているノコ。

 我の剣と全く同じ形をしているが、大きさは桁違いノコ。

 その鋭利な切っ先を泥ネズミの首元に当てて、躊躇なく、ホーリーは斬りつけたノコ。


「キ……、ギャアアー!!!」


 断末魔の悲鳴とも取れる声をあげる泥ネズミ。

 辺りに撒き散らされる、黒い液体。

 辺りはシンと静まり返ったノコ。

 そして……


「ははっはぁっ! 今夜の食事をゲットだぜっ!! ありがとう、キノタン☆」


 キラーン☆ という効果音が似合いそうな、いつものキメ顔スマイルをこちらに向けて、ホーリーはそう言ったノコ。






 パチパチパチ


 夜がきたノコ。

 爆ぜる焚き火を前に、並んで座る我とホーリー。

 知らぬ者が目にすれば、ひとところにキノコとフクロウが共にいる事は、奇怪以外の何者でもないであろうノコ。

 しかしながら、我らは共に旅をする仲間であり、友なのノコ。


「いやぁ~……、キノタンのおかげで、久しぶりに肉が食えるよ!」


 満足顔で、泥ネズミの丸焼きを貪るホーリー。


「それは良かったノコね」


 焚き火に近付きすぎると体が焦げてしまうので、気をつけながら話をする我。


「全く……、不便な生き物ノコ。肉も草も食べないといけないなんて……」


 あまりに豪快に、ガツガツと食事を続けるホーリーを横目に、我は思わずそう呟いてしまったノコ。

 嫌な事を言ってしまったとすぐに反省したが、怖い思いをしたので少しは大目に見て欲しいノコ。


「はははっ! 君は水と光だけで生きていけるんだもんね、素晴らしいよっ!」


 ……褒められたのか、貶されたのか、正直分からないノコ。


「明日も頼むよ、囮作戦!」


「ノコッ!? 明日もっ!? ……ちゃんと助けてくれるノコ?」


「当たり前じゃないか! 僕と君は、唯一無二の仲間なんだから☆」


 キラーン☆と、キメ顔スマイルをこちらに向けるホーリー。

 その笑顔はいつ見ても、どことなく胡散臭さが漂っているのだが……


 けれども、ホーリーがお腹いっぱいになれるのなら、別に構わないノコ。

 我とホーリーは、唯一無二の仲間……、友なのだから。

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