★ピタラス諸島第二、コトコ島編★
261:ダーラとダラダラ
トガの月13日、明け方……
「出航~!!!」
船長ザサークの号令と、船が動き出した振動で、俺は目が覚めた。
窓の外は薄暗く、まだ日の出前のようだ。
隣のベッドには、気持ちよさそうにスヤスヤと眠るグレコ。
そして……
グゥ~
「……お腹減ったなぁ」
昨晩から何も食べてない俺は、のっそりと起き上がって、グレコを起こさぬようにと、そろそろと部屋から出た。
船の中は、ところどころに設置されているランプの光で明るいものの、いつもなら感じられない静けさが漂っていて、なんだか不気味だ。
頭上から聞こえてくる足音を聞く限りでは……、どうやら、乗組員以外の者はまだ、みんな夢の中のようだな。
通路をテクテクと歩き、船首側の階段を上って食堂へと向かうと……
「……あら? お早いお目覚めね、モッモちゃん」
薄暗い中、カウンターキッチンに立つダーラが、優しく微笑みかけてくれた。
なぜだかホッとした俺は、にっこりと笑ってカウンター席へと歩いて行く。
……だがしかし、椅子に座るには少々背が足りない。
「あ、ちょっと待ってね」
俺の様子に気付いたダーラが、サッとキッチンから出てきて、俺をひょいと抱えて椅子に座らせてくれた。
……うん、まるで幼児だな。
「あ、ありがとう……」
ちょっぴり複雑な表情で、照れながらお礼を言う。
「お安い御用よ♪ カービィちゃんなんて、いつもなんだから」
なるほど、カービィが……
そうやって、可愛さアピールして、ダーラに取り入ろうって作戦だな、あいつめぇ~。
「何か飲む? それとも、お腹が空いているかしら?」
「あ、うん……。お腹が空いているし、喉も渇いてて……」
「じゃあ、ちょっと早いけど、朝ごはん作っちゃいましょうか? 今日のメニューは、ダーラ特製のミックスサンドと、目覚めの熱々珈琲よ~♪」
「お願いします~」
「はいは~い♪」
そう言うと、ダーラはキッチンに向かって、俺の朝ごはんを作り始めた。
その手際の良さったらもう……、母ちゃん並みだ。
誰もいない食堂って、こんなに広くて静かなんだな~、なんて考えているうちに、ミックスサンドと珈琲が出来上がって……
「はい、召し上がれ♪」
「わぁ! ありがとう!!」
目の前に出された、色んなフルーツが中に入った、とってもカラフルなミックスサンドと、温かな湯気を出す珈琲に、俺は目を輝かせた。
パクパクとミックスサンドを頬張って、熱々珈琲をフーフーしながら一口飲むと、俺の胃袋は、満足したかのようにク~っと鳴った。
「ふふ、本当にお腹が空いていたのね。そういえば……、昨晩の宴には参加していなかったかしら?」
「あ、うん、そうなんだ。えと……、二日酔いが長引いていて……」
「なるほどねぇ~。お酒はほどほどにしないとね?」
「はい……」
すると、タンタンタンと、階段を下りる音が聞こえてきた。
「ダーラ。みんなの分の朝食を頼む。肉盛り盛りでな……、っと、モッモさん。おはよう」
現れたのは、甲板長のイケメンダイル族、緑色の鱗を持つバスクだ。
今日もシュッとしていて、ワニ顔のくせにカッコイイ。
「了解~♪ どう? 今日は出そう??」
「あぁ、イイ感じで時化てきそうだぜ。これなら出そうだな」
「そう。じゃあ、とびっきりのお肉使うわね♪」
「おうよ! 頼んだぜぇ~」
そう言うと、バスクは甲板に戻って行った。
ダーラは、俺を残して食堂から出て、食糧庫へ向かい、中からどでかい肉の塊を持って戻って来た。
匂いから察するに、かなり新鮮な肉だが……
なぜだろうか、大きさがちょうど俺の体と同じくらいだからか、背筋に悪寒を覚える俺。
そうとは知らずに、それをキッチンにドスンと置き、巨大な包丁でザクザクと切り始めるダーラ。
おぉおぉぉ~、まるで俺があそこで調理されているような気分になるぅ~。
「今日はね、ザオ・クナップの狩りをするのよ」
俺の視線に気付いてか、ダーラが話し始めた。
「ザオ・クナップ???」
「そう、ザオ・クナップ。十本の足を持つ、大型の甲殻類でね。この時期だけ、産卵の為に、このピタラス諸島の近海に姿を現すのよ」
ほう? 大型の甲殻類とな??
十本足の甲殻類といえば……、イカか???
「それは……、クラーケン、とは違うの?」
「あはは! クラーケンはさすがに、いくらザサークでも狩れないでしょうね。確かに、姿形は似ているかも知れないけれど、ザオ・クナップはもっと小さい生き物よ。……とはいっても、この船の半分くらいの大きさはゆうに越えている思うけれど」
ひえぇ!? もうそれ、立派なクラーケンではっ!??
「そそ、それを……、狩るの? え、釣るって事??」
「ん~、釣りではないわね。こう、これくらいの大きな
ダーラが言った、これくらいというのは、ダーラの腕を目いっぱい広げたくらいの大きさで……
うん、俺の身長の二倍はある銛だね、それ。
「そんなの……、狩ってどうするの? 食べるの??」
「もちろん♪」
ひょえぇ~!? 食べるんすかぁっ!??
「メスが狩れれば最高よ~? お腹に沢山卵を持っているからね。それがもうね、とっても美味しいの♪ モッモちゃんも、せっかくだから食べてみるといいわよ♪」
「あ、うん……、それは是非……」
恐ろしいけれど……、美味しいなら話は別だ。
俺と会話しながらも、ダーラは斬り刻んだ肉の塊をササっとオーブンに入れて、ジュージューと焼き上げた。
それを、大きめにカットしたパンに挟んで、特製のタマネギソースをかけて、最後にパセリのような物を振りかけて、大皿に盛った。
いいなぁ~、あれ、美味しそう~。
と、思いながら眺めていると……
「はい♪ お味見どうぞ♪」
少し小さめだが、同じ物を、ダーラが俺に出してくれた。
「えっ!? いいのっ!??」
「どうぞどうぞ。見てると食べたくなっちゃったでしょ?」
「わぁ、ありがとう! いただきますっ!!」
俺の喜ぶ顔を見届けて、ダーラは大皿を抱えて階段を上って行った。
パク……、モガモガ……、モガモガモガ……
やっべ……、うまいぃ~!!!
一人、食堂で悶絶する俺。
タイニーボア―の肉よりも少し固めではあるが、油が少ないので食べやすく、更にはタマネギソースがこれでもかっ! てくらいに味に深みをプラスしている。
こりゃもう……、今まで食べた中でも最上級にうまい肉ですなっ!
夢中で頬張っていると、ダーラが戻って来て……
「ふふ♪ お口に合ったなら良かったわ♪」
「おいひいねこへっ! 何のおにふなろっ!?」
興奮気味に、美味しいねこれ、何のお肉なの? と尋ねる俺。
「イゲンザ島の近くにある小島に生息しているブタ科の魔物の肉でね。名前は忘れちゃったんだけど……。ほら、いつもなら一日か二日で次の島に向けて出港するでしょ? 七日も滞在するとなると、みんなやる事がなくて暇だったからね。昔の血が騒いで、近くの小島を、狩りをしに巡っていたのよ」
ほほう? 昔の血が騒ぐとな??
……あれですかね、海賊だった頃の名残ですかねそれは。
「今日の狩りも、きっと大盛り上がりよぉ!? モッモちゃんも、船尾楼の上からでも見学するといいわよ。面白いからぁ♪」
ふむふむ……、なるほど……
ダーラもなかなかに、戦闘好きと見たぞ俺は……
するとダーラは、ふと目に入った花瓶を手に取って、中の水を変え始めた。
今の今まで気付かなかったけど、食堂に花が飾られているなんて、初めての事じゃなかろうか?
……あ、もしかして、その花はっ!?
「……それ、ギンロから?」
「あら? どうして知っているの??」
どうしても何も……、むふむふしながら、マフィンのお返しに花を買うって言ってましたからね、ギンロ本人が……
「可愛いわよねぇ~、ギンロちゃん♪」
ふふふ♪ と笑うダーラ。
……ギンロの恋路を邪魔する気は毛頭ないが、俺はフェイアとも友達なのである。
ギンロが浮気して、フェイアが悲しむ姿は見たくないのである。
「ねぇダーラ。ギンロはその……、実は……、将来を誓った相手がいたりして……、そのぉ……」
歯切れ悪くも、そう言ってみる俺。
「あら!? ギンロちゃんにはもう
目を真ん丸にして驚くダーラ。
許嫁っていうかぁ~、勝手に結婚させられたというかぁ~、なんというかぁ~……
けど、あれれ? ダーラ、あんまりショックな雰囲気ではないね。
「ふふふ♪ ギンロちゃんも、隅に置けないわねぇ~♪」
……笑ってらっしゃるわね。
「あの……、ダーラはその……、ギンロの事は、なんとも思ってないの?」
おそるおそる訊ねる俺。
「なんともって……、え? あら、やだぁっ!? そんな風に思っていたの!?? モッモちゃんてば、おませさんねぇ~♪」
え? え??
「でも……、マフィンは???」
「あれは、パスティーのおやつを少し分けてあげたのよ。ギンロちゃん、甘いものが好きだって言うから」
あ、え、そうだったの?
「あははは! 面白いモッモちゃんね♪ 確かにギンロちゃんは魅力的だけど……。私みたいな子持ちバツイチの女を相手になんてしないでしょ? もう、年上をからかっちゃ駄目だぞぉ~??」
ガシガシと、頭を撫でられる俺。
「えっ!? ダーラ……、子持ちでバツイチなのっ!??」
……バツイチ、なんて表現が、この世界にもあったのか。
「そうよ。あら、言ってなかったかしら? パスティーは私の息子よ。それに……、仮に、子持ちバツイチが平気だって言っても、私はもう五十手前だからね。ギンロちゃんじゃあ、私の面倒は見れないでしょう?」
ふふふ♪ と笑いながら、ダーラはキッチンの後片付けを始めた。
そっか……、ダーラ、子持ちでバツイチで、五十手前だったんだ……
しかも、あのコック見習のパスティーが息子さんだなんて……
他種族だから、見た目で年齢を判断できなかったにしても、かなり衝撃的だな。
そして……、ギンロ、どんまい。
ダーラは、まだケツの青い君なんか、眼中になかったようですよ。
俺は、何とも言えない気持ちになって、冷めてしまった珈琲を口へと運ぶのであった。
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