381:新しい人生を始めればいいのよ

「それじゃあ……、話をまとめるわよ? 二十年ほど前、メラーニアは港町ニヴァからこのタウラウの森へ入り、そこでケンタウロスのビノアルーンさんと出会って、今日まで育てて貰ってきた。そのビノアルーンさんが、笛の音が聞こえたから様子を見てきて欲しいと言うので、一人で森の入り口まで行った。そこにいたのが私たち六人ね。全員が見た事のない姿形だった為に、不安になったメラーニアは、自らが馬の頭に変身させた人間であるブラーウンさんに魔法をかけ、記憶を操作して、ここに居るはずのないブラーウンさんの息子であるアンソニーに成り切った。そして、樹上で野営する私達を見張っていたら、突然毒液が上から降ってきて……、という事かしら?」


グレコの言葉に、メラーニアは深く頷く。

そして、ジトッとした視線を、俺とカービィに向けてきた。


……おっとぉ~?

これはなんだか、嫌な予感がしますねぇ~。


「モッモ~? カービィ~??」


低く、怒りのこもったグレコの声が、俺とカービィの名前を呼んだ。


「ひぃっ!? ごっ!?? ごめんにゃしゃいぃっ!!??」


条件反射のように姿勢を正し、即座に謝る俺。


「ごめんにゃしゃいっ! でも、楽しかったですっ!!」


ばっ!? 楽しかったとか言うなよカービィこの野郎っ!!?

そんな事言ったらグレコが……、あぁあっ!?!?


ゴッチーン! ゴッチーーン!!


グレコの拳は、真っ直ぐに、俺とカービィの頭に振り下ろされた。


プッシュ~……、ノックダウ~ン……、パタリ。


「どうして木の上からオシッコしたりしたのっ!? 汚いっ!! 下品っ!!! 最低っ!!!!」


ガチギレグレコ様がご降臨されました。

ここまで俺の旅を応援してくださった皆様、ありがとうございました。

これにてモッモの大冒険は、終了します……、はひ~。


「まぁまぁグレコさん、落ち着いて。ひとまず……、僕達に近付いた経緯は分かったよ。君の育ての親であるケンタウロスのビノアルーンさんが、笛の音を聞き取ったんだね?」


マシコットの質問に、メラーニアは再度頷く。


「じゃあ……、そのビノアルーンさんって方が、モッモ君が笛を貰った……、クリステルさん、だったかな? その方のお父さん、という事になるんだろうね」


グレコの鉄拳を喰らって、完全意気消沈している俺に対し、とても爽やかな笑顔を向けるマシコット。

眩しい……、笑顔もだけど、メラメラ燃えている炎も眩しいぜ……


「私達に近付いた経緯は分かったとして……。何故あなたは、森に入ってきた人間達を馬面にしたのですか? 憎んでいたからですか?? だとしてもやり過ぎです。あなたがやった事は、列記とした犯罪です。あれだけの人々を長年に渡って苦しめて……、いつか報いを受けるでしょうね」


天使のような風貌なのに、悪魔みたいな物言いをするカナリー。

それに対しメラーニアは、キュッと下唇を噛み、悔しげな表情で、またしても泣きそうになる。


「まぁまぁカナリー、それくらいにして。とりあえず……、ただの変身魔法なら、僕達にも解けるわけだからさ。これから集落に戻って、皆さんの魔法を解いて差し上げよう。そうすればラーパルさんも助かるんだからね。メラーニア、君はこの辺りで僕達をまっててくれるかい? まだ聞きたい事があるからね」


マシコットの言葉に、メラーニアは今度は頷かなかった。

するとグレコが……


「駄目よ、あなたも一緒に来なさい、メラーニア」


うぇっ!? またとんでも無い事を言い出したなっ!??


グレコの言葉に、メラーニアを含め、ここにいる全員が困惑する。


「え!? でもグレコさん、さすがにこの子を連れて行くわけには……」


焦るマシコット。

そりゃそうだ、彼等を馬面に変えて、生活苦を強いてきた相手を目の前に連れて行くなんて……

 そんな事したら、メラーニアはみんなにタコ殴りにされちゃうぞ?

グレコのやつ、どうかしてるぜっ!?


「駄目よ、そうやって逃げているから、いつまで経っても憎しみが消えないのよ。あなた、人間達が憎いんでしょ? だからあの人達を、馬面に変えたのよね?? でもね、よく考えてちょうだい。幼いあなたを地下室に閉じ込めたのは、あの人達ではないでしょう???」


グレコに問われ、俯くメラーニア。

どうやらグレコの言葉は正しいらしい。


「確かに、あなたの事を知ってて、見て見ぬ振りした人が、あの中には含まれているかも知れない。でも、だからって、心を憎しみに染めちゃ駄目。この先もずっと、死ぬまでずっと、人間を恨んで、嫌って……、森に入ってきた人間を全て、馬面に変えながら生きていくつもり? そんなの楽しくないでしょう?? あなただって気付いているはずよ、そんな事したって、何にも解決しないって。だったらここで終わりにしましょう。人間達を恨む事も、憎しみに自分を縛り付ける事も、どちらもね」


グレコは、メラーニアを諭すように、静かな口調でそう言った。

しかしメラーニアは、下を向いたまま顔を上げない。

するとグレコは膝を折って、視線を低くして、メラーニアと同じ高さに合わせ、彼の顔を覗き込んだ。

そして、メラーニアの細くて小さな肩に手を置いて、優しくこう言った。


「大丈夫。今からでも遅くないから。みんなに謝って、それで……、新しい人生を始めればいいのよ」


グレコの言葉にメラーニアは、大粒の涙をポロポロと零しながら、弱々しく頷く。

震える小さな声で、「ごめんなさい、ごめんなさい」と、何度も呟いていた。







目覚めたブラーウンは、メラーニアを見て、失神しそうなほどに取り乱すも、なんとかマシコットが事情を説明し、驚愕の表情を浮かべながらも納得してくれた。

そして息子のアンソニーは、一緒に森になど入っておらず、町に残して来たのだという事も思い出したようだ。

グレコがメラーニアの生い立ちを簡単に説明すると、同情したのかブラーウンは、その目に涙を浮かべて、ひ~ん! と声を上げながら泣いていた。

本物の馬ではなくなったものの、さして変わらないブラーウンの馬面の泣き顔は……、申し訳ないと思うけど、酷く汚かった。


その後俺たちはメラーニアを連れて、一度帰れずの集落へと戻った。

メラーニアを見た途端、集落中がパニックに陥って……、本当にもう大変な事になった。

ヒヒーン! ブヒヒーーン!! と、無数の馬の鳴き声が辺りに響き渡って、耳の良い俺にとってみれば、うるさくて仕方がなかった。

逃げ惑う馬面達に対し、マシコットがなんとか説明しようと試みるも、それは不可能な話で……

埒があかないと踏んだカービィが、メラーニアにコソッと何かを耳打ちした。

すると次の瞬間、メラーニアは懐からあの黒い杖を取り出して、呪文を唱え、魔法を行使した。

それは、馬面になってしまったみんなを、元の人間の顔へと戻す、変化解除の魔法だった。


顔が元に戻った事によって、動揺しながらも落ち着きを取り戻した人間達に対し、最初に頭を下げ謝罪の言葉を口にしたのは、なんとグレコだった。

何故そこまでメラーニアの為に? と、俺は不思議に思ったのだが……

そんなグレコの姿を見て、メラーニアも深々と頭を下げて、誠心誠意、人間達に謝罪した。

その後、マシコットが事の経緯と、メラーニアの生い立ちを説明して……

馬面ではなくなった人間達はみんな、複雑な表情を浮かべながらも、メラーニアを責める事はもうしなかった。


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