380:突然変異体

逆戻レディーレ


カービィが呪文を唱えると、杖の先から青い光がスーッと伸びていって、馬面になってしまった白い美少年のお顔は元に戻った。


「えっぐ、えっぐ……、ご、ごめんなしゃい……」


涙をボロボロと零しながら、体育座りで地面に座り込んで、謝り続ける白い美少年。

なんだか可哀想に思えてくるその姿は、本当にただの小さな子供だ。


そしてそのすぐ隣では、先ほどのカービィの魔法で、ついでに元の顔に戻ったブラーウンの姿があった。

まだ、白い美少年の衝撃波を受けた事によって気を失い、地面に倒れたままなのだが……


「あんまり……、変わらないわね」


ブラーウンの顔をまじまじと見て、グレコはそう呟いた。


人間のものに戻ったはずのブラーウンの顔は、本物の馬には劣るものの、かなりの馬面だったのだ。

それはもう、酷い馬面で……

痩せている為か角張った面長の輪郭に、ボサボサとした茶色い髪の毛。

無駄にでかい目と長い睫毛に、口は完全なる出っ歯で……、うん、かなり馬っぽい。


「これなら、戻らなくても大差ないですね」


カナリーのあまりの毒舌っぷりに、俺はブッ!と吹き出した。


お願いだから二人とも、今言った事、本人には言わないであげてね?

さすがに……、傷付くと思うからさ。


「結局、お主は何者なのだ? 何故皆に呪いをかけた??」


マシコットが杖を取り上げた事で完全に丸腰となり、更には泣きじゃくり続けるただの子供となった白い美少年に対し、ギンロは遠慮なく尋問を始めた。

腕を組み、仁王立ちしたギンロに上から見下ろされるなんて……、とんでもない恐怖に違いない。

ただでさえも彼は、アンソニーに化けていた頃にも、ギンロに追いかけられて捕らえられているのだから。

犬型獣人恐怖症にならなきゃいいけど……


「こいつがみんなにかけたのは呪いなんかじゃねぇ、ただの変身魔法だ」


いつもの調子に戻ったカービィが、ヘラヘラと笑いながらそう言った。


「え? それじゃあ……、さっきのカービィの魔法で、みんな元に戻せるって事??」


「オーイェー! アイキャンドゥーイット!!」


ビシッ! と、親指を立てるカービィ。


マジか! じゃあ……、問題解決!?

一件落着じゃないかっ!??


「つまり彼は、邪術師ではなかった。ただ少し魔法が使えるだけの、素人というわけさ」


マシコットは、取り上げた杖をしげしげと眺めながら言った。


「そうだったの……。で、あなた名前は? ほら、そろそろ泣き止んで! 話をしてくれなきゃ、何もわからないじゃない!?」


泣いてばかりで答えない白い美少年に対し、業を煮やしたのか、グレコの声が少しばかり張り上がる。


おい君、悪い事は言わない……、早く答えてしまいなさい。

こちらにおわすはブラッドエルフのグレコ様ぞ?

怒らせれば最後、泣いても喚いても、きっつ~い尋問が延々と続く事になりますぞ??


「ぼ、僕は……、メラーニア。ニヴァの、生まれで、す……。ご、ごめんなさい……、本当に、ご、ごめん……、ひぃ〜、ひっく」


メラーニアと名乗った白い美少年は、涙を必死に堪えながら、これまでの経緯を語り始めた。







白い悪魔と呼ばれた美少年、その名もメラーニアは、なんと、正真正銘、人間の子供だった。

しかし、生まれつき肌や髪が真っ白で、瞳が血のような赤色であったが為に、両親にすら気味悪がられて、その幼少期のほとんどを暗い家の地下室で一人で過ごしていたと言う。


そんな生活が何年も続き、子供ながらに人生に絶望したメラーニアは、ある日唐突に決意した。

この暗い地下室の外に出て、自分の力で、自分一人で生きていこう、自由を勝ち取ろう! と。

両親がいない時を見計らって、死を覚悟で、メラーニアは家を飛び出した。

だが、街中にいてはすぐに大人達に見つかって、また暗い地下室に閉じ込められてしまう。

メラーニアは逃げるように町を出て、この暗いタウラウの森へ入ったのだった。


「おまいさん、歳はいくつだ?」


カービィが尋ねた。


「歳は……、分からないけれど、二十年くらい、この森で暮らしてる」


えっ!? 二十年もっ!??

そんな歳には、到底見えないけど……


「両親は共に、魔法を使えない人間なのかい?」


優しげなマシコットの問い掛けに、メラーニアはこくんと頷いた。


「なるほど……。それでは彼は……」


「あぁ。突然変異体ミューティアンだな」


マシコットとカナリーは、お互い頷き合った。


みゅ? みゅうてぃあん??

何その……、ミュージシャンみたいな名前のやつ???


「それって……、何なの? 種族の名前??」


グレコがマシコットに尋ねた。


「いや、突然変異体は、原因不明の自然現象で……、同種族間において生まれるはずのない個体の事を指す言葉だよ。例えば、エルフ同士の夫婦の間にいきなり人間が生まれるとか、獣人が生まれるとか……。数百年前からそういった例がいくつもあってね。学界の取り決めで、明らかに生まれるはずのない個体、異種族間に生まれるパントゥーでもない個体に対し、突然変異体という名前が付けられたんだ。つまり、両親が魔力を持たない人間同士の夫婦なのに、魔力を持って生まれたメラーニアも、その突然変異体と呼ばれる者なんだよ。過ごして来た年月に対し、外見が変化していないのは魔力を持つ証拠だし、魔力を持つ人間は持たない人間に比べると、成長度合いも寿命も全く違うからね」


ほほう? つまりあれか……、進化??

いや進化じゃないか、変異とな???

この世界には科学ってもんがあるようで無いからな、遺伝子のなんちゃら~とかも、研究されてないんだろう。

俺が思うにきっと……、遺伝子のせいだと思うな! たぶん!! うん、きっと!!!


「おまいもミューティアンだぞ、モッモ」


「はんっ!? なんでさっ!??」


俺は間違いなく、純血のピグモルだっ!!!


ニヤニヤとするカービィに対し、驚いた俺は、有りっ丈の睨みを効かせる。

たぶん、怖くないだろうけど……


「だってほら、おまいは精霊を呼べるだろ? 普通のピグモルは精霊を呼ぶ力なんて備わっちゃいない。魔力すらもないんだからな! だからおまいも、ある意味ミューティアンだ!!」


おっ!? ……オーマイガー。

俺、そんな……、突然変異体だったのっ!??

前世の記憶があるだけでなく、突然変異だなんて……

めちゃくちゃレアな存在じゃないか、俺ってばよっ!!!


「僕は……、僕は人間なんかじゃないっ! あんな、僕を閉じ込めて、名前さえも付けてくれなかった人間なんか……、僕の親じゃないっ!!」


憎しみのこもった目で叫ぶメラーニア。

その体中から、怒りのオーラとでも呼べようか、真っ赤な魔力が流れ出ているのが、俺にも見て取れた。


「名前さえもって……、待ってよ。なら、あなたのメラーニアって名前は……、自分で付けたの?」


さすがのグレコも、メラーニアの生い立ちを知って、哀れみの目をメラーニアに向けざるを得ないようだ。

先程とは違う、優しい声色で尋ねた。


「違うよ。僕の名前を付けたのはビノ。ビノアルーン・ダランクさ。この森に入ってすぐ、僕はビノに助けられたんだ」


ビノ? ルーン?? ダラン???

……誰それ????


「その、ビノアルーンという人は今、何処にいるの? どうしてあなたはこんな……、いくら人間を憎んでいるっていっても、あんな事をしたの?? 人間達の顔を、馬に変えてしまうなんて……。それも一人で、こんな森の中で……???」


グレコの言葉に、メラーニアは首を横に振って、力のこもった目でこう言った。


「ビノは人間なんかじゃない、ケンタウロスさ。僕はケンタウロスの息子……、だから僕は人間なんかじゃない、ケンタウロスだ!」


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