378:罠

「あ、マシコット~! ちょっとズレてきてる~!! 左へ進んで~!!!」


「左ですね!? 了解!!」


薄暗い森の中を、俺たちは歩いていた。

 白い悪魔が目撃されたという湖のほとりを目指して、マシコットを先頭に一列に並び、辺りを警戒しながら慎重に、けれど足早に進んでいた。


ラーパルの怪我の具合は相当悪い。

マシコットの状態保存魔法も、四日が限界である。

復路の時間も考えると、のんびりはしていられない。


よって俺は今、ギンロの肩の上にいます。

俺が歩く事によって、みんなの歩みが遅くなるからね。


……くぅ~、仕方ないじゃないかっ!

そうだよっ!!

 俺の足は短いんだよぅっ!!!


けれどもまぁ、しかしながら、お荷物同然な俺にも大切な役割があるのだ!

望みの羅針盤で、先頭を行くマシコットに対し、事細かに指示を出す事!!

俺がいなきゃ、みんなが困るんだい!!!

えっへん!!!!


「じゃあ、集落が襲われた事はないし、森に入るとしても、二人以上なら襲われる事はねぇんだな?」


「はい。亡くなった方々はいずれも、単身で森へと入った者たちばかりです。なので実のところ、私たちの誰も、ケンタウロスの姿を見た者は一人としていないんです」


「む~ん……、ますますおかしいなぁ~……。これだけ縄張り印があるってぇのに、一体も目撃例がないなんて……」


先程からカービィは、歩きながらブラーウンと話し込んでいる。

何やらカービィは、ラーパルを襲った犯人が、ケンタウロスではないと考えているらしい。

 するとカナリーが……


「確かに、あの負傷の仕方は妙ですね。ケンタウロスは狩りをする際、遠方の獲物には弓などの投擲とうてき武器を用い、近接の獲物には剣を使います。少なくとも、アンローク大陸に生息するケンタウロスはそうです。種類によって狩りの方法が違うかも知れない……、という事を除いても、あの傷跡は……、いささか疑問が残ります」


ふむ、ケンタウロスは弓と剣を扱うのか。

確かにラーパルの全身の傷は、剣や弓でやられたものではなかったな。

完全にこう、噛み千切られたような……、おぇ、思い出すのやめよう、吐きそう……


「じゃあ……、この森には、ケンタウロス以外に、あんな風に人に食らいつく恐ろしい生き物がいるっていう事なの?」


怯えたような目で言うグレコ。


……怖がっているところ申し訳ありませんが、あなたも似たようなものではありませんか?

今は髪が真っ黒だから大丈夫だろうけれど、それが茶色くなり始めたら……、うぅ~、ガクブル!

俺は毎日、いつ食料にされるか分からない恐怖と戦いながら、あなたと共に暮らしているんですよ!?


「う~ん、でもなぁ~……。こんだけケンタウロスの縄張りだらけだってのに、他の種族が暮らせるとは思えねぇんだが……」


腕組みをし、首をひねるカービィ。

するとギンロが……


「よもやケンタウロスは、ラーパル殿を襲った者によって、既に滅んでいるのではなかろうか?」


みんなもビックリする事を口にした。


「うえぇっ!? そんなまさかっ!??」


驚きのあまり、叫ぶ俺。


「モッモ、お主も気付いておるであろ? この森、あまりに静か……、そして、生き物の気配がまるでせぬ。ケンタウロスどころか、野兎の一匹も、ここまで見ておらぬではないか」


うん、まぁ、確かにそうだな。

いやでも、そんな……、既に絶滅しているだなんて……、いくらなんでもそれはないんじゃ……?

それにさ、森に入る前に俺が感じた、あの荒い息遣いはなんだったんだ? ってなるよね??

あれは絶対に、ケンタウロスのものだと俺は思う。


……はっ!? まさか、あれは馬面人間たちのものっ!??

こいつら、顔が馬だから、息遣いも馬っぽいしな。

え、じゃあ……、やっぱりケンタウロスはいないっ!?!?


「そんな ……、いやでも、あり得ねぇ話でもないな」


嘘ぉっ!? カービィまでっ!??


「本当にそうなら、辻褄が合うわ。だってほら、モッモがクリステルさんから貰った笛、何度吹き鳴らしたってケンタウロスは全く来ないじゃない? そもそも森にケンタウロスがいないなら、笛を吹いたって来るはずがないのよ」


のぉおぉぉっ!?

それだとかなり説得力あるぞグレコぉおっ!??


「で、でも! じゃあっ!? この、この縄張りの印はぁっ!??」


こんなに沢山、進んでいくのも大変なくらい、森のあちこちにあるっていうのにっ!?


「確かに縄張り印はある。けど、これがフェイクだとしたらどうだ?」


ふぇっ!?


「つまり、ラーパルさんを襲った犯人、もしくは白い悪魔と呼ばれている邪術師が、意図して縄張り印を森中に張り巡らせている、という事ですか?」


カナリー!? やめてそんなのっ!??

怖いよ、怖すぎるよぉっ!!!!


「そうだとしたら、僕たちは大いにピンチだねぇ~。ここまで歩いてきたけど、モッモ君の指示以外は、その縄張り印を避けて通ってきたんだから……。もし、それが相手側の罠だとしたら? なんだか、嫌な予感がしてきたよ」


マシコットが、その燃える顔に冷や汗を流し始めた。

残念ながらその汗は、自分の炎ですぐさま蒸発しちゃうんだけど……


「よく気が付きました~♪ 褒めてあげるよ~♪」


……え???


背後から、聞き覚えのない声がして、俺は(ギンロも)ゆっくりと振り返る。

そこに立っているのは、馬面の、アンソニー。


「え? おいアンソニー?? どうしたお前???」


父親であるブラーウンが、半笑いで尋ねる。


「あはは♪ まだ僕の事を息子だと思い込んでるの? やっぱり僕の魔法って凄いなぁ~♪ それとも、人間が馬鹿なだけかなぁ?? こんなに簡単に、記憶をすり替えられちゃうんだもの♪」


「アンソニー、お前何言って……、あれ? アンソニーは、私の息子で……?? アンソニーは、私と……、あ、あれ???」


困惑し始めるブラーウン。

その隣で、不気味に笑うアンソニー。


「モッモ、ギンロ……、そいつから離れろ」


背後で、カービィが静かにそう言った。


「あははは♪ 確かに、アンソニーは君の息子だよ? けど、ここにはいないよ?覚えてないの?? 僕は君の息子なんかじゃない。君みたいな、薄汚い人間の息子なんかじゃ……、ないよっ!!!」


馬面のアンソニーの目が、カッ!と見開かれ、赤い光を放ったかと思うと、アンソニーの体からとてつもない衝撃波が発生した。

ブワンッ!! と音を立て、周りの空気が振動する。


「うわぁあっ!?」


「くぅっ!?」


あまりの衝撃に、俺はギンロの頭にしがみつき、ギンロは地面に膝をつく。

カービィもグレコもカナリーも、少し離れた場所にいたマシコットでさえも、地面に膝をつき姿勢を低くした。


「ブラーウンさんっ!?」


カービィの叫び声に視線を上げると、そこには白目を向き、口から泡を吐きながら、地面に倒れているブラーウンの姿が!

そして……


「あははは、あははははっ♪ さぁ、ショータイムの始まりだよ♪」


ニッコリと笑うアンソニーの馬面に、頭のてっぺんから亀裂が入り、その表面がベキベキと音を立てて割れていく。

そして、その下から現れたのは……


「白い、悪魔……?」


真っ白な肌に真っ白な髪、真っ赤な瞳の、一見すると人間と変わらない、幼い少年だった。


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