376:めそめそしてんじゃねぇよっ!
「フヒッ……、バホォッ!」
全身血塗れのラーパルは、口から大量に吐血すると同時に、ドサっと地面に倒れ込んだ。
元々ボロボロだった衣服はズタボロになり、身体中に深い傷跡が無数にあって、そこから血が止めどなく流れ出ていく。
そして、ガクガクガクと激しく体を痙攣させた後、ラーパルはピクリとも動かなくなった。
「こりゃ~、かなりやべぇな……」
両手の袖をまくって、杖と魔導書を取り出し、治癒魔法を行使するカービィ。
白い魔法陣が空中に浮かび上がり、白い光の糸が幾本も垂れ下がって、もはや息をしているのかも怪しいラーパルを、そっと優しく包んでいく。
すると、騒ぎに気付いた馬面人間達が、崩れかけの家々からわらわらと出てきた。
しかし……
「ラーパルさん!? ひっ!?? ヒヒヒーン!?!?」
「ブヒヒッ!? 悪魔ぁっ!??」
杖と魔導書を手に、空中に白魔法の魔法陣を浮かび上がらせるカービィを目にし、馬面人間達はパニックに陥った。
驚き、怯えて、悲鳴に近い鳴き声でいななく馬面人間達。
可哀想に、よほどのトラウマなんだろう。
だけど……、はっきり言おう……
うるさいぞお前らっ!
黙っていろっ!!
急患なんだぞっ!!!
そんな騒がしい馬面人間達の群れの中から、二人の馬面がこちらに向かって走ってくる。
「まっ!? マシコットさんっ!?? これはいったい!???」
「ラーパルさんっ!? 何故こんな姿にっ!??」
ブラーウンとアンソニーの馬面親子だ。
双方共に、カービィの杖と魔導書を目にして驚いてはいるものの、俺たちの事を信用してくれているのか、怯える様子はない。
「ついさっき、森から彼が出てきて……。既にこの状態でした。今カービィさんが治療を行っています」
マシコットは二人にそう説明したが……、素人の俺でもわかる、ラーパルはおそらく助からないだろう。
この前、ギンロが悪魔ハンニにやられた時、騎士団のテントのベッドで眠るギンロを、すぐ隣で看病していたカービィが言っていた。
治癒魔法は、あくまでも応急処置であり、怪我や傷が完全に治るかどうかは、本人の体力と気力にかかっている……、魔法は万能ではないのだ、と……
ギンロの場合、傷は相当に深いものだったが、急所を外れていた為に致命傷とまではいかず、更にはギンロ自身の馬鹿みたいな生命力で一命を取り留めたのだ。
だけど……、ラーパルは……?
カービィが懸命に治癒魔法をかけ、止血を促そうとも、長年過酷な生活を強いられてきたラーパルの体は、栄養失調の為かガリガリに痩せ細って肋骨が浮かび上がっている。
この体で、この傷の数と、見るからに多量な出血量、となると……
もはや自力で回復できる体力など、あるようには見えなかった。
仮に今、カービィのおかげで一命を取り留めたとしても、その後はきっと……
「だから、一人で森へ出掛けてはいけないと、言ったのに……。何故ですか、ラーパルさんっ!? あなたが一番分かっていたはずでしょうっ!??」
「ラーパルさんっ! ラーパルさぁんっ!!」
目を閉じたまま、だんだんと顔色が悪くなっていくラーパルに向かって、泣き叫ぶブラーウンとアンソニー。
周りからも、シクシクと啜り泣く声が聞こえてきた。
するとカービィが……
「めそめそしてんじゃねぇよっ! 泣いてる暇あったら、こいつを寝かせるベッドでも作りやがれっ!! あんな地べたに寝かしちゃ、助かるもんも助からねぇ……。諦める前に、出来る事をしやがれってんだっ!!!」
珍しく声を荒げて、ブラーウンとアンソニー、更には周りで泣いている馬面人間達を叱責した。
「……そうね、カービィの言う通りだわ。モッモ、ギンロ、私たちもやるわよっ!」
「へっ!? 何をっ!??」
「ベッドを作るのよっ! ラーパルさんが安静に眠れる清潔なベッドをっ!!」
はぅっ!? 俺たちでやるのっ!??
「承知! 我はそこの木を斬り土台を作る故、グレコとモッモは敷く物を頼むっ!!」
わぁっ!? ギンロがやる気満々だっ!!?
「モッモ、毛布あったわよね?」
「なんっ!? 毛布っ!?? あるけど……、毛布を敷くの???」
「カナリー! ちょっと手伝って!!」
俺の質問に答えてグレコ!?
「何をするつもりですか?」
不振そうな目でグレコと俺を見るカナリー。
そんな顔しちゃ駄目、君は天使なんだから。
「前にカービィがやってたんだけど、物を大きくする魔法、あなたも使えるのかしら?」
「物を大きく? ……限度はありますが、可能です」
「良かった。じゃあモッモの毛布を……、モッモ! 早く毛布出してっ!!」
「ひぃっ!? はいぃいっ!!!」
グレコの鋭い視線にビビって、あせあせと毛布を取り出そうとする俺。
するとその背後で……
ズドーーーーン!!!
ひぃいぃっ!?
何っ!?? 何なのっ!???
巨大な何かが落下したような、地響きを伴う爆音が聞こえて、俺はビクゥッ! と体を震わせた。
おそるおそる振り返ると、そこには双剣を手に、比較的小さな若い木を斬り倒し、目にも留まらぬ速さでそれを四角く削っていくギンロの姿があった。
……いや、待って!
剣の使い方おかしいからぁっ!!
それは大工道具じゃないのよっ!!?
刃こぼれしたらどうすんのぉおっ!?!?
しかしながら、そんな俺の心の声がギンロに届くはずもなく、ギンロは達人のような高速剣でベッドの土台を作り上げた。
そしてまたもやドヤ顔で、それをヒョイと担ぎ上げ、ラーパルの家の中へと運んでいった。
ボフゥンッ!!!
うわぁあっ!?
今度は何さっ!??
ギンロの動きに気を取られていた俺は、隣で魔法を行使していたカナリーを、完全に無視していた。
ローブの内側から杖を取り出し、いつの間にかグレコに奪われた俺の毛布に向かって、カナリーは巨大化の魔法をかけた。
毛布は見る見る内に膨らんで、元々の大きさに比べると、およそ十倍のデカさ、分厚さになった。
なんっ!? ……見た事あるな、これ。
確か、コトコ島の、聖なる泉のほとりの小屋で……、うん。
デカ毛布の再来だっ!!!
カナリーとグレコは、二人で力を合わせてデカ毛布を持ち上げて、よいしょ、よいしょと、ラーパルの家へ運んでいく。
……家の中で膨らませた方が良かったのでは?
成せる事が無くなった俺は、キョロキョロと周りを見渡す。
すると、離れた場所で馬面だかりが出来ており、その中心にはマシコットが立っているではないか。
「皆さん、落ち着いてください。何でもいいので、何か水を溜めておける桶や釜はありませんか? もしあるなら、持ってきてください。あと、この中にお医者様はおられませんか??」
マシコットは、落ち着いた口調で馬面人間達に話し掛ける。
馬面人間達は、燃えるマシコットの外見にかなり恐怖し、警戒しているものの、持ち前の爽やかな雰囲気で、マシコットはそれらを払拭した。
マシコットの指示に従って、馬面人間達は家の中から壺や深めの皿などを持ち出してくる。
彼らの中には医者もいたようで、マシコットが何やら状況を説明していた。
……ふむ、何とかなりそうな気がしてきたぞ。
「おいモッモ! こっち来て手伝えっ!!」
「ふぇっ!? はいぃっ!!」
カービィに呼ばれて、ピグモルダーッシュ!!!
「おまい、ここ持ってろ」
「はいっ! て……、うわぁ~、くぅ~……」
カービィに指示されて、倒れたままのラーパルの、ボロボロになった服を捲り上げ、首元の位置で押さえる俺。
露わになった、元は人間であるラーパルの胸部と腹部の、思わず目を背けたくなるような深い傷跡を目にし、顔をしかめる。
無数にある傷跡は、どれもが拳大ほどの大きさで、不自然な楕円形に肉が抉られている。
それらはまるで、アマゾン川に生息するピラニアが、何も知らずに川に入って来た動物を食い漁ったかのような……、そんな印象を俺に与えた。
やっべ……、グロい……
うぅ~、吐きそう……
しかしながら、俺がここで吐いてしまえば、カービィのみならず、グレコやギンロにまで怒られてしまいそうだ。
俺は必死に喉を塞いだ。
「これ……、ケンタウロスなんかじゃねぇぞ」
額に汗を流しながら、カービィがボソッと呟く。
「え……? そりゃ、ラーパルは自分で人間だって言ってたじゃないか……??」
出来るだけ患部を見ないようにと気をつけながら、俺は答えた。
「違うよ、こいつの事じゃない。この傷跡を付けた犯人の事さ。小さくて強靭な顎を持つ何者かが、ラーパルさんを襲って、食ったんだ」
ぬぁんっ!?
「食った!? えっ、ラーパルさん……、食われてこうなったのっ!??」
カービィの言葉に驚いて、俺は思わずラーパルの患部をガン見してしまう。
ぐあぁあっ!? グロテッスクッ!!?
見てはいけなかったぁあぁっ!!!!
「何が何でもこいつを助けて、襲ってきた犯人を教えてもらわねぇとな。くっそ……、なんだか、嫌な予感がしてきたぜ」
カービィはそう言って、更に大きな魔法陣を作り出し、空中に浮かべた。
その横顔からは、一心に、目の前のラーパルを助けんが為に全力を振り絞っている事が見て取れる。
俺は、心の中の邪念を取り払い、いろんなものをグッと堪えながら、治療を見守った。
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