367:ぬかるんだ地面

港町ニヴァを出ると、そこには緑豊かな平原が広がっていた。

平原には北へと向かう街道が一本通っていて、俺たちはその街道に沿って歩いて行った。


小一時間も歩くと、一本だった街道が二手に分かれている場所に俺たちはやって来た。

そこには標識のような物が立てられており、一方は北のフラスコの町を指し、もう一方は西のタウラウの森を指していた。

俺たちは迷わず、タウラウの森へと続く街道を選び、西へと向かった。


町を出て数時間後、俺たちの目の前に現れたのは、視界一面に広がる鬱蒼とした森。

青々とした葉をつける背の高い広葉樹が立ち並ぶ、ケンタウロスの暮らすタウラウの森。

別名、帰らずの森のその入り口に、俺たちは辿り着いたのだった。


「うわぁ……。思っていた以上に深い森ね」


グレコの言葉に、俺はゴクンと生唾を飲む。


ピタラス諸島最初の島であるイゲンザ島の森は、有毒植物に溢れかえってはいたものの、空が見えないほどに木々が生い茂っているわけではなかった。

コトコ島なんて、どちらかと言うと木より岩の方が多かったし、どこにいたって太陽の位置が確認できたくらいだ。


しかし、この目の前に広がるタウラウの森はどうだ?

真昼間だというのに薄暗く、空からの光が差し込む隙間もないほどに木々の葉が生い茂っている。

空気もどこかヒンヤリとしていて、耳鳴りがしそうな程に静かで、生き物の気配はまるでなし。

おまけに地面は酷くぬかるんでいる。


「こりゃ~、ちょっとしたサバイバルになりそうだな。グレコさん、足元に気をつけて!」


そう言うとカービィは、ローブの内側から杖を取り出して、その先っぽに光を灯した。


「モッモ、我の肩に乗るか?」


ギンロの提案には、頷きたい気持ちでやまやまなのだが……


「ううん、大丈夫。自分の足で歩くよ!」


さすがに、まだいつ傷口が開くか分からないような手負いのギンロに、体は軽いとはいえ、担いでもらうわけにはいかない。

……まぁでも、何か危険を感じたら、その時は思い切り背中に飛び乗るんで、よろしくっ!


「僕が先頭を行きましょう。カナリーは最後尾をお願いします」


「了解」


メラメラと燃えるお顔のマシコットが先頭を、カナリーが後ろを守ってくれるらしい。


「モッモ、羅針盤はどう?」


グレコに尋ねられて、俺は慌てて首から下げている望みの羅針盤を手に取る。

銀の針は常に北を指し、金の針は俺が望むものを指す、不思議な神様アイテム望みの羅針盤。


「うん、間違いないよ。金の針は西を……、この森の中を真っ直ぐに指している。たぶん、この森の何処かに、何らかの神様がいる!」


ドーン! と胸を張って言い切る俺。

神様アイテムは、嘘をつかないのであ~る!!


「ほんじゃまぁ……、笛吹いてみっか?」


「あ……、じゃあ試しに……」


カービィに言われて、鞄の中から森の笛を取り出す俺。

丸いオカリナのような森の笛の、吹き込み口をカプッと咥えて、クリステルに教わったあのメロディーを、俺は吹き鳴らした。


ホロロロロ~♪ ホロロロロ~ン♪


薄暗く、静かな森の中に、笛の音が響き渡る。

それはまるで波紋のように、ずっと遠くまで広がっていった。


「……何か聞こえる?」


音が良く聞こえるようにと、両手を両耳の後ろ側に当てて、耳を澄ますグレコ。


「……ん~、いや、なんも聞こえねぇな」


ピクピクと、ウサギのように耳を動かすカービィ。


すげぇ、耳動かせるんだ!?

……俺には出来ない技だな、くそぅ。


「音も聞こえぬし、臭いもせぬ……。あちらから出向いてくる様子はないな」


ギンロの言葉に、俺は最終確認の為、神経を研ぎ澄ませた。


風にそよぐ木々の葉の音。

小さな虫が地面を這う音。

それらに混じって聞こえるのは、ここからずっと遠くに存在している、何者かの荒い息遣い。


……いる、確かにいる。

ケンタウロスが、この森の何処かに、いる。


けれども、俺のとてもよく見える目でも、視界に彼らの姿は捉えられない。

ケンタウロス達はきっと、もっとずっと、森の奥深くにいるのだろう。


「何かがいるのは確かだけど……、ここからだと見えないし、ずっと遠くだよ。すぐにケンタウロスがやって来る事はなさそうだね」


俺の言葉に、三人は頷いた。


「では、こちらから向かいましょうか。カサチョが伝えてきた情報によると、ケンタウロス達はいくつかのグループに分かれて、この森の中にそれぞれの縄張りを持っているとか。その隙間を縫うようにして、森の深部に向かいましょう」


カナリーはそう言うと、ギンロの後ろについた。


「じゃあ、森に入りましょう。僕が先頭で、その後ろをカービィさんが。次にグレコさん、モッモさん、ギンロさんの順で付いてきてください。モッモさん、もしその、僕が進んでいく方角が違っていれば、その都度指示をお願いしますね」


「ラジャー!!!」


マシコットに向かって、ビシッ! と敬礼する俺。


「さあ、行きましょう!」


マシコットの号令で、俺たちは森へと歩き出す。

先頭をマシコットが行き、カービィが続き、グレコが続いて、いよいよ俺も森へ一歩を踏み入れて……


グジャッ!


「ひぃいぃ~!?!?」


力み過ぎた俺の足は、ぬかるんだ地面に深く埋まってしまう。

それはもう、俺のムチムチな太もも辺りまでズップリと……


何っ!?

幸先悪いんだけどっ!??

なんでここだけ穴が空いてるみたいに深いのぉおっ!?!?


「なっ!? 大事ないかモッモ!??」


慌てて俺の体を抱き上げるギンロ。

ズポッと音を立てて、ぬかるんだ地面から引き抜かれた俺の足。


あ~あ……、靴もズボンも泥だらけだ……

この間洗濯したばっかりなのにぃっ!


「なっはっはっ! 相変わらず鈍臭いなぁっ!? ドロドロじゃねぇかっ!!!」


わざわざ振り返って、大笑いするカービィ。


こっち向くなピンク毛玉めっ!

自分だって、気を付けてないとこうなるんだぞぅっ!!


「モッモ、気を抜かないでね! 足元をよく見て歩きなさい!!」


グレコ! 母ちゃんみたいな事を言わないでっ!!

自分だって、歩くのに必死じゃないかっ!?!?


「モッモ、やはり我の肩に乗るか? お主には少々、この森は難易度が高い」


くぅ……、ギンロまでそんな事言ってぇっ!?

難易度!?? 何それどうやって測ったのさぁっ!!??


「大丈夫! 僕は歩くよっ!! 自分の足で、歩くんだよっ!!!」


俺は鼻息荒くそう言って、先を行くグレコを急いで追いかける。

苦笑したギンロの顔が、視界の端でチラリと見えたが、気にしない事にした。


俺だってなぁ! 森くらい歩けるぞっ!!

ちょっとくらいぬかるんでたって、歩けるぞぉっ!!!


……だがしかし。


ズルッ


「わっ!? わわわっ!??」


グジャッ、ベッチャーーーン!!


またしても地面に足を取られた俺は、体勢を立て直す事が出来ずに、顔面からぬかるみへダイブした。

チーン……、という残念な効果音が、辺りに響いた気がした。


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