344:お願いタイムだぞぉっ!?
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琴子が逝った。
全てを背負い、それでもなお力強く笑った彼女を、私は生涯忘れる事が無いだろう。
琴子は命をかけて、あのおぞましい生き物の心臓を、火の山の頂に埋めた。
こうする事で、向こう数百年は復活しないという事だった。
桃子が、不思議な力を手にした。
琴子が連れていた、精霊と呼ばれる生き物の力だと言っていたが……、どこか危険な力のように私には思える。
しかし今、我ら紫族を救う為には必要な力であろう。
そこで私は、妖の族の者を集めて、桃子を守るようにと命令した。
村の外れの深い森の中に屋敷を建て、その中に精霊の隠れ家も設けた。
悪しき者が立ち入れぬよう、妖術で洞窟を作り上げ、泉を作った。
精霊の力は計り知れぬ故、万が一の事も考えて、屋敷には呪符を張り巡らせた。
念には念を、だ。
元々、妖の族の生まれであった志垣が、子供のくせに、桃子の側近をすると言って聞かぬが故、任せてみる事にした。
彼もまた、琴子の生き様に感銘を受けた者の一人なのであろう、瞳に堅い決意が見えた。
今後の働き次第では、私の跡目を任せても良いかも知れぬ。
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この日を最後に、穂酉の日記に琴子の名前が出てくる事は無かった。
その後は、なんやらかんやらありつつも、桃子が雨乞いの姫巫女として活躍する様や、成長した志垣が破邪の刀剣の継手となった事、勉坐の祖母に当たる穂酉の娘が村の首長となって屋敷を出た事、などなどが書かれていた。
……ちなみに、その穂酉の娘と志垣は婚姻関係だったらしい。
なるほど、それで勉坐は志垣の孫なのね~と、俺は小さく頷いていた。
「これで、全ての謎が解けたか?」
勉坐に問われて、俺とグレコはなんとなしに頷いた。
全ての謎が解けたか……、と言われましても、どこからどこまでが謎で、そもそも何が謎だったのか、あんまりわかっていません俺。
結局、えっと……、だから何?
「やっぱり、モッモが行かなくちゃ駄目なのよ。アーレイク・ピタラスさんの墓塔……、いいえ、異界からの悪魔の侵入を封じる為の、封魔の塔にね」
グレコにそう言われて、俺は思わずブルルッ! と体を震わせた。
武者震い……、ではありません、ただ単にビビっているだけです、はい。
「私は、この島より外界に出た事がない故、他の島がどうなっているのかは全く分からぬ。だが、袮笛と砂里は、掟を破って度々他の島へ出掛けていると聞いた事があるな……」
あ~、そうだろうね。
その途中に、遭難した俺とグレコを助けてくれたんでしょう。
「もし、他の島の情報が聞きたければ、二人に聞くと良い。……ふん! 本来ならば、そのような事実が明るみに出れば、私が処罰してやるものをっ!! ……ふぅ~。しかし、もはや掟は無となる。新しき時代が始まるのだからな」
達観したような表情で、頭上を仰ぐ勉坐。
いつの間にか、空を埋め尽くしていた灰色の雲は何処かへ消えて、降っていた火山灰も止んで……
明るい日の光が差してきていた。
「けど、ネフェとサリは今、行方が分からないのでは……?」
「うむ。しかし心当たりはある。昨晩、眠っている袮笛が、夢うつつにこう言っていたのだ。泉の白蛇が呼んでいる、行かねばならぬ、とな……。おそらく袮笛は、火の山の麓の聖なる泉にいるはずだ」
またっ!? またあの泉っ!??
もうお腹いっぱいなんだけどぉっ!?!?
「その事をサリには?」
「教えてやった。おそらく、双方共に聖なる泉にいるだろう。まぁ、火の水の流れに、泉が飲み込まれていなければの話だがな……」
あ、そっかぁ……
さすがにあの噴火の後じゃあ、麓にあった泉なんてマグマの下敷きになっているような気がするけどな。
「そうですか。モッモ、午後にまたここへ来ましょう。それで、ネフェとサリがまだ戻ってなかったら、私たちも泉へ行きましょ」
「うぇっ!? また行くのぉっ!??」
「だって、次の島の情報が欲しいじゃないの。もしかしたら、私たちは騎士団の探索プロジェクトに同行出来なくなるかも知れないのよ? そうなったら、自分たちで情報を得て、探さなきゃならないでしょう??」
「……何を?」
「何をって……、はぁ~……。ほんと、見た目も中身も野鼠そっくりなんだからもぉ……」
額に手を当てて、首を左右に振るグレコ。
見た目も中身もって……、失礼だぞグレコ!
ピグモルなめんなよこの野郎っ!!
「先日の話では、その塔とやらには、様々な呪いを解く方法が隠されていると聞いたが……」
「えぇ、はい。コトコの師であるアーレイク・ピタラスは、様々な呪いを解く事に長けていたらしいです。だから、その塔にはその方法が眠っているかと」
「ふむ、なるほど……。グレコとモッモは、その塔へ向かうのだな?」
「はい。まだ二つ島を経由しますが、いずれは。雨神様から頂いたコトコの遺産を持って、アーレイク島の封魔の塔へ行きます」
グレコの言葉に、勉坐は何やら考えている。
……なんだか、嫌な予感がする。
「そうか……。ならば、折り入って頼みがある」
キタコレ!
お願いタイムだぞぉっ!?
「何でしょうか?」
おいグレコ!
何でしょうか? って言うなら、お前がそのお願いを引き受けた事になるんだからなっ!?
分かってますかぁあっ!??
「喜勇達の事なのだが……。あれから三人とも、全く目を覚ます気配がないのだ」
「すると……、眠り続ける呪いをかけられた、とか?」
……お? 眠り続ける呪い、とな??
それって確か、港町ジャネスコのモーンさんのとこの、スノーなんちゃらっていう可愛いピグモルと同じなんじゃ???
「分からぬ。しかし、呼び掛けても、つねっても、叩いても蹴っても、全く起きぬ。まるで魂が抜けてしまっているかのように、眠り続けているのだ。身体中の痣も消えぬ故、おそらく何か原因があるはず……。どうにかしてやりたいが、私にはもはや成す術がないのだ」
あの……、どうにかしてあげたいという優しい気持ちがあるのなら、つねったり叩いたり、蹴ったりしないであげてください。
「そうですか……。分かりました。封魔の塔で解呪の方法を見つけた時には、一度こちらに戻って来ることを約束します」
くぁっ!?
約束したぞぉっ!??
グレコが、約束したぞぉおっ!?!?
「いいわよね、モッモ?」
「ふぁっ!? 僕ですかっ!??」
今っ! あなたが約束したんでしょっ!?
俺に許可を得ずとも、責任の所在はあなたなのではぁあっ!??
「当たり前じゃない。私たちのリーダーはあなたなんだからね」
「ふぇっ!???」
くそうっ!
都合いい時だけ俺をリーダー扱いしやがってぇっ!!
さっきまでは、野鼠そっくりとか言ってディスってたくせにぃいぃぃっ!!!
キーッ! となる俺に対し、グレコは涼しい顔をして、当たり前でしょ? と言った雰囲気だ。
この様子だと、もはや俺が何を言っても聞いてくれないだろう。
「モッモよ……」
「はっ! はいっ!?」
「すまぬが、頼むぞ。喜勇達は、私の大事な……、家族なのだ。どうか、あやつらを救う術を見つけて持ち帰ってくれ。頼む……」
小さな小さな俺に向かって、深々と頭を下げる勉坐。
くっそぉ~……
あの般若みたいに怖いはずの勉坐にここまでされちゃあ、首を縦に振らないわけにはいかないな。
「よしっ! 僕に任せてっ!! 時の神の使者の名にかけても、必ず呪いを解く方法を見つけて来るよっ!!!」
ドーン! と胸を張ってそう言った俺に、頭を上げた勉坐は、その美しい顔でニコリと笑った。
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