341:ビシャアッ!

「はぁあぁ~~~~~」


「な~に? 重い溜息なんかついて」


……半分はあんたのせいですよグレコさん。


防護服に身を包み、灰色の世界を歩く俺とグレコ。

桃子と志垣に別れを告げて、今度は勉坐の家へと向かってます。

たぶん、そこに勉坐と雄丸、野草がいるはず。


「アメコを探すって……、そんな無茶苦茶な……」


「誰も探すなんて言ってないじゃない。見つけたら連れてくるって言ったのよ私は。見つからなかったら……、それはそれで仕方ないでしょう?」


「う~、そうだけどぉ~」


なんかこう、それはそれで嫌なんだよな~。

お願いを聞き入れたからには、ちゃんと叶えてあげないとって……

中途半端な事など出来ない! と、俺の心の中にある、ほんの少しの良心がチクチクと痛むのだ。


「それに、姫巫女様の言っていた事はあながち間違いじゃないわ。私の故郷であるエルフの村に、精霊にまつわる書物が沢山あったけど、その全てに《精霊は決して滅びはしない、精霊は世界そのものであるからだ》って書かれていたもの」


「……ほんと? 本当に、全ての書物に書かれてた??」


「ほんとよ、全て!」


……何冊の本があったのか知らないけど、本当に全部読んだの?

本当に全部に書かれてた??

てか、世界から隔絶された君の村の書物なんて、もう何百年前のものか分かったもんじゃないでしょうに。

きっと、最新の情報じゃないよそれ。


「ま、いいじゃない。再会できたらラッキー♪ くらいの気持ちでいきましょ!」


「……くっ!? はぁあぁ~~~~」


再度、重い溜息をつく俺。


グレコってさ、真面目なくせにいい加減なところあるよね?

それさ、長所だと思ってる?? え???

違うよ! 短所だよっ!!


俺は、心の中でブツブツと悪態をつきながら、前を行くグレコを細い目で見ていた。








鬼族と騎士団のメンバーが復興作業に勤しむ村の中を歩き、俺とグレコは勉坐の家へと辿り着いた。

大昔に、破邪の刀剣によって頭と胴体を真っ二つにされたらしい生き物の、巨大で頑丈な頭蓋骨に守られている勉坐の家は、全くどこも崩れる事なくそこにあった。

その周りには、怪我した鬼達が治療をしてもらおうと列をなし、家の中も治療中の鬼達で溢れかえっているようだ。


「うわぁ~……。これは大変ね」


「うん……。中に入れるかなぁ?」


体の大きな鬼達の間をすり抜けて、俺とグレコはなんとか家の中へと入った。

中では、必死に走り回る余り汗だくになって身体中の毛がペッタリなったエクリュと、具合の悪い鬼族の子供達を中心に問診をする衛生班リーダーのロビンズの姿があった。

そして……


「あ! グレコにモッモさん!!」


俺たちに気付いたのは、騎士団の衛生班の一人、フラワーエルフのサンだ。

今日も人一倍元気な笑顔で、こちらに向かって手を振っている。

ただ……、その手にはめている手袋は、かなり血で汚れていた。


とりあえず、サンの元へと向かう俺とグレコ。

サンは、腕を大きく切ってしまったらしい男鬼の手当てをしている最中だった。


オーノゥッ!?

めちゃくちゃ痛そうぅっ!!?


「サン! 大変そうね、大丈夫?」


「私は大丈夫! それよりあそこ見て!? カービィさんが凄いのよっ!!!」


サンの指差す先には、白魔法の魔法陣を無数に創り出して、六人の重症者を同時に手当てするカービィの姿が……

全身からピンク色のオーラを放ち、青い目も光を放っているではないか。


何あれ!? ロボットみたいっ!!?


俺がそう思うのも無理はない。

カービィはまるで、感情のないロボットのように無表情で、猛スピードで治療に当たっていた。


「ここについてからずっとああなの! 興奮トランス状態ってやつだね!! あんな事したら、きっと帰ってからぶっ倒れるね!!!」


あはは! と笑うサン。


興奮状態!? それって確か、港町ジャネスコで、あの悪いラビー族の……、そう、ブーゼだっ!! そいつがなってたやつじゃないの!??

そんな状態になって大丈夫なのっ!???


……てかサンよ、笑うところなのかそこはっ!?!??


「サン、ベンザさんとオマルさんは何処? あと、ヤグサさんも」


カービィの様子など、微塵も気にせず問い掛けるグレコ。


「えっと……、偉い人たちはみんな、あっちの部屋にいると思うよ!」


そう言ってサンは、例の地下室に続く扉を指差した。


偉い人たちって……

サン……、さすがグレコと仲良くなれるだけあるな、ザックリしてらぁ~。


しかし、なるほど……

三人はあのリーラットだらけの地下室にいるとな?

よく勉坐が許したな。

まぁ、この状況じゃ仕方ないか。


「わかった、ありがとう。治療、頑張ってね!」


「うん! また後でねっ!!」


サンは元気良くそう言って、消毒液のような物を、男鬼の腕の傷口に、ビシャアッ! と、思いっきりぶっかけた。

前触れもなく、思いっきり……


「ぐあぁっ!?」


ひぃっ!? 痛いよねっ!?? 痛いよねぇっ!???


「大丈夫! 必要な処置ですから!! 我慢して!!!」


ビシャシャアッ!!


「がはぁあぁっ!??」


ひょえぇえぇぇっ!?

もっと丁寧に、優しくしてあげてぇえぇぇっ!!?


男鬼の叫び声を背後に聞きながら身震いをしつつ、俺は地下室に続く扉に向かってスタスタと歩くグレコについて行った。

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