340:桃子と志垣

「こちらに、姫巫女様と志垣様がおられます」


木製の横開きの扉の前で、巫女守りの一人である侍女風の女鬼がそう言った。


崩れ落ちた建物の前で唖然としていた俺とグレコは、たまたま物を取りに戻って来ていた巫女守りの者達と遭遇した。

そして、少し離れた場所に簡易のお住まいを建てたのだと言われて……

案内されてやってきたのは、かなり簡素な作りの、高床式の木造の小屋だった。

しかしまぁ、簡素とは言えども、あの大混乱の後ですぐさまこれを作ったというのなら、なかなかに巫女守りの者達は優秀だなと俺は思った。


ただ、少し気になったのは巫女守り達の数だ。

前はゾロゾロと、かなりの人数が居たはずなのに……

この小屋の周りには五人しか居ない。

他の者達はどこへ行ったのだろう?

雄丸との戦いで負傷して、みんな勉坐の家にいるのだろうか??


コンコン


「姫巫女様、モッモ様とグレコ様がいらっしゃいました」


女鬼が扉越しにそう言うと……


「入れてたもれ」


中から桃子の声がした。


「どうぞ中へ」


女鬼は小さく会釈して、階段を降りて行った。


「失礼します」


俺たちは一旦防護服を脱ぎ、グレコが扉を開く。

すると中には、座布団に座る仮面をとった素顔のままの桃子と、布団の上で眠る志垣の姿があった。

心なしか、志垣の顔は青白く見える。

そしてその枕元には、白い花がいくつも添えられていた。


「二人とも、来てくれたのか。苦しゅうない、そこへ座るが良い」


雑然と敷かれたままの複数の座布団を指差して、桃子がニッコリと笑う。


「姫巫女様……。お体は大丈夫ですか?」


腰を下ろしながら、グレコが尋ねる。


「妾は大事ない。こうして普通に生きておる。しかし、志垣は……」


隣で眠る志垣を、悲しげな瞳で見つめる桃子。


ま、まさか……、死ん……!?


「そんな……。ご冥福を、お祈り致します」


胸の前で指を絡ませて手を合わせる、前世でいうところのキリスト式の祈り方で、目を閉じ頭を下げるグレコ。

俺も、涙がブワッ! と溢れるのを感じながら、顔の前で両手を合わせて拝んだ。

すると……


「くくくく……、ふはははははっ! もう良いぞ志垣っ!! 作戦は成功じゃあっ!!!」


大声で、万歳しながら笑う桃子。

そして、死んで居たはずの志垣がパチリと目を開け、むくりと起き上がった。


「ぎゃあぁぁっ!?」


しししっ!? 死者が蘇ったぁあっ!??


「あ……、生きておられたのですね?」


俺よりも数倍冷静なグレコは、驚く事なく対応する。


「すまんのぅ……。桃子がどうしてもやりたいと言いおってからに……」


隣の桃子をジロリと睨む志垣。

ついでに俺も、桃子を睨む。


びっくりさせるなよ桃子この野郎っ!

てか!! 志垣も断れよ馬鹿野郎っ!!!


「くくくくく……、傑作! モッモ!! そなた今、泣いておったじゃろう!?? くっはっはっはっはっ!!!!」


悪趣味っ! 桃子っ!! 悪趣味だぞっ!!!


「ふぅ……。お二人とも、無事で何よりです」


少々呆れながらも、グレコは笑顔でそう言った。


「全くもってそうじゃな。有り難い事じゃ……。命より尊いものなどこの世にはない。ここで今、こうして笑っていられるのも、全て雨神様のおかげじゃて……」


そう言って志垣は、深く何度も頷いて、静かに話し始めた。


俺に破邪の刀剣を託した後、志垣は一人で、アメコの元へと向かった。

アメコのいる青の泉へ行くには、試練の洞窟を通らねばならない。

一人でそこを通り抜けるのは初めての事だったらしく、かなり精神が参ったそうだが……、それでもなんとか青の泉へと辿り着けた。


あの洞窟と泉は、アメコを守る為に、今は亡き穂酉が作り上げた異空間だそうだ。

その為に、力無き者、邪な考えを持つ者を通さぬようにと、呪力によって強大な術がかけられていた。

そして、その術の力が外に漏れないようにと、以前のお屋敷には至る所にお札が貼られていたのだった。


志垣はアメコに告げた。

桃子に危険が迫っている、破邪の刀剣を求める者がやって来た、それ即ち悪魔ハンニが目覚めたようだ、と……

それを聞いたアメコは、こう言ったそうだ。


『今度こそ……、僕が守ってみせる』


その言葉を残して、アメコはその巨体を使い、洞窟の天井を破壊して、外に出たのだという。


「あの洞窟は、全てが呪術で作られたもの。一部を壊せば全てが消える。もうあの場所は、崩れた屋敷の下にも、何処にも存在しませぬ」


なるほどな、洞窟から飛び出したアメコのせいで、お屋敷自体も崩れてしまったということか。

てっきり、火山の噴火による地響きで崩れたのかと思ったけど……

いや、それにしちゃグチャグチャだったか。


「勝手なものよの。五百年連れ添った妾には、何の相談もなしにあのような……。何がありがとうじゃ、馬鹿者めが……」


桃子は、少し寂しそうな顔でそう言った。


「あの……。話は変わるんですけど、巫女守りの皆様はどこに? 外には五人しか見当たらなかったのですが……」


おぉ、さすがグレコだな。

ここまでの話をぶった斬りましたね。


「あぁ……。奴ら、アメコの姿に恐れおののき、あのような化け物を屋敷内に隠していたとは! などと申しての。妾にはもう仕えられぬと言って去っていったのじゃ。まぁ、もう妾に雨を降らせる力は無い故な。姫巫女様と呼ばれ、奉られて……、仕え続けられても困るでの。これで良かったんじゃ。いつもいつも周りでウジャウジャと……、鬱陶しかったのじゃ! それがみんなして居なくなって、せいせいしたわっ!!」


はっはっはっ! と笑う桃子。


桃子はきっと、それが本心からの言葉だろうけど……

なんかこう、その巫女守り達の対応が気に喰わないな。

アメコと桃子のおかげで、今まで雨が降っていたわけでしょ?

……まぁ、奪っていたのもアメコみたいだけど。

それでも、雨を降らせていたのはアメコと桃子だ。

なのに、そんな手の平返したみたいな反応は、おかしくないっ!?


心の中で、ちょっぴりプンスカする俺。


「まぁ、野草は村の事が片付き次第、こちらに戻ると申しておりました故、心配には及びませぬ。それに、五人の侍女が残ってくれております故、何とでもなりますわい」


ほっほっほっ、と笑う志垣。


そんな二人を見て、俺とグレコはホッとする。

桃子と志垣は強い。

俺たちが、余計な心配をしなくても大丈夫そうだ。


「時にモッモよ、そなた、また旅に出るのであろ?」


「あ、うん。明日のお昼にはここを発つよ」


「そうか……。そなたの間抜け面が拝めなくなるのは寂しいのう」


おい桃子……

間抜け面って言うな、間抜け面って!


「あの時私たちは、アメフラシ様からコトコの遺産を譲って貰いました。そして、五百年前に起きた事、悪魔の話を聞きました。残りの悪魔を倒し、アーレイク島にある塔を攻略する事……。それが、時の神の使者であるモッモの使命なんです」


グレコは、桃子を真っ直ぐに見つめて言った。


……グレコさんや、ちょっと、カッコよく言い過ぎじゃない?

てか、残りの悪魔を倒しって、無理だよそんなの??

……え???

それ、俺がやらなきゃ駄目なの、やっぱり????


「なるほど……。その小さき体に、大きな使命を背負わされておるのじゃな……。ならば引き止めはしますまい。己の使命を全うし、悔いのなきよう、生きてくだされ」


ねぇ志垣、何その言い方?

なんか、俺……、別にもうすぐ死ぬわけじゃないよ??


「しかしモッモよ、またいつでもここへ来れるのじゃろ? 野草に聞いたぞ。妾が雨乞いをする祭壇に、前触れもなくそなたが現れたと。てっきり妾は、走ってきたのかと思うておったが……。そなた、自由に場所を移動できる術を持っておるのだろう??」


「あ~、う~……。制限付きではあるけどね」


導きの腕輪は石碑がないと使えないし、風の精霊シルフのリーシェに頼んだとしても移動できる距離に限りがあるからね。


「ふむ。ならば一つ頼みがあるぞ」


「え?」


うわっ!? キタコレ!??

恒例のお願いタイムだわっ!?!?


「もし、世界の何処かでアメコを見つけたら、妾の……。いや、私の元へと連れて来てたもれ!」


「アメコを……? え?? アメコって???」


あいつ、消滅したんじゃなかったっけっ!?


「アメコは精霊じゃ。まぁ、ちょいと紛い物だったようじゃがの……、それでも、普通の生き物ではない。昔コトコに聞いた事があるのじゃ。精霊は、滅ぶ事は決してない。例え姿形は変わっても、同じ魂でこの世に戻るとな。もしかするとアメコも、いつしか何処かで蘇るやも知れん。じゃから……。もし、何処かでアメコに会えたなら、私の元へと連れて来て欲しいのじゃ」


な、なるほど……、そうなのか……?


「わかりました。世界を旅する中で、何処かでアメフラシ様を見つけたら、必ずここへ連れて来ます!」


えっ!? グレコっ!??


「そうかっ! 頼んだぞっ!!」


えっ!? ちょっと待ってよ桃子!??


微笑み合う、グレコと桃子。

そんな二人を見て、志垣は満足気に頷く。

俺はというと……


ぐあぁああぁっ!?

またお願いが増えたぁあぁっ!??

いったい、いくつお願い事を抱えたらいいわけぇえぇぇっ!?!?


心の中で、声にならない叫び声を上げていた。


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