322:ふんどし締めろぉっ!!

俺たちは全速力で、勉坐の家へと戻った。

(俺はギンロに抱えられていただけだけどぉっ!)


先ほど、俺たちの耳に届いた悪魔ハンニの声は、どうやら村中の者達の耳にも聞こえていたらしい。

通りは、慌てふためく紫族の者達で溢れ返っていた。


「皆、落ち着け! 戦える者は武器を取れっ!! 私の元へ集まるのだっ!!!」


先頭を行く勉坐は、そのような事を叫びながら走る。

その声を聞いた紫族の者達は、各々の武器を手に、走り出す。


なんだろう、違うって分かっているんだけど……

武器を持った大勢の鬼族に後ろを走られると、追われている気がして、今にもちびりそうっ!?


俺はいろんな意味で危機感を感じ、ギンロの逞しい腕に必死でしがみ付いていた。


「お! モッモ~!!」


前方で手を振るのは、ピンク色の毛玉……、カービィだ。

その隣には、似たようなピンク色の……、あ! ノリリア、来てくれたんだねっ!!

勉坐の家の前には、白薔薇の騎士団の皆さんが勢揃いしていた。


「これはまた面妖なっ!?」


ノリリアの姿を目にした勉坐は、ポッと頬を赤らめる。

いやいや……、そんな場合じゃないからっ!?


俺はギンロの腕から解放されて、グレコと一緒に、みんなとの再会を喜んだ。


「モッモちゃん、グレコちゃん、なんだかお久しぶりポね。二人とも無事で良かったポ。カービィちゃんから大体の事は聞いたポ。それに、さっきの声……。悪魔ハンニが、何かを仕掛けようとしているポ」


やっぱり、あの声はこの村にいる全員に聞こえていたようだ。

だとすると、きっと、雨乞いの祭壇にいる桃子や巫女守りの皆さんの耳にも……


「あなたが勉坐さんポね。この度は、色々とご迷惑をお掛けして申し訳なかったポ。あたち達も、事情があって、その悪魔ハンニの討伐に加わるポね。いいポか?」


ノリリアが、いつものようにテキパキと話を進める。

だがしかし……


「ん? お~い?? おまい、聞いてるかぁ???」


勉坐に向かって、パタパタと手を振るのはカービィだ。

何故そのような事をしているかと言うと……


「面妖な桃色狸が二匹……、面妖な桃色狸が二匹……、面妖な桃色狸が」


勉坐は、出会ってから一度も見た事がないような、恍惚とした表情で、目の前に並ぶカービィとノリリアを見つめ、ブツブツと同じ事を呟き続けている。

どうやら、小動物愛好家の勉坐にとって、この二人のツーショットは我を失うほどに好物らしい。


……勉坐さん、だらしなく半開きになったお口から、よだれが垂れてますよ?


「勉坐殿。皆が集まって参ったぞ」


そう言って、勉坐の肩にポンっと、ギンロが手を置いた。


……うん、ギンロ、今絶対、勉坐に触りたかっただけだよね?


だけど、そのギンロの行為で、勉坐は我に返った。


「はっ!? すまぬ、少々混乱を……。ノリリア殿と言ったか。私がこの紫族の東の村を統べる勉坐だ。訳あって、この小箱の中にある刀剣を取りに行っていた。悪魔ハンニの居場所はわからぬが、この刀剣を袮笛という女子に届けなければならないのだ」


「ポポ、その辺りのことも大体理解しているポね。ハンニの言った刺客が何なのかわからない以上、大人数で動くのは危険ポ。あたち達は、そちらの紫族の皆さんと一緒に、この東の村に留まるポ。勉坐さんも、出来たらここに残って欲しいポ。皆さんを束ねるには、あなたの力が必要ポね。それを持つべき相手に届ける役目は、誰か別の者に頼んで欲しいポ」


「むむ、それは確かに……、承知した!」


ノリリアの的確な指示に、さすがの勉坐も一瞬たじろいだが、それが最善だと納得したのだろう、すぐさま了承してくれた。

そして、後方に迫っていた鬼達に事の経緯を簡単に説明し、何が起きるか分からないから、ここに留まって防衛するように、と命令を下した。


「モッモ、ギンロ、グレコさん、ちょっといいか?」


カービィに呼び集められる俺たち三人。


「どうしたの、カービィ?」


「うん。おいら達はここから、みんなとは別行動だ」


「えっ!? どういう事!??」


「モッモ、おまい、便利な羅針盤持ってるだろ?」


「便利な……? あぁ、望みの羅針盤のこと??」


「そうそれだ! それを使って、悪魔ハンニの居場所を探すぞ!!」


「えぇえっ!?」


「私たちだけで!? 四人でっ!??」


「そうだ。相手は中級クラスの悪魔だ。こないだのサキュバスの時とはわけが違う。奴の放った刺客が何なのかはわかんねぇが、奴自身を倒さない事には拉致があかねぇ。おいら達四人でハンニを探し出して、やっつけるんだ!」


「そんなっ!? えっ!?? そんな事出来るのっ!???」


三人はともかく……、俺は戦う自信なんて皆無だぞっ!?


「古代魔道書レメゲトンの悪魔の書ゴエティアによると、ハンニは炎を司る悪魔のくせに、自分も炎を苦手とするんだそうだ。正直、この島からは雨が奪われているから、辻褄が合わなくてもやっとすんだけど……。とにかく、おいらの炎魔法とギンロの剣術、更にはモッモが炎の精霊を召喚すれば、なんとか出来ると思う!」


はんっ!? 何っ!??

なんかややこしい単語めっちゃ出て来たけどぉっ!?!?

なんとか出来ると思うって……、思う、っていう部分が不安過ぎるぅっ!!!!!


「待て。ならば我ら三人で行けば良いのではないか? グレコはここへ留まれば……??」


「いや、グレコさんはこの作戦に必須だ」


「どうして? 私……。正直、カービィやギンロと同じように戦う自信はないわ」


俺なんて、もっと自信ないぞっ!


「いや、グレコさんには来てもらわなくちゃならねぇ。何故なら……。悪魔ハンニはかつて、コトコによって封印された。それ即ち、コトコに恨みを持っているはず。モッモの話だと、グレコさんはコトコと瓜二つなんだろ? だからグレコさんには、ハンニをおびき寄せる囮になってもらう」


なっ!? なんだってぇえっ!??

グレコを囮にっ!?!?


「カービィ、いくらなんでもそれは……!?」


「我もモッモに同意見だ。腕に自信が無いわけではないが、万が一という事もある。グレコを危険に晒すような真似は、我とて黙認できぬ」


俺とギンロは反対した。

さすがに、そんな危険な真似は出来ない。

相手がどんな奴か解らない上に、囮だなんて……


だけど、グレコは違った。


「わかったわ。私、囮になる」


「うぇっ!? いいのグレコ!??」


「……これは、危険な賭けだぞ、グレコ」


俺とギンロの問い掛けにも、グレコは力強く頷いた。


「曾お婆様が封印した悪魔が再びこの世に復活した時に、私がこの場にいるのも何か意味があるはず……。私に出来る事ならなんだってするわ! みんなで力を合わせて、悪魔ハンニを倒しましょう!!」


力強くそう言ったグレコ。

その決意に燃えた真っ赤な瞳が、アメフラシの記憶の中で見たコトコにそっくりだと、俺は感じた。


「私も! 同行させてください!!」


俺たちの背後でそう言ったのは、破邪の刀剣が入った小箱を抱えた砂里だ。


「砂里……、その箱は?」


「勉座様から託されました。私なら……、私の持つ呪力ならば、何者にも見つからずに、それを運べるだろうって。モッモさん、姉様はきっと、悪魔ハンニの側にいます。姉様のことだもの、きっともう既に、相手の居場所を突き止めて見張っているはず……。悪魔ハンニの元に、姉様はいるはず! だから、私も一緒に行かせてください!!」


つい先ほどまで、お屋敷の玄関の前で怒り狂う勉坐とグレコを怯えた目で見ていたのと同一人物とは思えないほどに、砂里の瞳は強く、真っ直ぐだ。


「わかった! 一緒に行こうっ!! だけどおそらく、奴と戦う事になったら、おいらもギンロも余裕がねぇと思う。だから、危険だと思ったら、すぐに逃げてくれ!!!」


「わかりました!」


そんな……、カービィとギンロが余裕を無くすほどの相手なの、そいつ?

そんなに危険な戦いになるの??


「ねぇカービィ……、その場合、僕も逃げていいんだよね?」


「あぁんっ!? アホな事言うなっ!?? モッモは最後まで残って、精霊使って戦うんだよぉっ!!!!」


ひぃえぇぇっ!? マジかっ!??

……えっ、いつもと話が違うくないっ!?!?


「モッモ……。男には、やらねばならぬ、時がある」


ギンロまで!? 何その格言めいた言葉っ!??

てか……、何かやる前に、やられちゃいそうなんだけどっ!!??


「そうだぞモッモ! ふんどし締めろぉっ!!」


はぁんっ!? 何っ!??

カービィ、ふんどし履いてるのっ!?!?

俺は履いてないしぃいっ!!!!!


「モッモ……」


グレコ! お願いっ!!

二人を止めて、俺を守るように説得して!!!


しかし無情にも、グレコは満面の笑みを称えて……


「頑張って!!!」


ズゴーーーーーン!!!!

グレコのノリが、一番軽かったぁあぁぁっ!!!!!


ヤル気を漲らせるカービィ、ギンロ、グレコ、そして砂里。

その横で、白目を剥く俺。


すると、集まってきた鬼達の群衆の後ろの方が、何やらざわつき始めて……


「たっ!? 大変だぁあっ!??」


誰かが大きな声で叫んだ。

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