312:コトコの声

「なっ!? 誰だおまいはっ!??」


桃子に向かって指を指し、大声で叫ぶカービィ。


「誰だって……、ももっ……、姫巫女様だよ!」


アホたれっ! と言いたい気持ちを込めて、カービィの湿った頭をスパーン! と叩く俺。


「なぬっ!? 巫女さんは、お子様だったのかぁっ!??」


更に叫ぶカービィ。


「確かに見た目は子供だけど……、中身は五百歳の婆ちゃんだよ!」


バカたれっ! と言いたい気持ちを込めて、再度カービィの湿った頭をスパーン! と叩く俺。


「黙って聞いておれば言いたい放題言いおってからに……。毛玉の分際で、見目麗しき姫巫女である妾になんたる無礼な物言いっ!? 双方共に首をはねられたいのかぁあっ!??」


飛びかかってきそうな勢いで、桃子が罵声を吐く。

鬼の形相とは、まさしくこの事を言うのであろう。

桃子はその背に、メラメラと燃える怒りの炎を背負っていた。


「ひぃっ!? ごっ!?? ごめんにゃしゃいっ!!??」


「ずっ!? ずびまぜんっ!!!」


命の危機を感じ、揃って土下座する俺とカービィ。


怖い怖い怖いっ!

食べられちゃうぅっ!?


すると、俺とカービィがガタガタと震える横で、地面に置かれたままの巨大な伝玉が、一際眩しい光を放ち始めた。

先程までとは比べ物にならない、目を開けてられないほどの強い光だ。


「まぶっ!? しぃっ!??」


「おぉうっ!? これはっ!?? ……み、巫女さんっ!!! こっちへ来てくれっ!!!!」


必死で手で目を覆う俺と、桃子の怒りなんて完全無視して、こちらに来るようにと催促するカービィ。

そんな事したら、また桃子がお怒りになるのでは!? と思ったが……

思いの外桃子は、どこか神妙な面持ちで、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「これが、琴子の……? 琴子が妾に残した、最後の言葉……??」


小刻みに震える水色の手で、桃子はそっと伝玉に触れた。

すると次の瞬間……、とても不思議な事が起きた。


『桃子……。これを聞いているのは、いったい何年後のあなたかしらね?』


何処からともなく、コトコの声が聞こえてきたのだ。

それは間違いなく、眩しいほどに光を放つ、巨大な伝玉からの声だった。


「琴子かっ!? コトコなのかっ!??」


今にも泣き出しそうな顔で、伝玉に向かって叫ぶ桃子。


『夜霧の暴走は、やっぱり、ハンニの仕業だった……。魔界に通ずる大穴を塞ぐ際に、こちらに残ってしまった五匹の悪魔、そのうちの一人、ハンニ。他者の魂を喰らって、何百年……、いえ、何千年も生き長らえるとされる、炎の悪魔……。この島にいる事は分かっていたけれど、こうなるまで、奴の居場所が掴めなかった……、全ては私の過失よ、ごめんなさい……。ハンニは火の山に封印したわ。だけど……、私がした事は、あくまでも封印に過ぎない。もしまたいつか、誰かがハンニの名を呼んでしまえば……、悲劇は繰り返されるわ。だから桃子、お願い、ハンニを倒して。封印ではなく、奴の全てを消滅させるの。その肉体も、魂も全て、この世界から……。そうしない限り、あなた達紫族にとって、本当の平和は訪れない。だけど、一人では無理だと思う。私ですら、封印するだけで精一杯だった相手を、あなた一人に任せるわけにはいかないわ。だから……、待っていて頂戴。いつかきっと、必ず、時の神の使者と名乗る者が現れる。前に話した事あったわよね? このピタラス諸島に残された数々の呪いを解き放ち、真の平和をもたらす者の話……。私の師匠の話では、少なくとも、これから五百年以内に、その者はこの世界に誕生する。本来ならば、私がそれまでこの島をハンニから守り、時の神の使者を待つべきだったのだけど……。夜霧を取り込んだこの体は、おそらくもう長くは無いわ。だから桃子、最初で最後のお願いよ。時の神の使者を待って、ハンニを倒して。あなたと志垣には、私がこの先生きたであろう全ての寿命を与えたわ。勝手な事をしてごめんなさい。でも、こうするしか他に方法が……、う、ぐぅ、ががっ……、はぁ、はぁ……。もう、時間があまり無いようね。はぁ、はぁ、はぁ……、桃子……、頼んだわよ……。もも……、ぐっ、ううぅ……、桃子……、大好き』


巨大な伝玉は光を失って、コトコの声は聞こえなくなった。


「こ……、コトコ? コトコォ〜?? う、うぅ……、うわぁあ~!!!」


桃子の紫色の瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

もはや返ってこないコトコの声に、桃子は光を失った伝玉を、きつくきつく抱き締めた。









「……落ち着いた?」


伝玉を両手に抱き締めたまま、切株に腰掛ける桃子に対し、俺は尋ねる。

桃子は、泣き腫らして真っ赤になった目で、ボンヤリと焚き火の炎を見つめながら、コクンと頷いた。


コトコの声が聞こえなくなり、伝玉が光を失ってからしばらくの間、桃子は声を出して泣き続けた。

今までずっと我慢していたものが、堰を切ったように溢れ出したのだ。

俺とカービィは、そんな桃子を見つめる事しか出来なかった。

野草が驚いて小屋から出てきたが……、状況を瞬時に把握したらしく、何も言わずにそのまま小屋の中へと戻って行った。


「……ハンニか。こりゃまた、妙な名前が出てきたもんだな」


カービィがポツリと零す。


「その、ハンニって何者なの? 炎の悪魔って……。それにさ、コトコ、妙な事言ってなかった?? 魔界に通ずる大穴とかなんとか……」


「うん……。こりゃ~、ちょいとノリリアを問いただす必要がありそうだな。このピタラス諸島の調査探索は、ただ単に、アーレイクの残した墓塔の攻略のみが目的じゃなさそうだ~」


それだけじゃないって……、他に何が……?


「モッモよ……」


「は……、はい。何でございましょうか?」


考えがまとまらない内に桃子に声をかけられて、俺は変な敬語を使ってしまう。


「妾は、コトコの最後の願いを叶えてやりたい。その、悪魔ハンニとやらが、まだこの島のどこかに隠れておって、我ら紫族に災いをもたらすとするなら尚更のこと……。じゃが……、妾一人では無理じゃ。モッモ、頼む。力を貸してたもれ」


潤んだ瞳でそう言った桃子は、見た目通りの、か弱い少女に見えた。

五百年生きてきたから、なんて関係ない。

外見だけじゃないんだ……

この泣き顔、癒えない悲しみ……

桃子の時間は、あの日からずっと、止まっているんだ。


「よ~っし! いっちょやるかぁ~、モッモ!! こんな可愛子ちゃんが泣いてんだぞっ!?? おいら様たちが、その炎の悪魔ハンニを倒して、このコトコ島に真の平和を取り戻そうっ!!!!」


何やら鼻息荒く立ち上がるカービィ。

キメ顔でカッコいい台詞を叫び、麻のタオルを豪快に取り払った。

もう体は乾いたらしいが……


あ……、スッポンポンじゃんか。


露わになる、カービィの真っピンクの裸体。

ふさふさの毛と、ちっちゃな下半身……


「ぶっ!? 無礼者ぉっ!!」


「へぶぅうっ!!?!?」


桃子は、抱きしめていた巨大な伝玉を、力一杯、カービィに投げつけた。

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