311:伝玉

「うへぇ~、えらい目にあったなぁ……。ふぇ? ふぇっ!? ぶえぇ〜っくしゅんっ!! どぁあ~!!!」


盛大なくしゃみをして、ぶるると体を震わせるカービィ。


『朕は帰らせてもらうぞっ!』


仕事を終えたゼコゼコは、不細工な顔を余計に不細工にした不機嫌極まりない様子のまま、スッと何処かへ消えていった。


「ったくもう、世話がやけるんだからぁ……」


ブツブツと文句を言いつつ俺は、鞄の中から麻のタオルを取り出して、カービィの濡れた体をぐるぐる巻きにした。

それから、陸に上がった巨大な光る玉をゴロゴロと転がして、切株の近くまで移動させた。


ふ~、重労働……、次はっと……


辺りに落ちている枝葉をセッセと拾い集めて、切株のそばに積み上げる。

さすがに、これだけの為にバルンを呼ぶのは忍びないな……


「カービィ、火、つけられる?」


「イエッサ!」


麻のタオルの隙間から杖を取り出して、詠唱もなしに、カービィは焚き火に火を付けた。

パチパチパチと、積み上げられた枝葉は勢いよく燃え上がった。


「はぁ~、温まるねぇ~」


ジジくさい声を出しながら、焚き火に手をかざすカービィ。


全くもう……、無茶するよなぁ~。

もう少し、後先考えて行動して欲しいものだねっ!

この温暖なピタラス諸島においても、夜はそれなりに気温が下がる。

今、このような状況で、カービィに風邪でもひかれたら困るのだ。

ヘラヘラしていても、彼は偉大な虹の魔導師なのである。

その大きな戦力を、風邪ごときにやられて失うわけにはいかないのであ~る!!


「それで……、結局何だったの、それ?」


カービィの隣、地面の上にボンと置かれたままの巨大な光る玉を俺は指差す。

光を放っている以外は、なんの変哲も無い玉だが……、なんせ大きい。

ボーリングの球くらいの大きさだろうか、もちろん穴は空いてないけれど。

 そして不思議な事に、泉から取り上げると同時に、玉の光は少し収まっていた。


しかしなんだ……、カービィのやつ、よくもまぁこんな大きな物を泉の底から持ってこられたもんだ。

 俺なら、大きさを確認した時点で諦めるね。


「う~ん、たぶんだけどこれは……、伝玉テル・ジェムだな」


「てる……、じぇむ?」


なんだそりゃ??

てるてる坊主かなんかか???


「簡単に言えば、声を記憶させておく魔玉だな。おいら達魔導師にとって、後世に伝えたい事を残す方法は二つ。書物に文字で書き記すか、この伝玉に自分の声を残すかだ。時間がある時は書物に残すが、緊急時や残された時間が少ない時……、まぁ、言っちゃえばだな、もうすぐ死んじまうかもって時は、この伝玉を使うんだなぁ。で、この伝玉は随分前の物だと思う。おいらが今持っている、現在使われている伝玉はこれだ」


脱ぎ捨てられたままの白いローブからカービィが取り出したのは、ビー玉ほどの小さな玉だ。

どうしてかはわからないけれど、カービィのは目がチカチカしそうな真っピンクだった。

色も大きさもそうだが、これとあれが同じその伝玉だとは……


「なんか、全然別の物に思えるけど?」


「んだろうな。けど、伝玉である事は間違いねぇ。昔のは大きかったって聞いた事があるし。どれくらい前の物かはわかんねぇけど……、見た感じ、数百年は前の物だろう」


なるほど、数百年……、ん?


「じゃあ、これは……。え、もしかして……?」


「うん。たぶん、コトコの残した伝玉だと思うぞ!」


わぉっ!? マジかっ!??


「でも……、こんなの、いつ残したんだろう? アメフラシの記憶の中には、そんな場面は残ってなかったよ?」


「じゃあ、死ぬ間際に残したんじゃねぇのか?」


死ぬ間際……?

異形な怪物と化した夜霧を追って、アメフラシと別れたその後、コトコはもう一度ここへ来ていたのか??

後世に伝えなければならない事を、残す為に……???


「伝玉の不思議なところはな、伝えるべき相手が近くに来ると光を放ち始めるんだ。そして、伝えるべき相手に声を伝え終わると、その光は消えてしまうんだな~」


ふむ、つまり……


「まだ光っているって事は、この中に、コトコの声が残されているって事なんだね?」


「そういう事だっ☆」


コトコはいったい、何を残したのだろう?

誰に伝える為に……??


「これさ、何か……、声を聞く方法とかあるの?」


「ん~、特にないな!」


「えっ!? ないのっ!??」


どういう事っ!??


「伝玉は、伝えるべき相手が伝玉に触れると魔法が発動する仕組みだ。おいらが触っても何ともなかったから……、おいらじゃねぇんだな」


なるほど、適任者が触れるだけでいいのか。

となると……

さっき、俺が触れてもなんともなかったから、俺でも無いという事か。


……いや、自分が時の使者だからって、俺に宛ててコトコが何かを残しただなんて、そんな大それた事は考えてませんよっ!?

そんなそんな、恐れ多いっ!!

ただ、もしかしたら……、もしかしたら俺かも~って……、ちょっとだけ期待していただけですよぉっ!??


「モッモが触れれば発動するかなぁ~っと思ったんだが……。おまいでもなかったみたいだな! なっはっはっ!!」


くぅ……、今それを言うんじゃないよっ!!!

 期待していた自分が恥ずかしいわっ!!!!


「じゃあ……、コトコは誰に? 誰に向けてこれを残したんだろう??」


「ん~……。ここに来る可能性がある奴に向けて、だろうな。おいら達じゃないとすれば、鬼族の誰かじゃねぇか?」


鬼族の誰か……?

コトコが何かを残すとすれば、それは、当時からの知り合い……??


「あ、もしかして……」


俺が、その者の名前を言おうとした、その時だ。


「それは……、琴子の物か?」


泉守りの小屋の扉を開いて、中から姿を現したのは、仮面を取った素顔の桃子だった。

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