306:思操魔法

星も見えない闇夜の中、大きな葉が生い茂る森を歩いて行くと、何やら声が聞こえてきた。

それも、一つではなく複数……


なんだなんだぁ~? どうなってんだぁ~??


聞こえる数々の声に、俺は眉間に皺を寄せる。

それらは全て、泣き声なのである。

ぐすぐすと啜り泣きをしている声に、おいおいと大泣きしている声まで……

ありとあらゆる泣き声が、俺の耳には届いていた。


「……誰が、泣いているのかしら?」


隣を歩く砂里にも既に聞こえているらしい。

俺と同じように眉間に皺を寄せて、前方を見つめている。


巫女守りの皆さん御一行と共に、森の中を歩く事数分……

道の先に、明るい火の灯った、黒い岩で出来た灯篭とうろうが現れた。

等間隔で立ち並ぶそれらは、どうやら雨乞いの祭壇へと続いているらしい。

そして……


「なっ!? ……いったい、どういう事だ??」


先頭を行く野草が足を止め、かなり戸惑ったような声を出した。

巫女守りの皆さんも足を止め、目の前に広がる光景に、ただただ驚いている。


なになに? どうなってんの??


巫女守りの皆さんの間をすり抜けて、カービィと一緒に、野草のいる先頭まで歩く俺と砂里。

そこで目にしたもの、それは……


「許してくれぇ……、ほんの出来心だったんだよぉ~……」


「母ちゃ~ん! 母ちゃんごめんなさいぃ~!!」


「こんな事になるなら……、いっその事、告白しときゃ良かったんだ……、くそっ! くそっ!! くそぉおっ!!!」


口々に、謝ったり悲しんだり悔しんだりしながら、一箇所に固められて座り込み、周りを騎士団の者達に囲われて、完全に包囲されている鬼族達の姿だった。

その手に武器はなく、みんな完全に戦意喪失していらっしゃる。

そんな彼らの後ろには、雨乞いの祭壇らしき大きな岩の舞台があった。


「お~い! みんなぁ~!!」


カービィが声を掛けると、騎士団の六人が一斉にこちらを向いて、笑顔で手を振ってくれた。

アイビー、ライラック、メイクイにエクリュにインディゴと、見慣れた顔が並んでいる。

しかしその中に、見知らぬ者が一人。

一際目立つ、全身が真っ赤な炎で包まれている者……

おそらく彼が、灰の魔物と間違えられた、炎の精霊と人とのパントゥーであるマシコットだろう。

おおよそ人の形をしている体を覆うメラメラと燃え盛る紅の炎は、周りに建てられている灯篭や松明の灯りの中にあっても、眩しいほどの光を放っている。

だけど、その炎の勢いとは裏腹に、初めて見るマシコットのお顔は、とっても優しそうな、爽やかな青年だった。








「じゃあ、紫族のみんながこんななっちゃってるのは、全部メイクイの魔法のせいなんだね?」


「そう! いやぁ~、アイビーさんにやっちゃっていいって言われると、力加減が出来なくってさぁ〜!!」


俺の問い掛けに、アハハと笑いながら答えるメイクイ。

赤い瞳に金色の髪を持つチェリーエルフの彼は、当たり前のようにイケメンなんだけど、どこかこう抜けているというか……、悪く言うとチャラい。


「思操魔法と言ったか? それは……、効果はどのくらいなのだ??」


野草が尋ねる。


「ん~と……、効果は魔法にかかった者によって違うんだ! 今回は、心の中にある悲しかった出来事を強制的に思い出させるっていう感じの魔法をかけたんだけど……。思ってた以上に皆さん、悲しい記憶が沢山あったみたい!! はははっ!!!」


またしても、アハハと軽く笑うメイクイ。

真面目な野草にしてみれば、こんな喋り方をするメイクイは、不真面目以外の何者でもないだろう。


「でも……、毒郎様はその……、どうしてその魔法にかかっていないのですか?」


チラチラと、横目でそれを確認しながら、砂里が小さな声で尋ねた。


砂里の視線の先にいる者、それは……

先ほどまではカービィ達が捕まっていたのであろう檻に入れられて、かなりバツが悪そうな顔をして俯いている毒郎だ。

俺達と目を合わせないようにと、決して顔を上げずにいる。


「爺ちゃんがあいつを庇ったんだよ。それで爺ちゃんが魔法を受けちまったんだ」


そう言って、カービィが祭壇の真横を指差す。

そこには、薄っぺらい茣蓙ござのような物の上に横たわる、志垣の姿が……

隣には、心配そうに志垣を見つめるグレコの姿もある。


「志垣様が、毒郎を……? あのお方は本当に、何処までもお優しい心をお持ちだ」


未だ目を覚ます気配のない志垣を見て、野草はポツリとそう零した。


「とりあえず、メイクイの魔法が切れるまでは、我々もここを離れる事が出来ません。さすがに、我々の手であのような状態にしてしまった者達を、放っておくわけにはいきませんからね」


責任感のあるキリリとした表情で、アイビーがそう言った。


「時にモッモ、おまい、今から火山の麓の泉に向かうってか?」


 急に話題を変えるカービィ。


「あ、うん。なんか……、その泉に、警告をしてくれる古の獣がいて……、うん」


説明が面倒だなと感じる俺。


「よし分かった! じゃあ、おいらも行こうっ!! 構わねぇよな、アイビー?」


「勿論です。こちらの事は任せてください」


……何が分かったのかは知らないけど、カービィが泉まで付いて来てくれるなら心強いな。


「私も共に参ろう。志垣様があのような状態なのだ、次官の私が姫巫女様に付いていくのが最善であろう」


野草はそう言うと、少し離れた場所に待機している残りの巫女守りの皆さんの元へ行き、何やらいろいろと言伝ことづてをし始めた。


「うし、決まりだな! おいらとモッモと砂里、それからあの婆ちゃんと巫女さんで、その泉へ行くぞっ!! てなわけでアイビー、ここはよろしく頼むぞ~」


婆ちゃんて……

野草が聞いたらキレられるぞぉ?


「了解です! 気をつけて行ってきてください!!」


アイビーは軽く敬礼すると、メイクイを伴って持ち場に戻って行った。


「そういえば……、勉坐はどこ? ギンロも見当たらないね??」


勉坐もギンロも捕まっていたはずだけど……?


「あの二人は今、火山の中腹に向かっているはずだ。なんでも、勉坐さんの部下達がまだ戻ってないとかでな……。一人じゃ何かあったらいけねぇから、ギンロについて行って貰ったんだ」


ふむ、なるほど……、火山の頂上付近にあるという石碑へ向かった喜遊達を、二人は探しに行ったってわけか。


「ま、ギンロが一緒なんだ、心配はいらねぇさ。それより……、あのでっかい鹿に乗ってんのが噂の巫女さんか?」


ニヤニヤとしながら、巨大アンテロープの背にある、桃子が中に入っている隠し箱を見るカービィ。

鼻の下がのびのびしているし、口元は緩んでいる。

どうせまた、良からぬ妄想をしているに違いない。


桃子は、外に出てくる気はないらしい。

ずっと隠し箱の中で、まるでそこにいないかのように、静かに息を潜めている。


「あ~、うん、そうだけど……。たぶん、カービィが想像しているような巫女さんじゃないよ、きっと」


「なぬっ!? ムッチムチのピッチピチで、弾けるような美肌を持つ、麗しい巫女さんではないとっ!??」


……どんな巫女さんだよそれ? いったい何を想像してるの??

まぁある意味、弾けるような美肌は持っているだろうけどさ。


「あ、あのぉ……」


俺とカービィの阿保なやり取りを隣で見てた砂里が、遠慮がちに声をかけてきた。


「姉様は……、姉様はどこに? 一緒に捕まっていたはずじゃ……??」


あ、そういえば……、袮笛もいないな。

いったいどこに行ったんだ?


「ネフェはここにはいないわ」


そう言ったのはグレコだ。

志垣の事をエクリュに任せて、こちらにゆっくりと歩いて来た。


「ここにはいないって……、じゃあ、今どこに?」


不安気な砂里の言葉にグレコは……


「おそらくだけど、始祖の眠る泉に……。古の獣に、会いに行ったのよ」


えっ!? どうして袮笛がっ!??

一人で泉にっ!?!?

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