303:妾は走りとぉないっ!!!

「はぁ……、はぁ、はぁ……」


耳に届いた荒い息遣い。

聞き覚えのある軽い足音。


「モッモさぁ~んっ!」


名前を呼ばれて振り返ると……、あ、やっぱり!


試練の洞窟を走り抜け、雨神の洞へとやって来たのは、全身汗だくの砂里だった。

何やら必死な様子で、かなりヤバイ事が外で起きたのではと、俺は瞬時に察した。


「どっ!? どうしたのっ!?? ……あれ? 一人?? 志垣はっ!?!?」


砂里に駆け寄り尋ねる俺。

呼吸を整えようと深く息を吸い、砂里は言った。


「灰のっ! 灰の魔物が出たっ!!」


はっ!? はいぃいぃぃっ!??


『なっ!?』


「なんじゃとっ!?」


驚くアメフラシ。

いつの間にか準備を終えたらしい桃子も、驚き声を上げて、社から飛び出して来た。


「灰のって!? あの灰のっ!?? えっ!??? ちょっ……、えぇえっ!?!??」


なんでっ!? どうしてっ!??


「何処より現れたっ!? 志垣はどうしたっ!??」


砂里に詰め寄る桃子。

その背には……、たぶん、社にあった食べ物が沢山詰め込まれているのであろう、風呂敷みたいなパンパンの布袋を背負っている。


遠足に行くんじゃないんだから、お菓子は置いていきなさいぃっ!!!


「それが……。私と志垣様は皆さんを助けようと、雨乞いの祭壇がある広場まで走ったのですが……」


雨乞いの祭壇っ!? 何処それ知らないっ!!!


「毒郎様が志垣様を捕らえるよう戦闘団の者達に命令して、戦闘団の者達は躊躇したものの、逆らうわけにもいかなくて……。私と志垣様は、一度檻の中に捕まってしまったんです」


マジか……、あの志垣でも駄目だなんて……

てか毒郎、あいつほんとに悪い奴だなっ!

あいつが異形な怪物なんじゃないのっ!?


「それで、見せしめにって、毒郎様が捕まっているモッモさんの仲間を一人、祭壇で火炙りにするって言い出して」


「なっ!? 神聖なる雨乞いの祭壇で火炙りとなっ!?? 毒郎めぇ……、事が済んだらタダではおくまいぞ……」


おぉ……、桃子のお顔が怖い。

まるで阿修羅の如き形相……

完全に外見が子供だから油断してたけど、中身は五百歳のおばあちゃんだものね。

気迫が凄いわ。


「最初は、青い髪の女性が選ばれたんですけど……」


青い髪……、インディゴかな?


「自分が身代わりになるって言って、お顔を隠したお方が……」


お顔を隠した……、あぁ、マシコットか??


「檻の外に出たそのお方は、毒郎様の命令で衣服を脱がされたんです。すると、衣服の下から現れたのは、奇妙な鉄の衣服で全身を包んだお姿。そして、そのお方はこう仰られました。仲間を救う為なら、手段は選ばない、と……」


おぉ~! あの、一見するとコミュ症満開のマシコットがそんな事をっ!?

いやぁ~、人は見かけによらないな、男らしいっ!!!

……けどあいつ、全身鉄だったのか。

手だけは見た事あったけど、全身それだとは知らなかったわ~。


「それで、どうなったのじゃ!?」


「そのお方は、自らの手で鉄の衣服を脱ぎ始めました。そして露わになったのが、赤く燃え上がる炎……。なんとも恐ろしい事に、その方は全身が炎に包まれた、灰の魔物だったのです!」


うぇっ!? 嘘ぉっ!??


……あ、ちょっと待てよ。

確か、マシコットは炎の精霊と人とのパントゥーとかなんとか、カービィが言っていたな。


「何ぃっ!? モッモの仲間が灰の魔物じゃったとなっ!??」


いや、ちょっ……

違うと思うよ桃子さん?


「集まっていた戦闘団の者達はみな武器を手に、灰の魔物へと跳びかかりました! しかし、それと同時に、檻の中に捕まっていたモッモさんのお仲間さん達が一斉に飛び出して行って……。広場は大混乱に……」


やっべぇ……

それって、カービィ達が痺れを切らして、みんなで魔力大放出のクレイジー作戦が敢行されたって事じゃ……?


「志垣を捕らえたとなると、毒郎の奴、もはや捨て置けぬな。これは老齢会、ひいてはこの村に住む全ての紫族が、妾が率いる巫女守りの一族に刃を向けたと同意義じゃ! おのれ、愚かな小童者共め……。妾の雨無しでは数日と持たぬような、生きていく術すらない知恵浅い者の分際で、妾に逆らおうとは……、妾も甘く見られたものよのぉ!? 妾に背いた罪は重いぞっ!! その目に余る行い、断じて許さぬっ!!!」


怒りに拳をプルプルと震わせる桃子。

……志垣が捕らえられて心配なわけではなくて、自分が甘く見られていた事に怒ってらっしゃるようだ。


「その混乱に乗じて、ピンク色の面白い顔のお方が、私の手枷を外して下さったの。そのお方に、モッモを連れてきて欲しいって頼まれて……。それで私はここへ」


ピンク色の面白い顔ってのはもう、カービィしかいないよね。

どうせ、砂里が可愛いから、カッコつけてキザな雰囲気でも醸し出しながら助けたんだろうけど……

残念でした~、面白い顔とか言われてますよぉ~?


「あ、えと……、その灰の魔物は、灰の魔物じゃないと思うよ」


わけわかんない言葉を発しちゃう俺。

くぅうぅ~……、語彙力っ!?


「それはどういう意味じゃっ!? 妾にもわかるように説明せよっ!!」


「いっ!? えっと……、だから、えっと……。僕の仲間であるそいつは、たぶんマシコットって奴で、炎の精霊と人との間に生まれたパントゥーなんだ!!」


必死に振り絞った俺の言葉に、首を傾げる桃子と砂里。


「……ぱんと? ぱんととは何ですか??」


あぁあっ!? パントゥーが通じないぃっ!??


『パントゥーとは、間の子という意味だ。二つの異なる種族の間に生まれた者の事をそう呼ぶ』


アメフラシが補足を入れてくれた。

ナイス! アメコ!!


「きゃあっ!? 雨神様がお喋りにっ!??」


驚き悲鳴を上げる砂里。

あ、そっか……、砂里はこいつが喋れるって事、知らないんだったな。


『むむ? 我の声を耳に出来るとは、やはり只者では無かったのだな……。砂里よ、試練の洞窟を一人で抜ける事の出来たお前ならば、もしかしたら』


「今はその様な事はよいっ! 急ぎ雨乞いの祭壇まで向かうぞよっ!! 妾をコケにした罪の重さを、毒郎に思い知らせてやらねばならぬっ!!!」


アメフラシの言葉を遮って、桃子が叫ぶ。


「えっ!? 桃子も行くのっ!??」


慌てたついでに名前で呼び捨てする俺。

相手は姫巫女様だというのに……


「で、では、姫巫女様も共に参られますかっ!?」


「無論そのつもりじゃっ!」


俺の呼び捨てなんて気にも止めず、砂里の問い掛けに、桃子は大きく頷いた。


あわわわわ……、なんだか大変な予感がするぞ!?

そんな大混乱な中に桃子を連れて行って、大丈夫なのかぁっ!??


「行きましょう! モッモさん!!」


「ふぁっ!? ふぁいっ!!」


上擦った声で返事をした俺を、砂里はガシッとその腕に抱えた。


また走らせてくれないのねぇっ!?


「砂里! 妾を負ぶえっ!! 妾は走りとぉないっ!!!」


はぁっ!? ここへ来て我儘炸裂っ!??


「わかりましたっ! どうぞっ!!」


桃子に向かって、サッと背を出す砂里。

ピョンと飛び乗る桃子。


「雨神様! 姫巫女様のお命は私が必ず守りますっ!! 行って参りますっ!!!」


俺を抱え、桃子を背負った状態で、砂里はアメフラシに向かってぺこりと頭を下げた。

そして、アメフラシが答えるのも待たずに、試練の洞窟へと走り出したのだった。

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