297:アメフラシ

ポリポリポリ


ムシャムシャムシャ


ずずずずず~


「ふぁ~……、快適すぎ~る……」


布団の上にゴロンと寝っ転がって、俺はそう呟いた。

少し大きめの、ふかふかの綿の枕の上には、金平糖のような砂糖菓子と、甘い餡子が入ったお饅頭、さらには良い感じに渋めな緑茶がございます。


うん、ここに残って正解だったわ。

なんちゅう居心地の良さ。

こんなに寛いだのは、久しぶりだぁ~。


そんな事を思いながら、俺ははりが剥き出しの社の天井をボ~っと眺めていた。


志垣と砂里がここを出て行ってから、体感で一時間以上は経過しているだろう。

二人は未だに帰ってこない。

初めこそ、一人で残された不安で心がいっぱいだったものの……

今はもう、俺の中にそんな思いは欠片もなかった。


しばらくの間、布団で眠る姫巫女様の隣に正座していた俺だったが、ものの五分もしないうちに足が痺れてしまい、どうせならと近くにあった布団をセッセと敷きました。

その上で、どうせならと、軽食が入っているらしい木箱をそっと開けて……

中には沢山のいろんな保存食と共に、美味しそうなお菓子がたんまり入っておりました。

思うに、目覚めた姫巫女様が食べるものだと推測出来たものの……

こんなに沢山、一人じゃ食べきれないだろうと勝手に結論付けた俺は、少々頂戴しようと考えたのでしたっ!

ここへ来る道中に食べた、夕食とも言えようか、干物とジャムパンで多少お腹は満たされていたものの……、世の中には別腹という概念があるのである。

この金平糖とお饅頭は、デザートだっ!!


……とまぁ、そんなこんなで今、必要以上に寛いでおります、はい。


天井に向けていた視線を、ふと横へとずらす。

眠る姫巫女様の向こう側、雨神の銅像が祀られている台座のすぐ横には、何やら低い棚のようなものがあり、そこには長年使われていないであろう、錆びた鈴のついた神具っぽいものが沢山置かれているのだが……

それらに紛れて一冊だけ、かなり古そうな書物が立てかけられているのである。

正直、昼間あれだけ勉坐の家の地下室で書物と向き合っていたもんだから、本当ならば嫌煙したいのだが。


……なんだろうな?

あの本に、呼ばれている気がする~。


俺はヨイショと身を起こし、棚に向かってテクテクと歩いていく。

背表紙には、《真史書》と書かれている。

即ち、本当の歴史が書かれていると……


何が嘘で何が本当なのかは全くわからないけれど、とりあえず読んでみましょうかね?

さすがに、勝手に触れると呪われそうなので……


「少し、お借り致しますです、なむなむ」


目の前の雨神の銅像に向かって手を合わせ、深く一礼をしてから、俺はその書物を手に取った。


いったい、どれくらい前の本なのだろう?

古めかしい割には、しっかりと本の形を残している。

どれどれと、開けようと手を掛けると……


「ん? あれ?? ……ふっ、ふぎぎぎっ!」


何故だっ!? 開けられないっ!!?


目一杯の力で、破けるんじゃないかとヒヤヒヤしつつも全力で、中を開こうと試みるも……


「つっ、はぁはぁ……、だ、駄目だぁ~……」


本はピタリと閉じていて、全く開かなかった。


もしかして、何かの術がかかっているとか?

何か、開くべき者が手にしないと開かないような、封印的な??


すると、考え込む俺の耳に、何やら妙な声が聞こえてきた。


『来い。こちらへ来い。知りたくば……』


「はっ!? 誰っ!??」


慌てて振り返る俺。

しかしここには、俺と眠る姫巫女様しかいない。


ま、まさか……、おば……、お化け?


『こちらへ、来い。真実を、教えよう』


「ひぃいぃぃっ!!?!?」


またっ!? また聞こえたぁっ!!?

やばいやばいやばいやばいっ!!!!

本の呪いかぁあぁっ!?!??


両手で耳を抑えて、目をギュッとつむり、うずくまってガタガタ震える俺。


や、ややや、やっぱり、一人でこんな場所に残るんじゃなかったぁあぁぁ~!!!!!


『泉へ、来い。真実を知りたくば、我が教えようぞ』


「はへ? 泉……??」


俺は、ゆっくりと目を開き、頭を上げる。

その目に映ったのは、外へと続く社の扉の隙間から射す、眩いばかりの青い光だ。


も、もしかして……

あの巨大軟体生物、雨神とかいう奴が……?


勇気を振り絞り、歩き出す俺。

恐る恐る扉を開いて、外を見やる。


「おぉっ!? やっぱり!??」


青の泉には、あの巨大軟体生物が姿を現していた。

ヌメヌメとした半透明の青い体、そこから伸びる無数のウニョウニョとした突起物、顔だと思われる場所には大きな口とつぶら過ぎる黒い瞳が二つ。

この姿は、どこからどうみてもウミウシだけど……


「デカ過ぎる……」


そう呟くと、扉の隙間から見る俺の目と、そいつのつぶら過ぎる目が、バチッと合ってしまった。


『幾霜月、流れたか……。時の神のしもべよ、我が前へ』


大きな口をムニャムニャと動かしながら、巨大軟体生物はプルプルと体を小刻みに震わせた。


時の神の僕って……

俺はいつ、あの神様の僕になったんだ?

そりゃ確かに、神様の言いつけ通りに旅に出て、世界各地に存在するいろんな神様の様子を見て回っている途中ではあるけれども……

僕なんぞになった覚えはないぞっ!


と、巨大軟体生物の言葉に、心の中では反発しつつも、俺は社を出て、そいつの前まで歩いて行く。

もうこの時には、何故だか恐怖は感じなかった。

どうしてかは分からないけれど、怖い奴では無いだろうなって、直感的にそう思ったんだ。


「は、初めまして……。僕、ピグモルのモッモです。どうぞよろしく」


とりあえず自己紹介する俺。


『我はアメフラシ。大空より雨を呼ぶ、古の精霊である』


あ、精霊なんだっ!?

へ~……、それにしてもデカイな。


「雨の精霊、アメフラシ……。あの、真実を教えてくれるって……、何のですか?」


そう、そこなのである。

いったい何の真実を?

別に、謎に思っていること、今のところ何も無いんだけど……

五百年前の異形な怪物は、当時の子供達の事を指していて、更にその子供達が灰の魔物を呼んだんでしょ??

まぁ……、書物読んだだけだから、それが全部本当かどうか分かんないけどさ。


『過去に起きた事の全て……、全ての真実だ。そこに、答えが隠されている。お主がこれからやるべき事、やらねばならぬ事が……』


……ん~、何言ってんのかよくわかんにゃい。

アメフラシさん、ボケてる?

過去って……、どの過去??


「あの……。過去に起きた事なら知ってます。異形な怪物となった紫族の子供達が、灰の魔物を呼んだんでしょ? それを、コトコが封じたって……。その事を言ってるんですよね?? それだったら知っています」


俺の言葉に、アメフラシはつぶらな瞳をゆっくりと瞬きさせた。

そして、しばしの沈黙……


『知って、いるの?』


どうやら予想外だったらしい、少々困惑されているご様子だ。


「はい。えと……。書物で読みました」


『え、でも……。その社にある史書は、過ぎた年月が長過ぎるために開かぬと、桃子ももこが申していたが……』


ももこって誰?

てか、あの書物が開かないのは、封印でも何でも無かったのね。

ただ単に劣化してただけなのね。

呪いかもとか思ってビビってたの、馬鹿みたいじゃんか。


でもまぁ、とりあえず……


「その……。コニーデ火山に石碑が残っていて、それを解読しました。だから、過去に起きた事は知っているんです、はい」


アメフラシは、何度も何度も瞬きして、ゆっくりとその頭を後ろへと向けた。

そして、何やらブツブツと独り言を言い始めたではないか。


『知ってるって……、え~なんで~? 石碑とか……、琴子、そんな事言ってなかったし~。じゃあなんであいつ、ここに来たわけ?? 琴子、数百年後に、真実を求めて時の神の僕が来るって言ってなかった~??? えぇ~????』


あのぉ~……、アメフラシさん?

小声で文句言ってますけど、ほとんど全部聞こえてますよぉ~??

ピグモルは耳が良いんですよぉ~???


てかアメフラシさん、キャラ崩れてません?

言葉遣いが……、今っぽくなってますよぉ??


しかしまぁ、アメフラシの様子を見るに、どうやら俺がここに過去の出来事を聞きに来る事は、遠い昔から決まっていたらしい。

最近こういうパターン多いな。

イゲンザ島の、モゴ族の時もそうだったしな。


「あ、アメフラシさん? あの……、その……、僕、聞きます。過去にあった事。教えてください」


なんだか聞いてあげないと、アメフラシが可哀想な気になって、俺はそう言ってみた。


『え……、じゃあ、見る?』


ん? 見る??


「あ、はい、見ます」


よくわからないままに、二つ返事で答える俺。

するとアメフラシは、後ろに向けていた顔をゆっくりとこちらに戻した。


『んん、おっほん……、では……。時の神の僕、モッモよ。我が汝を、遠き過去へと誘おう』


ほう? 過去へと、誘う……??

って!?? んんんっ!???


アメフラシは、その大きな口をパカっと開いて……


「ちょっ!? なんっ!?? ぎゃあぁあぁぁ~!!!!」


俺は、気持ちの悪い、ムニョムニョとした青い半透明の口に、にゅるんと飲み込まれてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る