296:……なんでやねん

「ぬ? そなたらは……、義太と葉津の子、砂里と、時の神の使者モッモか??」


しっわしわなお顔を俺たちに向けて、志垣はそう言った。

かなり驚いていらっしゃるようだ、老いたその目が真ん丸になっている。


「しっ!? 志垣っ!?? 様ぁっ!!!!」


俺は何故か、半分涙声になっている。

目の前の光景が衝撃的すぎて、ここへ来た理由も目的も、頭の中から全てどこかへ吹っ飛んで、その心はただただ悲壮感で満ちていた。


あれ! あの喰われちゃってる人!!

姫巫女様よねっ!??

いったいどうなってるのぉおぉっ!???


「志垣様! あれはっ!? あれは何なのですっ!??」


こちらも俺と変わらず、初めて見る巨大軟体生物に恐れおののきながら、尋ねる砂里。


「あれは……、いやいや待て。そなたら、双方共に何故ここにおる? 誰が扉を開いた?? そして……、何故辿り着けたのだ???」


砂里の質問に答えそうになるも、志垣は思い直したかのような素振りを見せてから、こちらに問い掛けてきた。


そんな悠長な事言ってる場合じゃっ!?

早く姫巫女様を助けないとぉっ!!!

あの得体の知れない気持ち悪い奴にアムアムされてますよぉおぉっ!!!!

あのままじゃ……、とっ、溶けちゃうんじゃっ!?!??


アワアワとする俺と砂里を見て、どうやら質問には答えてくれそうもないと理解した志垣は、ふ~っと一つ息を吐き、巨大軟体生物に視線を向けた。


「そこの青の泉におわすのは、雨神あめのかみ様である。古来より、我ら紫族を守りし尊い聖獣様だ。そして、その御口に含まれているのは、見ての通り、我らが姫巫女様である。姫巫女様は、あぁして雨神様より、雨を呼ぶ力を授かるのだ」


はぁあんっ!?

何っ!??

えっ!???

何言ってんのぉっ!?!??


志垣の言葉を聞いても、全く状況が理解できない俺。


だって、明らかにあれは……

姫巫女様、チューインガムみたいにクッチャクッチャされてますよぉっ!!!!!


「雨神、様……? でも……、じゃあ……、え……??」


砂里も俺と同様に、その視線を巨大軟体生物から離せないまま、困惑している。


「年若のそなたらに、この儀式の意味を理解せよとは言うまい。しかしながら、ここへ辿り着けたという事は、それ即ち雨神様がここへ導かれたと言うことだ……。おぉ、そろそろ神癒の儀式が終わるか。少しばかり離れておれ」


志垣に指示されて、何が何だかわからぬままに、数歩後ろへ下がる俺と砂里。

すると、姫巫女様をお口の中でアムアムしていた巨大軟体生物は、ゆっくりとその頭を下ろし……


ヌトォ~


ぎぃやぁあぁぁ~!!!

気持ち悪いぃいぃぃ~!!!!!


その口から、青く光るブヨブヨとした粘膜に包まれた姫巫女様を、ドロ~ンと地面に吐き出したのだ。

もうなんて言うか……、グロテスクの極みだな……

志垣はそれを普通に触って……、ブヨブヨの粘膜を破り、中から裸体の姫巫女様を取り出した。

溢れ出る青い粘液と、水草の匂い。


うぅぅ……、別にそこまでの異臭ではないけれど、視覚的要素も加わって、なんだか吐きそう……


志垣は姫巫女様をお姫様抱っこして、雨神と呼ばれた巨大軟体生物に深く一礼した。

すると雨神は、重そうな体をゆっくりと動かしながら、泉の中へと潜っていった。

後に残ったのは、恐ろしく澄んだ青い泉だけだった。









「それで……、皆を解放するよう、わしに説得して欲しいと言うことであるな?」


「はい。もう、志垣様以外に頼れるお方はおりません」


「ふむ……、困ったのぉ……。わしはここで、姫巫女様の御目覚めを待たねばならぬ。神癒を終えられた姫巫女様がいつ御目覚めになられるか、わしにも分からぬ故……」


そう言って、志垣と砂里は、清潔そうな布団に寝かされて、スヤスヤと寝息を立てている姫巫女様を見つめた。


今、俺たちがいる場所は、青の泉のすぐ隣に建てられたやしろの中だ。

先程の雨神の銅像が祀られていて、かなり厳かな雰囲気である。

そこには……、ちょっぴり罰当たりな気もするけれど、姫巫女様が使っている物とは別の布団が一式と、水の入った壺やら軽食が入った箱やらが置かれていて……

簡単に言うと、姫巫女様が眠っている間、志垣が寛げるようにいろいろと物が準備されているようだ。


姫巫女様はというと……

あらまぁ、想像以上に可愛いお顔をしていらっしゃる。

お面をしていないそのお顔は、思った通り、かなりのお子様である。

長い髪は金色で、肌は相変わらずの水色だ。

ただ、やはりその額には角がない。

……ないというか、あったのに無くなった、といった感じだな。

そこに角があったのでは? と考えられる丸い痕が、額には二つあるのだ。

更には、目尻から両頬にかけて、見たことの無い刺青のような、青い模様が浮かんでいる。

一見するとそれは、魔法陣というよりかは何かの紋章のようだと、俺は思った。


「でも、早くしないと……。姉様とグレコさんが、火炙りになってしまいます」


目に涙をいっぱい溜めながら、砂里は訴える。


「一つ方法があるとすれば、双方のどちらか一人が、ここに残るという事じゃ。姫巫女様をお一人にしてはならぬ故な」


お? 俺か砂里のどっちかが、ここに残ればいいと??


……いやでも待てよ? 俺がここに残ったとして、姫巫女様が目覚めた後のお世話なんて出来ないぞ??

志垣と一緒に外に出ても、役に立たないだろうけどさ。


「私は……、姫巫女様にお会いするのは二度目ですけれど……。ずっと昔の事ですから、覚えていらっしゃらないかと。見知らぬ者が残るより、つい先日お会いしたモッモさんが残る方が……、いいと思う……」


チラリと俺を見る砂里。


……えっ!? 俺が残るのっ!??

こんな、得体の知れない巨大軟体生物がすぐ近くにいる、訳の分からない場所に一人でっ!?!?


「ふむ、それもそうであるな。姫巫女様は、何やら大層そなたの事を気に入っておられたぞ、モッモよ」


なぬっ!? そうなのかっ!??

小さい小さい言うて、小馬鹿にされてた記憶しかないがっ!?!?


「じゃあ決まりですね。モッモさん、グレコさんとお仲間の皆さんの事は私に任せてっ! 必ず救ってみせますっ!!」


わぉっ!? 決定したのねっ!??

俺まだ何も了承してないけどぉっ!!??


「では急ぎ参ろう。事が済めば、わしはすぐさまここへ戻ってくる故。その時は砂里、そなたも共にまたここへ戻る事になるぞよ。わしとて、一人では試練の洞窟をくぐれぬ故な」


「わかりましたっ! じゃあモッモさん、行ってきます!!」


ちょっ!? 待っ!??


慌てて二人を止めようと俺は立ち上がるも……


「もしわしが戻って来るまでに、姫巫女様がお目覚めになられたらば、水を一杯と甘菓子を差し上げるのだ。後はまぁ……、適当に話し相手をしておれば良い」


てっ!? 適当にってっ!??


「えっ!? ちょっ!?? そんっ!???」


俺が言葉を発する間も無く、二人はそそくさと社を出て、試練の洞窟へと向かってしまった。

社に残ったのは、スヤスヤと眠る姫巫女様と、展開の速さについて行けず、唖然とする俺。


……え、おかしいおかしい。

俺が主人公なんですけど?

なんで主人公なのに、お留守番なわけ??

俺がカッコよく、みんなを助けるんじゃないの???


なんとも受け入れ難い扱いに、


「……なんでやねん」


思わず俺は、そう呟いた。

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