283:しっわしわのしっわしわ!

……何が、どうして、こうなった?


俺とグレコは今、とってもとっても不思議な場所にいます。

鬼族である紫族の、首長ベンザが治める東の村の外れには、巨大な木造建築のお家がありました。

お家と言うには巨大すぎるそれは、前世の記憶でいうところの神社に似ていて、至る所に呪符じゅふとでも言えましょうか、何やら崩れかけの漢字で《封印》だとか、《守護》だとか、《破邪》だとか書かれた紙がペタペタと貼られていて……


「うぅ……、こ、怖い……」


思わず、心の声が漏れてしまいます。


建物の周りには、木々が所狭しと群生していて、真昼間だというのに薄暗く、シットリと湿った空気が辺りには満ちている。

村外れだからだろうか、妙な静けさを保つこの場所は、良い意味で神聖な場所なのだろうが……

根っからのビビリな俺には、なんていうかこう、おどろおどろしいとも感じられる。


「大丈夫よモッモ。私がついているから」


ぷるぷると小刻みに震える俺の背に、グレコはそっと手を回した。


ここは、姫巫女様のお住まいと呼ばれる場所で、姫巫女様以外には、巫女守りの一族が姫巫女様のお世話をしながら暮らしているとか。

巫女守りの一族は、大まかに分類すると鬼族であり紫族ではあるのだけれど、その角の形が他とは異なっているのが特徴で、なんとあのベンザも元を辿れば巫女守りの一族らしい。

というのも、巫女守りの一族から派生した、語り部の一族というのが存在したらしく、ベンザはそちら側の一族だという。


……ややこしくて、俺にはなんのこっちゃらホイホイだが、ここへ来るまでの道中に、シガキと名乗ったあのおじいさん鬼が、ペラペラといろいろ説明してくれたのだ。

まぁ、終始ビクビクしていたせいで、ほとんど何言ってるのか聞いてなかったんだけどね、ははは。








遡ること数十分前。


突然現れたシガキという名のおじいさん鬼は、何故だか俺が時の神の使者だという事を知っていた。

そして、雨乞いの儀式をするというあの姫巫女様が、俺を呼んでいると……


「あなた、どうしてモッモが、時の神の使者だと……?」


恐る恐る尋ねるグレコ。


「ほっほ。そなたはタナコか? それともサネコかえ??」


えっ!? 今、サネコって……!??


「ど……、どうして母様の名を? サネコは、私の母の名よ」


「ほっほっほ、ならば曽孫か。顔立ちも声も、生き写しのようにそっくりだのぉ。なぁに、案ずるな、エルフの子よ。我らの姫巫女様は、そなたらに害を成すおつもりは毛頭ない。しかし、少々気紛れな方故、機嫌を損ねられぬうちに出向いた方が賢明じゃ。わしとて、あの方の我儘にはホトホト手を焼くでな。さぁ、わしと共に来てくだされ」


ニッコリと、優しい笑顔で笑うシガキ。

笑うともう、どこが目で、どこがシワなのか分からないくらい、しっわしわのしっわしわ!


「グレコ……」


戸惑う俺たちに声を掛けたのはネフェだ。


「行った方が良い。大丈夫だ、心配ない。私と砂里が後を追う」


ネフェの言葉に、シガキがピクリと反応する。


「親無しの子が、誰に救われたか忘れたか? 姫巫女様を愚弄するとは……。後など追わずとも、貴様らはここで待てば良いのじゃ」


さっきのしっわしわな笑顔が嘘のように、ギロリと鋭い視線をネフェに向けるシガキ。

その目はまるで、視線だけで相手を殺せそうな……、あ、ベンザと同じ目だ。

なんにせよ、怖い……


「姫巫女様を愚弄する気は毛頭ない。しかし、これだけは言わせてもらおう。私を救ったのは、今は亡き父と母だ。断じて姫巫女様ではない」


シガキに全く臆さないネフェは、平然とそう言ってのけた。

そんな事を言ったらシガキが怒るのでは!? と、俺はビクつくが……


「分かりました、ついて行きます。私も一緒で構いませんよね?」


グレコの言葉に、シガキはネフェから視線を外した。


「勿論、構いませぬ。では、外で下部獣を待たせております故、支度が出来たら出てこられますよう」


ぺこりと頭を下げて、白いお面を被り直し、シガキは家から出て行った。

扉のそばに立つネフェとサリには目もくれずに……


「ふ、はぁ~……、緊張したぁ~」


サリが大きく息を吐く。


「姉様ったら、またあんな物言いして……。いくら事実でも、これ以上巫女守り様たちに逆らったりしたら、東の村へ入れなくなってしまうわよ!?」


頬を膨らませて、ネフェに忠告するサリ。

怒っているつもりなのだろうが……、可愛い。


「ん? そうか?? まぁ、そうなってしまえば仕方あるまい。東の村へ入れぬとて、生活には困らないだろう」


あっけらかんとしたネフェの返事に、サリはガクッと肩を落とした。


「じゃあ……、行きましょうか、モッモ。姫巫女様の所へ」


「えぇっ!? 本当に行くのっ!?? ハッタリかと思ってたっ!!!!」


「馬鹿言わないでよ。こっちの素性が全部バレてるのよ? 行かなきゃ……、なんだか悪い事が起きそうな気がしない??」


……そう言われてみると、そんな気もするな。

どうしてあいつ、俺の事やグレコの事を?


「グレコ、一つだけいいか?」


「なぁに、ネフェ?」


「姫巫女様に何か問われた時には、はいとだけ答えろ。あの方は、いいえと言われるのが嫌いだ」


……え、何その忠告?

てか、問い掛けといて、はいしか返事しちゃ駄目って、とんだ我儘だなそいつ。


「そうなの? わかった、心得ておくわ」


よし、俺は極力喋らない方向でいこう。

なんたって俺は、グレコの下部獣なんだからなっ!

……あ、でも待てよ?

姫巫女様って奴は、時の神の使者である俺に用事があるのか??

じゃあ……、俺が喋らなきゃ……、駄目???


「グレコ! そなた、時の神の使者だったのかっ!?」


扉を勢いよく開けて中に入ってきたのはベンザとオマルだ。

入ってくるなり、グレコに詰め寄るベンザ。


「えっ、と……、その……」


チラリと俺を見るグレコ。

本当の事を言っても良いものかどうか、悩んでいらっしゃるようだ。


「驚いたぞ。吸血エルフというだけでも驚きなのに、まさか時の神の使者だったとはなぁ」


そう言うオマルは、かなり険しい顔をしている。


「しかしこれは幸運だぞオマル! これでようやくあの石碑を解読出来るっ!! なんでも時の神の使者は、いつの時代のどの言葉でも読み書きする事が出来ると聞いた。ならばあの古代文字を用いた石碑でさえも、簡単に読めてしまうのではないかっ!??」


かなり興奮気味のベンザ。

わさわさと落ち着きなく動き回って、かなりの早口で喋り、嬉々とした表情をグレコに向ける。


「あぁ……、まぁ……。とにかく、姫巫女様の所へ行ってきます! 呼ばれたのでっ!!」


さすがグレコ。

この場を回避する最善のセリフですね。


「おっと、そうであったな! 行ってこい!! そしてすぐ戻って来てくれっ!!!」


笑顔のベンザ。

こう、機嫌が良い時のお顔はかなり美人なのにな……、怒らなきゃいいのに。


「俺とネフェも、後から姫巫女様のお住まいへ向かおう。連れて行ってはくれるだろうが、送り届けてはくれぬだろうからな」


オマルがニカっと笑う。

その言葉……、さっきのシガキが聞いたらきっと怒るよ? 姫巫女様を愚弄した~! とかなんとか言ってさ。


「うん、わかった。じゃあ行ってきます! モッモ、行こ」


グレコに促されて、俺たち二人はベンザの家を出た。


外には何やら人だかり……、もとい、鬼だかりが出来ていて、みんなジロジロと俺とグレコを観察していた。

家の真ん前には、あの姫巫女様が乗っていたのと同じ巨大アンテロープが待機していて、その背には姫巫女様の物とは別の、簡素な木製の隠し箱を背負っている。

アンテロープの周りには、シガキと良く似た格好の仮面野郎が沢山いて、それぞれが手に、糸にぶら下がった小さな鈴を持っていた。


「お二方、こちらへ」


既にアンテロープの背にある隠し箱に入り込んでいたシガキが、俺たちをそこへと招いた。

俺たちが隠し箱に入ると、ゆっくりとアンテロープが立ち上がって……


「参るぞぉ~!!!」


外から仰々しい掛け声が聞こえたかと思うと、シャンシャンシャーン! と、一斉に大量の鈴が鳴らされた。

そして、のっしのっしと、アンテロープは歩き出したのだった。


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