282:ヤヴァイ!?

「何事だっ!? 騒々しいぞっ!!?」


入ってきた男鬼に対し、かなりのキレ具合で返事をするベンザ。

こえぇ~……、も、もうちょっと優しくしてあげてよぅ……


「ひっ!? も、申し訳ございませんっ!! しっ、しかしっ!!! 表にろっ、老齢会の者たちがっ!!!!」


ビクビクと怯えながら、男鬼はそう言った。


「なに? 老齢会だぁ?? 噂をすりゃあ、もうグレコの存在を嗅ぎ付けて来やがったか」


オマルは大層面倒臭そうに、大きな大きな溜息をついた。


「嗅ぎ付けたも何も、貴様が変装もさせずにここへ連れてきたのだろうがっ!? これだからお前は脇が甘いというのだっ!!!」


ベンザに罵倒されて、オマルはその大きな体を少し縮こめた。


「とっ、兎に角っ! 勉坐様!! 表へお願いしますっ!!!」


男鬼の必死の訴えに、ベンザはやれやれといった様子で席を立ち、そのまま家の外へと出て行った。


「……首長を務めるって、とても大変なのね」


他人事のように呟くグレコ。


……あんたがここにいるから大変そうなのよ、そこんとこわかってる?

 海での遭難は仕方がないとして、助けてもらった後すぐ、みんなの所へ戻っていればこんな事にはならなかったのよ??


 と、俺が呑気にそんなことを考えていると、何やら表が騒がしくなってきた。

 どうやら、ベンザが先ほどと同じように、誰かを罵倒しているようだ。


「どれ……、何を騒いでいるのか聞いて来よう」


表の様子をおもんぱかってか、オマルも重い腰を上げて、扉から外へと出て行った。


残された俺とグレコ、そしてネフェとサリ。

なんだか気不味くて、誰も話そうとしない。


 不自然な沈黙と、外から聞こえてくる様々な声。

 話している内容は聞き取れないけど、何やらみんな叫んでいるな。

 そして……、ん? 今、鈴の音みたいなのが聞こえたぞ??


「いったい、何を揉めているんだ?」


 ネフェまでもが立ち上がって、扉の近くまで行って聞き耳を立て始める。

 サリも同じように、扉の近くまで歩いて行った。


 ……さて、今ならグレコと一対一で話が出来るな。

結局のところ、現状から考えて、俺とグレコが火の山の麓の神聖なる泉へ行く事は叶わないだろう。

 古の獣がいるかどうかは別として、異形な怪物とか灰の魔物とか、話がややこしすぎる。

ならばもう、俺とグレコがここにいる必要はない。

グレコは、ここにいてくれって頼まれてたみたいだけど……、そんな、種族が一緒なだけで救世主扱いされちゃ、グレコも溜まったもんじゃないでしょ?


「ねぇグレコぉ……」


「ん? なぁに、モッモ??」


 なぁにじゃないよ、呑気だなぁ~。


「もうさ、ノリリア達の所へ行こうよ。古の獣はきっと、僕たちとは何の関係もないよ。神様の光だって、この島にはないしさ。それに……、異形な怪物とか、灰の魔物とか、正直恐ろしくって……。とてもじゃないけど、僕たちが首を突っ込むべきじゃないと思うんだ。確かにグレコはブラッドエルフで、コトコさんもブラッドエルフだったのかも知れないけれど……。だからって、今回の事に関わる義理なんてないよ」


 怒られるのを承知で、俺はグレコにそう言った。

 今、シ族のみんなが直面している問題は、もはや俺たちにどうにか出来るものではないし……、というか、古の獣が、異形な魔物が出現する前触れって決まっているわけでもないから……

 てかさ、そんな事、俺達には何の関係もなくないか?


 真っ直ぐに目を見る俺に対し、グレコは少し考えるような素振りを見せてからこう言った。


「あのね、モッモ……。さっき思い出したんだけど……。私の曾祖母そうそぼの名前ね……、コトコなのよ」


 ……は? へ?? ふ??? ……はぁっ!???


「えっ!? そっ!?? れ……、えぇっ!???」


「勿論、会った事なんてないんだけどね……。幼い頃に見た家系図か何かに、そう書いてあった気がするの。だから……。関わる義理が全くないとは、私には思えなくて……」


 まっ!? ……まじかぁ~。

 え、じゃあ、グレコってもしかして……、いや、もしかしなくても、この島の名前になった大魔導師アーレイク・ピタラスの二番弟子コトコの血縁……、て事なの!?

 なんでそんな重要な事、今言うわけっ!??


「で、も……。え、でもさ、どうする気? そんな……、もし本当に異形な怪物って奴が出てきちゃったら……。グレコ、救世主になる気??」


「まさか、そんな事できっこないわよ。でも……。ベンザさんが言っていたように、何か、運命であるような気がするのよ、私がここにいる事も、今、古の獣が目撃されたという事もね。上手く言えないけれど……」


 ……何? そのふんわりした感じ。

 運命って……、運命なんてそんな非現実的なもの、俺は信じないぞぉっ!?


「グレコ、モッモ、こっちへ来てくれ」


 俺とグレコの話が終わらぬままに、ネフェが俺たちを手招きして呼び寄せる。


「どうしたの?」


 スッと立ち上がって、ネフェとサリの元へと歩くグレコ。


 くっそぉ~……、俺は今すぐにでも、ノリリア達の所へ帰りたいのにぃっ!!!


「何やら様子がおかしいのだ」


「おかしいって?」


「外が静かになったの」


「じゃあ……、おじいさん達が諦めて帰ったんじゃない?」


「それならば、勉坐と雄丸が中に戻ってくるだろう? しかし二人は戻らない」


「それもそうね……。どうしたのかしら?」


 揃って扉に耳を当てる、美人三人。


 はぁ……、君たち三人揃いも揃って、あんまり耳が良くないみたいだね。

 そりゃ、ピグモルの耳は超人的に良いわけだけども……


「さっき、少しだけど、外から鈴の音が聞こえたよ。姫巫女様でも来たんじゃないのぉ~?」


 俺は半ば投げやりな様子でそう言った。


「姫巫女様がっ!? それは大事だぞっ!??」


 俺に向き直り、目を見開くネフェ。

 ……そんなに気になるなら、扉を開いて外を見て見りゃいいじゃない?


 そう思った時だった。

 グレコ、ネフェ、サリがぴったりとくっついている扉がスッと開かれて……


「……んなっ!?」


「きゃっ!??」


「みっ!? 巫女守り様っ!??」


 そこに現れた者に対し、三人は驚きの声を上げた。


 な、なんだぁ~? あいつはぁ~??


 見るからに怪しげなそいつは、丈の長いお馴染みの藍染風の衣服で、頭から足元までをすっぽりと覆った異様な格好をしている。

 背丈はグレコより少し高いくらいで、額に生える紫色の角は、他の鬼たちと違ってベンザと同じように細長い。

 顔には、目の部分だけをくり抜いた真っ白なお面を被り、その表情は伺い知れない。


 お面の向こう側の紫色の目が、キョロキョロと何かを探すように動く。

 ネフェ、サリ、グレコを順に見て、最後に俺を捉えた。

 そして、ゆっくりと、静かに、俺の方へと向かってくるではないか!?


 なななんっ!? 何ぃいぃぃっ!??


 得体の知れない仮面野郎の登場に、俺の全身の毛は逆立って、前歯がカタカタと鳴る。

 

 ベンザはっ!? オマルは何してんのっ!??

 どうして家に入ってきたのさこいつぅっ!???

 ネフェもサリも、こいつを止めてよぉおっ!!!!!


 どんどんと、距離が縮まる俺と仮面野郎。

 

 や、やや、ヤヴァイ!?

 にげ、にげげげっ、逃げないとぉっ!??


 俺が椅子から立ち上がって逃げようとした、その時だ。


「モッモに何の御用かしら!?」


 スッと、グレコが、俺と仮面野郎の間に立った。

 

「……ほぉ? 吸血エルフか?? これはまた珍妙な」


 しわがれた声で仮面野郎はそう言った。


「グレコ! いけないっ!! その方は巫女守り様だっ!!!」


 ネフェが声を上げる。


 みっ!? ……何それぇっ!??


「巫女、守り? 生憎だけど、私はそんなもの知らないわ。モッモに用があるのなら、私を通して貰わないとね!」


 ぐぅっ! グレコ様ぁあぁっ!!


 ひしぃっ! と、グレコの細くて美しい足にまとわりつく俺。

 

「ほっほっほ、勇ましいのぉ。いつぞやのあの子を思い出す……」


 そう言うと、仮面野郎はゆっくりと仮面を取った。

 現れたのは、真っ白な肌を持つしわしわな……、本当にしっわしっわな顔をした、おじいさん鬼だ。

 

「わしは巫女守りの志垣しがき。時の神の使者よ、姫巫女様がお呼びじゃ。わしと共に参れ」

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